ドラゴンを超える存在
その日のカグヤは朝からシロガネ館でバイトに勤しんでいた。
以前から進めていた営業準備が完了し、今日から営業を再開してこれまで通りの仕事に戻っていたのである。
「休憩もらいまーす」
午後十二時を過ぎた頃、カグヤは休憩に入るとスタッフ専用の事務室へと入った。
事務室はバイト中のカグヤにとって絶対唯一の安息を得られる場所であった。
カグヤがコンビニで予め購入していた軽食を取り出し、それをつまみながら一息ついていると事務所に誰かが入ってきた。
「お疲れ様です。カナメさん」
「お疲れ様です。オーナー」
入ってきたのはシロガネ館のオーナー、シロガネ・レンであった。
レンはカグヤの真正面に向かうように腰を下ろすとバッグからノートパソコンを取り出してそれを立ち上げた。
「改装した店内はどうですか?」
「マジで綺麗になったなーって思いますね。古き良きを残したままちゃんと作り変えたって感じで」
レンが改装後の店について尋ねるとカグヤは率直な感想を伝えた。
シロガネ館の外観はやや古ぼけたままだが内装は別物レベルで手が加えられている。
見た目は多少の古臭さを残しているが埃っぽさなどはきれいさっぱりなくなっていた。
「そうですか。思い切って改装した甲斐がありましたよ」
レンはニコニコしながら答えた。
「ところでカナメさん、最近動画配信を頑張っているようですね」
「え゛っ!?どこでそれを?」
「ニュースサイトに載ってましたよ。私も偶然目についたものでして」
レンのさりげない話題の振り方に対してカグヤはかなりの動揺を見せた。
自分が動画配信をしていることはシロガネ館の誰にも話したことがなかったため、知っている人間はここにいないと思っていたのである。
「一緒に配信しているアルムという子とはどういう関係なんですか」
「んー、なんやかんやあってうちに住み着いてる居候みたいな?あーしもよくわかんないです」
「そうですか。なんともカナメさんらしいですね」
レンが探りを入れるとカグヤは詳細をぼかしながらギリギリ嘘にならない範囲で自分とアルムとの関係を答えた。
アルムの正体が今巷を騒がせている金龍だとは口が裂けても言えない。
レンからのコメントにカグヤは苦笑いを返した。
「カナメさん。もしドラゴンより強い生物がいるとしたらどんな生物だと思いますか」
「オーナーからそんなこと聞かれるなんて意外です」
「甥っ子に聞かれて返答に困ってしまいましてね。カナメさんはそういったものに詳しそうですし、あなたの意見を参考にしてみようかと」
カグヤが意外に感じているとレンはカグヤを頼るという体で適当に取り繕ってみせた。
質問の意図がわからなかったが相手が相手ということもあり、カグヤは真面目に質問の答えを考える。
「正直パッと思いつかないですねー。ドラゴンっていろんなマンガやアニメで最強の生物みたいに扱われてますし」
「そうですか。では対等な存在がいるとすればどうでしょうか」
「もしドラゴンと対等かそれ以上の存在があるとすれば『別のドラゴン』じゃないですかね、あるいは神様とか?」
カグヤは見解を示しながらオタクとしての熱を入れた。
ドラゴンはおおよそのファンタジーに於いて最強あるいはそれに準ずる存在として描写されているため、それを超える存在というものが皆無である。
そのため、別種の同族ないし生物という枠を外れた概念的なものでしか超えることはできないというのがカグヤの答えであった。
レンにはファンタジーな知識はないため理屈はさっぱりわからなかったがカグヤが真面目に答えていることだけは理解できた。
「そうですか。甥っ子にはそういう風に答えておきましょう」
「うまく伝わるといいですね」
レンとカグヤはファンタジーを通じてやり取りを交わした。
これほど多くの言葉を交わしてやり取りをするのはお互いに初めてであった。
「ありがとうございます。では私はこれで」
「はい。お疲れ様でーす」
レンはパソコンでの作業を切り上げると荷物をまとめて事務室を離れていった。
彼がいなくなったことにより、事務室には再びカグヤ一人になった。
(オーナー、意外とああいう話ができたんだな)
カグヤはさっきのやり取りを思い出してオーナーの人物像に対する認識を改めると机に突っ伏して残りの休憩時間を仮眠に費やすのであった。




