銀龍
カグヤがアルジェと初めて出会った日の翌朝、事件は起きた。
「うぅー、なんか寒……」
カグヤは寒気を感じて目を覚ました。
季節はまだ夏に差し掛かる前であり、冷え込むことなどあり得ない。
体調不良を一瞬疑うも身体に痛みがあるわけでもなく、至って平熱であった。
カグヤがスマホを手に取るとその理由はすぐにわかった。
町の周辺一帯に謎の氷結事件が発生していたのである。
アルムがすでに外へ飛び出していることから事件がキメラによるものとカグヤにはすぐに理解できたがそれと同時にこれまでとは規模の違う力に嫌な予感を募らせた。
カグヤは防寒用の上着を引っ張り出すとそれを羽織り、バイトの出勤時刻も忘れて家を飛び出した。
外は異常な寒気に包まれていた。
路面が軽く凍結しており、まるで真冬のように凍てつく空気が肌に突き刺さる。
「アルム……どこ行ったし」
カグヤはアルムの身を案じながら町を駆けた。
一方その頃、時を同じくしてアルムは凍りついた町の中、ビルの影で一人の少女と対峙していた。
やや小柄な背丈に銀色の髪と赤い瞳、カグヤが話していた少女と特徴が合致する。
「キミがアルジェだね?」
「その通り。私は貴方に会えるのを待っていた」
アルムが警戒しながら尋ねるとアルジェは臆することなく答える。
この氷結時間を起こしたのは紛れもない彼女であり、それもアルムを誘い出すための手段に過ぎなかった。
「どうしてこんなことを」
「貴方と戦うため」
アルジェは事件を起こした口実を明かすと早々に臨戦態勢に入った。
少女の姿から本来の姿へと変化し、アルムの本来の姿とほぼ同等の体格を持ったドラゴンのキメラが姿を表す。
瞳の色や角や翼の形状など細かい差異こそあれどその姿は概ね『銀色のアルム』と言っても差し支えないほどに類似点が多かった。
『戦え』
アルジェはノイズの混じった電子的な声でただ一言発すると全身から冷気を放出した。
冷気によってアルムの足元が凍りつき、踏むたびに砕ける程度の薄氷を地面に張り巡らせる。
「ずいぶんとやる気じゃないか」
アルムはアルジェの挑戦に対して受けて立つ姿勢を見せた。
素性がわからないとはいえ相手はキメラ、即ち自分の敵である。
アルムは電気を放つとドラゴンの姿へと変身した。
「あれは……」
カグヤは凍りついた町の中で睨み合う二体のドラゴンのキメラの姿を見た。
臨戦態勢の二体を見てそれ以上立ち入らないことを悟ったカグヤはその場で足を止めて展開を見守ることにした。
薄氷の張り巡らされた町を舞台に二体のキメラの戦いが幕を開けた。
アルムが電気を迸らせて電光石火の速度で仕掛ける。
対するアルジェは視線だけでアルムの挙動を追い、その場から動かない。
アルムは右拳を振りかぶってアルジェの顔目がけてパンチを繰り出した。
アルジェは対応するように左手を顔の前に出し、アルムの拳を受け止める。
『対応できる』
アルジェはアルムの拳を受け止めたまま挑発するように言い放つ。
単なる偶然などではない、アルジェは完全にアルムの挙動を見て対応したのである。
『ボクを模してるならそれぐらいできて当然だよ!』
拳を振り払われたアルムは強気に言い返すと飛び蹴りを繰り出した。
アルジェは胴体にまともに蹴りを受け、大きく後退するが倒れずに耐えてみせた。
『防ぐまでもない』
アルジェは自身へのダメージから対応策を変更した。
様子見で一度は防御行動をしたがこれなら自身への致命傷にはなり得ない。
防御の必要がないと判断したアルジェは攻勢に打って出た。
大きく息を吸い込み、白い霧状のブレスをアルムへと吹きかけた。
アルムは咄嗟に上に飛んでブレスを回避した。
ブレスは軌道上にあったものを尽く凍りつかせ、それを見たアルムに戦慄を走らせる。
『よそ見は許さない』
ブレスを回避されたアルジェは次なる手を繰り出した。
空気中の水分を氷結させて鋭利な氷の槍を生成するとそれを空中のアルムへと打ち出した。
氷の槍はアルムを狙って高速で飛んでいく。
回避しても更なる氷の槍が二の矢三の矢と言わんばかりに襲ってくるため回避にきりがない。
アルムは放電で氷の槍をまとめて破壊すると地上へと降下した。
『貴方の手は知っている』
アルムが着地した隙を狙ってアルジェは至近距離まで迫ってきた。
両者は組み合いの姿勢になり、パワーが拮抗して膠着状態に入る。
膠着を打開すべくアルムは放電を繰り出した。
しかしそれに対してアルジェは何も反応している様子はなく、手応えもまるで感じない。
放電の出力を上げてもそれは何も変わらなかった。
『貴方の持つ雷の力は私には通じない』
アルジェはアルムの放電が通用していないことを律儀に通告した。
肉弾戦は互角、飛び道具もあちらは通用せず、対してあちらは冷気を使った飛び道具で機動戦も封殺してくる。
アルムはアルジェに対して打つ手がなくなってしまった。
『アルジェ、キミの目的はなんだ』
『貴方を倒すこと』
組み合いながらアルムが尋ねるとアルジェは声色一つ変えずに宣言した。
アルジェに与えられたキメラの使命、それは『アルムを倒すこと』であった。
アルジェは再び息を吸い込んでブレスの構えに入った。
組み合っていて回避行動が取れないアルムは咄嗟に組み合っていた左腕を解いてアルジェの下顎を持ち上げ、首を強引に上に持ち上げた。
ブレスは真上に放たれ、それによって氷結した空気中の水分がダイヤモンドダストになって降り注ぐ。
アルジェと組み合うアルムを背後から氷の槍が貫いた。
アルジェはアルムと組み合うことで視線を釘付けにし、死角から奇襲を仕掛けたのである。
氷の槍が貫通したアルムの胸部から赤い血が吹き出して激痛が走り、その反応を確認したアルジェはすかさずアルムを蹴り飛ばす。
『脆い』
アルジェは倒れたアルムの肉体を脆弱と嘲笑すると悶絶して身動きの取れない彼女を見下すように立ち、今度は氷の槍を下腹部へと突き刺した。
『貴方は私には勝てない』
アルジェは淡々と目の前にある現実を事実として突きつけるように言い放つとアルムに見せつけるが如く空中に氷の槍を無数に出現させた。
複数箇所の貫通によるダメージと冷気による体温の低下で放電による破壊すら狙えないほどに衰弱させられたアルムの裏に『死』が過ぎる。
『どこを貫かれて死にたい?選ばせてあげる』
「それ以上はダメ!やめて!」
アルジェがトドメを刺そうとした瞬間、一人の人間の声が割り込んできた。
『カグヤ……!?』
アルムの前にはカグヤの背中が見えた。
カグヤはアルムとアルジェの戦いを見かねて無我夢中になって止めに入ったのである。
カグヤは息を切らしながら両手を大きく広げアルムを庇うようにアルジェの前に立ちはだかる。
アルジェは攻撃を中断し、眼前のカグヤに視線を移すのであった。




