平和な時を生きる
カグヤはバイト終わりの帰路を急いでいた。
家に帰ればアルムが買ってきたケーキが待っているのである。
帰るのが楽しみに感じるのは一人暮らしを始めて以来初めてであった。
「ただいま!」
「おかえりカグヤー!」
カグヤが帰宅を告げながら玄関を開けるとアルムが机の前で待機していた。
随分前から帰りを待っていたらしく、全身が震えるように小刻みに揺れている。
「ケーキは?」
「冷蔵庫に入れてあるよー。ボク持ってくるねー」
カグヤがケーキの所在を尋ねるとアルムは台所の方へと走っていった。
昼間の言いつけを守り、持ち帰った後にしっかり冷蔵庫に入れて保管していたのである。
アルムはケーキの入った箱を持ちだすとそれを机の上に置き、開封した。
箱が開くとカグヤが上から中身を覗き込む。
「おー、まあまあ高かったでしょー」
「二つで三千円ぐらいってところかなー。早く食べようよー」
「はいはい。お皿とフォーク用意してくるわ」
催促をかけるアルムを宥めるとカグヤは台所から小皿二枚とフォークを持ち出した。
「このチョコレートのはアルムのでしょ」
「なんでわかったの?」
「アンタチョコレート好きじゃん」
カグヤとアルムは軽いやり取りを交わしながら笑う。
アルムはカグヤから始めてもてなされて以来チョコレート系のお菓子が好物になった。
アルムは傍から見れば千年以上前に生まれた人ならざる者であるということを感じさせないほどに現代社会のことを覚え、まだ多少不慣れなところこそあれど日本人離れしていると言えば誤魔化せる程度に溶け込んでいた。
「アルム」
「どうしたの」
「ありがと」
カグヤはケーキに手を付ける前に改めてアルムにお礼を言った。
自分の想いがしっかり伝わっていることを感じ取り、アルムも笑みがこぼれる。
二人は机を挟んでケーキを口に運んだ。
「ところでなんでケーキなんて買ってきてくれたの?」
「前にパンケーキ屋行ったときにカグヤが食べてなかったの思い出したんだ。だからカグヤにあのパンケーキ食べてもらいたかったんだけど無理だったから代わりに」
「あー、そんなことあったなー……」
アルムはケーキを購入した動機を語った。
カグヤ自身はすっかりその時のことを忘れていたがハルヒがパンケーキ中毒を起こした苦い記憶も同時に蘇って何とも言えない気分になる。
「あの後あの店ってどうなったの?」
「普通にやってたよ。帰りに見てきたけど前よりお客さんは減ってた」
アルムは事件後のパピヨンヘブンの様子を語った。
アルムとパピヨンキメラの戦闘の舞台となって大荒れした後も営業は続いており、まだそれなりの繁盛を見せているようであった。
「こんな平和な時間がずっと続けばいいのに」
「それだとボクが必要なくなっちゃうよー」
カグヤがキメラ出現以前と変わらない平和な時間が続くことを夢想するとアルムが自身の存在意義を主張した。
アルムは現代に出現するキメラから人間を守ることを使命としているため、キメラが現れなくなると存在意義がなくなるのである。
「ならあーしと一緒に配信やってこうよ。目指すはトップライバー、なんつって」
カグヤはアルムに新たな存在意義を示すように冗談めかしながら口走った。
アルムは人外キャラという設定が大ウケしてカグヤのチャンネルを一躍上へと押し上げた張本人である。
今後の活躍次第ではネット上でより上の存在を目指すことも夢ではなかった。
「それ面白そうだね!」
「でしょー」
アルムはカグヤの提案に好意的な反応を見せた。
基本的に人間のことが大好きなアルムにとって不特定多数の人間と一度に交流できる配信活動は非常に楽しいものである。
人間と交流しながら現代のお金まで稼ぐことができてしまう。
アルムにとってはいいことずくめな配信活動をカグヤと一緒に続けるのはとても魅力的に感じられた。
「この時代は楽しい?」
「すっごく楽しいよ。明日はどんな配信しようかなー」
「あ、今日バイト中に思いついた企画なんだけどさ……」
アルムが現代を満喫していることを伝えつつ次の配信への意欲を見せるとカグヤが新しい企画を持ち出した。
二人は配信の企画を巡って会話が弾み、小さなボロアパートの一室から楽し気な声が夜通しで響くのであった。




