暴走するキメラ
その日は朝から町で数多の悲鳴が走った。
久しく出現していなかったキメラが数週間ぶりに出現したのである。
その容姿はトカゲや恐竜を模しているようで非なるものであり、言うなれば『二足歩行の黒いドラゴン』のようであった。
そのキメラは艶のある真っ黒な外殻に身を包み、手当たり次第に口から青い炎を吐き出して周囲一帯を火の海に変えていく。
すでに物的に甚大な被害が出ており、人々は阿鼻叫喚であった。
「カナメさん、見てくださいよコレ」
「んー、どしたん」
キメラが暴れている現場から少し離れたシロガネ館にてバイトスタッフの一人が携帯を持ちながら慌てた様子でカグヤに話しかけてきた。
カグヤが画面を見るとそこには誰かが中継している黒いドラゴンのキメラが町で暴れている姿が映し出されていた。
白昼堂々と暴れるキメラを見てカグヤに緊張が走った。
黒いドラゴンのキメラ=バーンドレイクキメラが蹂躙する町の空から雷鳴が轟いた。
雲の隙間から雷光が走り、金龍アルムがその姿を現す。
アルムは全身から電気を迸らせながらバーンドレイクキメラを睨みつけると闘志を見せるように吠えた。
対するバーンドレイクキメラも口角から炎を激らせ、唸り声を上げてアルムを威嚇する。
アルムとバーンドレイクキメラはほぼ同時に飛び出し、真っ向から激突した。
両者がぶつかり合うと自動車同士が正面衝突を起こしたかのような激しい打突音が町一帯に響き渡る。
炎に包まれた町の中で二体のドラゴンは格闘戦を繰り広げた。
アルムがバーンドレイクキメラを殴り、電撃を浴びせるとバーンドレイクキメラも負けじと対抗し、体当たりを仕掛けて続け様に青い炎を浴びせかけた。
炎の威力は凄まじく、アルムの脇腹を黒く焦がして火傷に苛ませる。
人々は誰かが中継しているアルムとバーンドレイクキメラの戦いの様子を固唾を飲んで見守った。
カグヤも誰かの配信を通じてアルムとバーンドレイクキメラの戦闘を見ていた。
こんな状況で客入りがあるはずもないため、他のスタッフも戦闘の様子を視聴している。
配信サイトでの中継ということもあり、戦火の及ばない安全圏から見ているリスナーたちのコメントがちらほらと見受けられる。
『これって前ニュースに出てた金龍?』
『町めちゃくちゃじゃん』
『何この地獄絵図』
『主なんで逃げないの』
カグヤは視聴者のコメントに苛立ちを募らせるとバイトを放棄して外へと飛び出した。
アルムとバーンドレイクキメラの戦闘が続く限りどうせ店内にいても何も仕事はない。
であれば今アルムのために自分ができることをした方が有意義であった。
配信に映った景色から場所は特定できた。
まずは中継配信をしている人間を戦場から遠ざけ、アルムをより戦闘に集中させることが先決であった。
戦場が近づくにつれて炎の熱気が強くなっていく。
カグヤは避難誘導と交通規制をする警察官たちの姿を発見するとその目をすり抜けるように進路を変えた。
「アイツがいる場所はたぶん……」
カグヤは中継配信を見ながら配信者の居場所を特定していった。
通いなれた場所ということもあり、すいすいと進んで近づいていく。
次の角を曲がったところにある建物の陰に恐らくその配信者がいる。
カグヤは建物の陰を覗き込んだ。
「嘘……」
カグヤは物陰にいた人物を見て絶句した。
そこにいたのはシロガネ・レン、バイト先のオーナーだったのである。
だが気を取り直し、カグヤはレンに接近した。
「オーナー、こんなとこで何やってるんですか」
「カナメさん?あなたこそなぜここに」
カグヤが声をかけるとレンは背筋を伸び上がらせて目を見開いた。
バーンドレイクキメラとアルムの戦いの様子をカメラに収めようとしていたのだが自分がキメラのマスターであるとはカグヤ相手には死んでも言えるはずがなかった。
レンは配信を切り、スマホをしまうとカグヤと向かい合う。
「今日は出勤だったはずですが」
「それは、その……まあ、とにかくここから離れた方がいいですよ」
レンに仕事を抜け出してきたことを指摘されたカグヤは言い訳が思いつかず言葉を詰まらせるが強引にレンの手を引いて戦場から遠ざけた。
炎と電撃が飛び交い、アルムとバーンドレイクキメラが戦闘する町は人の踏み込めない領域と化していた。
バーンドレイクキメラが背中の外殻を赤く発光させると地面に延焼した炎が勢いを増していく。
その炎はカグヤたちの足元にも広がりつつあった。
「ヤバ!とにかくここから離れて!」
カグヤはレンの手を強く掴んでひたすら戦場から遠ざかるように走った。
延焼から逃げるように遠ざかって足元に火の手がなくなった次の瞬間、戦場の中心から爆発音が発生し、延焼した炎が間欠泉のように吹き上がった。
炎が吹き上がることによって発生した爆風に押され、カグヤは転倒して尻もちをついた。
「ひいいいいい!心臓止まるってこんなん!」
カグヤは命の危険を感じて本音を漏らした。
アルムの身を案じて戦場の方に視線を移すとアルムは空中に身を移して爆炎が直撃するのを回避していた。
バーンドレイクキメラが吠えるたびに炎が吹き上がり、一層戦場を苛烈にしていく。
過酷な炎の渦の中でアルムはより激しく闘志を燃やすのであった。




