謎のミステリアス少女
金龍の存在が全国に知れ渡って一ヶ月余りの時が過ぎた。
あれからも時折現れるキメラをアルムが倒し、その姿を人々からヒーローのように讃えられるようになっていた。
それと同時にカグヤの日常にもちょっとした変化が起きた。
配信活動による収入が安定するようになり、経済面に余裕が出てくるようになったのである。
(今日はバイト休み。夜まで暇だけど何しよっかな)
その日の朝九時過ぎ頃、カグヤは布団の中でだらけていた。
バイトは休みで夜から配信をする予定こそあるが他に何も用事がないためほぼ一日中暇である。
アルムは珍しく朝から一人で遊びに出かけているため今はカグヤ一人であった。
(たまには夕方ぐらいまでゆっくり寝るのもいいか)
特にやることも思いつかなかったカグヤが惰眠を貪ろうと再び布団に潜り込もうとしたその時であった。
カグヤの部屋の呼び鈴が鳴った。
(大家さん?は違うよな。この前家賃払ったばっかりだし)
カグヤは呼び鈴を鳴らした人物を推察した。
知り合いで家を知っている人物は大家とハルヒぐらいだが大家が訪ねてくるのは家賃の徴収の時ぐらいでそれもつい先日済ませたばかりであり、ハルヒが訪ねてくる場合は事前に連絡が入る。
などと考えているともう一度呼び鈴が鳴った。
カグヤは渋々布団から出ると玄関前まで赴き、玄関の覗き穴から外の様子を伺った。
(……誰?)
玄関の前には一人の少女らしき影がじっと立っていた。
警戒したカグヤはチェーンロックをかけたまま少し玄関を開いた。
「はい……」
「あなたはカナメ・カグヤ?」
玄関を開いてカグヤが顔を覗かせると玄関前にいた少女は淡々と訪ねてきた。
向こうはこちらの名前を知っているがカグヤは少女の顔にまったく見覚えがない。
「どちら様で?」
「カグヤチャンネルのファン」
カグヤの問いに少女は抑揚に欠けた声で答えた。
曰く、彼女は配信者としてのカグヤのファンなのだという。
真偽はわからないがカグヤは少女を招き上げて話を聞こうと試みた。
「あんま綺麗じゃないけど、それでもよければどうぞ」
「ん」
カグヤがチェーンロックを外して玄関を開けると少女は申し訳程度の返事をして上がりこんだ。
カグヤは警戒を続けるものの、怪しい行動はまだ見受けられない。
少女はカグヤの部屋を見回すと特に何をいうでもなく机の前にちょこんと座り込んだ。
「初めまして。あーしはカナメ・カグヤ。あなたの名前は?」
「私はアルジェ」
カグヤに尋ねられると少女は名前を明かした。
少しくすんだ白寄りの銀髪と眠たげにやや垂れた瞼の奥から覗くルビーのような赤色の瞳からして日本人でないのは明白であった。
(顔良すぎ……てかおっぱいでっか!?)
カグヤはアルジェの顔を見て一目で美少女と判定したがそれ以上に目を引いたのが彼女の胸であった。
肌の露出こそしていないが衣服を下から押し上げており、立派なものを備えているのが一目瞭然であった。
「どうかした?」
「いや、なんでもない」
アルジェが首を傾げながら尋ねるとカグヤは気を取り直して平静を取り繕った。
「アルジェちゃんは平日の朝からあーしに何の用があってここに来たわけ?学校とかは?」
カグヤは至極普通のことをアルジェに尋ねた。
アルジェはカグヤよりも小柄であり、パッと見では中学生程度にしか思えなかった。
もし中学生であれば午前中に一人でうろついているのは問題であるため、一応確認を取る必要があった。
「私は学校には通っていない。あと私のことは呼び捨てで構わない」
アルジェは淡々と答えた。
カグヤは不思議に感じるがどうもアルジェが嘘をついているようには思えなかった。
「で、なんでアルジェはあーしを尋ねてきたわけ?」
「私のマスターの顔を見に来た」
アルジェが来訪の目的を明かすとカグヤは頭に無数の疑問符を浮かべた。
キメラ事情を知る数少ない一般人となっているカグヤにとってマスターが何を意味しているのかはすぐに思いつく。
しかしカグヤにはキメラを使った記憶など微塵もない。
「あーしがマスター?アニメのネタとかじゃないよね」
「違う。私はキメラ。カナメ・カグヤは私を作ったマスター。そう言えば伝わる?」
アルジェが発言の意味を補足するように言い放つ。
それを聞いた途端にカグヤの表情が凍りついた。
「あーしがアルジェを作った……?」
「私は金龍を模して作られたキメラ。金龍のデータはそのほとんどが貴方から得られたもの。だからカナメ・カグヤは私の能力を作ったマスターであると言える」
カグヤが動揺しているとアルジェが理屈を説いた。
曰く、アルジェはアルムを模して作られたキメラであり、そのアルムのデータの多くはカグヤのチャンネルの配信内で見せた挙動を参考にしている。
よって情報の提供主であるカグヤはアルジェの肉体の作成に一切関与していなくともマスターの一人であるというのが主張であった。
「キメラがどうしてあーしを?まさかあーしのことを消すために!?」
「心配は無用。キメラがマスターを自分の意志で手を下すことは断じてない。よって私はカナメ・カグヤを攻撃しない」
カグヤが身の危険を案ずるとアルジェはそれを否定した。
キメラはマスターと認定した人物を自らの手で傷つけることはしない。
よってアルジェにカグヤを攻撃する意思はなかった。
「アルムはいないの?」
「アルムなら生憎遊びに行ってるからここにはいないよ。いつ帰ってくるかはあーしも分かんない」
「そう。それは残念」
アルジェがアルムの所在を尋ねるとカグヤはアルムが不在であることを伝えた。
アルムと顔を合わせられないとわかったアルジェは残念と言わんばかりのため息をついた。
「じゃあ今日はもう用はない。帰る」
「えっ。あ、はい」
アルジェは唐突に退席を宣言するとスタスタと玄関に向かって歩いていった。
ある意味でアルムを上回る自分本位のマイペースさにカグヤは置き去りを喰らってしまった。
「帰る前に一つ聞いていい?」
「構わない」
「アルジェがあーしのところに来たのはもう一人のマスターの命令?」
「……違う、私の意志」
帰ろうとするアルムを呼び止めてカグヤが尋ねるとアルジェは振り返り、首を小さく横に振って簡潔に答えた。
回答を済ませたアルジェは踵を返してさっさと出て行ってしまった。
十分程度のやり取りを終え、カグヤは呆然とするばかりであった。
キメラを自称する謎の少女にマスターと認定され、カグヤは朝からひどく困惑させられるのであった。




