アルム、デパートへ行く
カグヤがバイトに行っている日の昼間のこと。
アルムはテーブルの上に置かれた一万円札をじっと眺めていた。
その一万円はカグヤから与えられたアルムへのお小遣いであった。
『そのお金はアルムが好きに使っていいよ』
カグヤはバイトに行く前にアルムにそう言い残したがアルムには使い道が思いつかなかった。
お金を使わずに時間を潰す方法を持っているため、わざわざお金を使いに行く必要がなかったのである。
「あ、そうだ!」
アルムはあることを思いついた。
それはお小遣いを使ってカグヤに何かプレゼントをしようというものであった。
「うーん……」
アルムは首を捻りながら唸った。
カグヤが物欲を吐露するところを見たことがなく、彼女が何を欲しがっているのかさっぱりわからない。
アルムがカグヤの日頃の行動や言動を思い返すと、とある出来事を思い出した。
「そういえば……」
アルムは以前カグヤとハルヒと三人でパピヨンヘブンに行った時のことを思い出した。
当時アルムとハルヒはパンケーキを食したがカグヤはなんだかんだで一切口にしていない。
あの時食べられなかったもの、あるいはそれに近しいものをプレゼントしようと思い立った。
アルムはスマホで検索をかけた。
パピヨンヘブンは今も営業こそしていたが持ち帰りには対応していないことがわかった。
流石にバイト中のカグヤを連れ出すわけにはいかないことはアルムにも理解できる。
代替品を探すべくアルムは検索をかけ直すと別の洋菓子店が数件ヒットする。
アルムは情報を閲覧していると一件気になるものが見つかった。
「あっ、これなんてよさそう!」
アルムが目をつけたのはショートケーキであった。
そのショートケーキを販売している店は町のデパートの地下にあり、アルムならすぐに行ける場所であった。
「よーし行くぞー!」
アルムはデパートの場所と行き方を確認して一万円札を握りしめると玄関を施錠し、電光の如く飛び出していった。
アルムは目にも止まらぬ速度で駆け抜けると道路には彼女の通った後にパチパチと音を立てる電気の軌跡が走り、通行人たちは反射的にそれを避けて脇に逸れた。
わずか一分足らずでアルムは目的地のデパートへと辿り着いた。
電光の中から角と尻尾を隠した人間体の姿で現れ、何事もなかったかのようにデパートの中へと入る。
一部の通行人は何もない場所からいきなり現れたアルムに奇異を見るような視線を向けた。
アルムはデパートの中に入るとその情報量に圧倒された。
店内には様々な物が無数に並び、どこを見ても何もないところがない。
「地下にはどう行けばいいのかな?」
アルムは地下への行き方を模索してフロアを歩き回った。
いくらか歩いていくと、アルムは地下へと続くエスカレーターを発見した。
「か、階段が動いてる……!?」
アルムは初めて見るエスカレーターに対してかなり驚かされた。
ドラマのワンシーンで登場人物が足を動かさずに階段を移動するのを見て不思議に感じたことはあったがそれがエスカレーターだとは知らなかったのである。
アルムはエスカレーターから距離を取ると周囲の利用者を観察した。
するととある利用者が流れるような動きでエスカレーターの足場を踏み、手すりに触れてそのまま地下へと下っていく。
狭い足場にすいすいと移る現代人の感覚にアルムは戦慄した。
「大丈夫。ボクにも使える」
アルムは一度深呼吸をすると恐る恐るエスカレーターに左足を踏み入れた。
エスカレーターに引っ張られるように身体が動き出したところで手すりを掴んで右足を浮かせ、そのまま足場を移す。
カグヤに教えられずとも現代文明の利器を利用できたことにアルムはある種の達成感を覚えた。
地下一階の床が見えてくるとアルムはエスカレーターから飛び降りた。
フロアに仄かに漂う洋菓子を甘い香りを頼りにアルムは目的地を探した。
十数秒程度歩いたところでアルムは目的の洋菓子店に辿り着いた。
カグヤへのプレゼントを選ぶべくアルムは店内に足を踏み入れて商品を吟味した。
「どれも美味しそうだなぁ」
アルムはカグヤに贈るケーキに迷ってしまった。
ショーケースに並ぶ商品はどれも予算の範疇ではあるものの、そのすべてが魅力的に見えてならない。
洋菓子店のスタッフはそんなアルムの様子を微笑ましく見守る。
十分ほど悩みながら店内を彷徨った末に結局自分で選べなかったアルムは代わりにスタッフに選んでもらうことにした。
「オススメのケーキってある?」
「はい。今でしたらこのフルーツケーキなんていかがでしょう?」
アルムに尋ねられたスタッフはケースに並んだケーキの内の一つを紹介した。
それは中に様々なフルーツが具材として盛り込まれた生クリームでコーティングされたスポンジケーキであった。
「じゃあそれ一つください!」
「かしこまりました。他にお求めのものはございますか?」
「うーん。そうだなぁ」
スタッフに購入内容を確認されたアルムは咄嗟に考えた。
カグヤは食い意地が張っているタイプではないため確実に二つ以上は食べられない。
そうとなればもう一つを自分が食べる用で購入しようと考えたが同じものを二つ以上買うという発想はアルムにはなかった。
「じゃあそのチョコレートのやつ一つ!」
アルムは目についたチョコレートケーキを選んだ。
「ありがとうございます。崩れやすいのでお気をつけてお持ち帰りください」
「ありがとー!」
会計を済ませ、二つのケーキを箱に梱包してもらうとアルムは上機嫌に店を出た。
通路の脇に身を移し、スマホを取り出すとカグヤにメッセージを送る。
『ケーキ買ったよ!帰ったら一緒に食べようね!』
『ありがと。ちゃんと冷蔵庫に入れて保管するんだよ』
アルムがメッセージを飛ばすとわずか数秒でカグヤからの返信が返ってきた。
その一言だけでアルムには十分すぎるほどの感謝が伝わってきた。
アルムはカグヤが帰ってくるのを楽しみにしながら帰路に就いたのであった。




