金龍と現代
「ボクはアルム。人間を守る金龍だ」
少女は自らをアルムと名乗るとその正体を明かした。
しかしカグヤはそれを信じることができなかった。
それもそのはず、ついさっき自分を助けてくれたドラゴンと今目の前にいる少女はまるで別物だからである。
「もしかして信じてない?」
「信じてないも何も、ドラゴンの原形ないじゃん」
「うーん。じゃあボクが元の姿に戻るところ見せたら信じてくれる?」
「いや、遠慮しときます」
アルムが首を傾げながら提案するとカグヤはそれを断った。
もしアルムの言葉が本当であるとすればいきなり三メートル近くあるドラゴンが現れることになり、そうなればなにかしらの騒ぎになるのが目に見えていた。
「キミ、名前はなんていうの?」
「あーし?あーしはカナメ・カグヤ」
「カナメ・カグヤねぇ。じゃあカグヤだ」
「いきなり呼び捨てかよ」
アルムに名前を尋ねられたカグヤは簡潔に答えた。
アルムは胡散臭さに満ち満ちているものの、そこに嫌味っぽさや下心などは見えない。
不思議と気を許すことができた。
「あーし帰りたいんだけどそろそろ行ってもいい?」
「そうなの?じゃあボクもついてく」
アルムは当然のようにカグヤへの同行を宣言した。
これには思わずカグヤの表情が引き攣る。
「え、この時間に人の家ついてくるとかありえなくない?」
「そうなの?」
カグヤに拒否されたアルムは意外そうな表情を見せた。
彼女にはカグヤの発言の意図がさっぱりわからなかったのである。
その後もカグヤは帰路を急ぐがアルムはその後ろをついてくる。
きっといくら説明してもついてくるだろう、そう諦めながら歩いていると家の前までたどり着いてしまった。
「ここがカグヤの家?ずいぶん大きいんだね」
「アパート知らないってマジ!?あーしが暮らしてるのはこの中の一部屋だけだから」
アルムはアパート一荘をまるまるカグヤの家だと思い込んでいた。
カグヤはそれにツッコミを入れながら自宅の部屋の鍵を開けると明かりを点けた。
「見たことないものがたくさんある!」
「マジで人間じゃないっぽいなこれ」
カグヤの家に上がりこんだアルムは興味津々に中を歩き回る。
その様子を見たカグヤの中でアルムが本当に人間でない可能性が現実味を帯びてくる。
「まー、座ってよ。お茶ぐらいは出すからさ」
「お茶?」
カグヤは部屋の隅からクッションを引っ張り出すとそこにアルムを座らせた。
人間でないにしてもその正体が自分を助けてくれた存在である可能性は大いにあるため、せめて最低限のもてなしはするつもりであった。
「はいどうぞ。こんなものしか用意できなかったけど」
カグヤはアルムに麦茶とチョコチップクッキーを差し出した。
簡素ではあるがこれが今のカグヤにできる精一杯である。
アルムはクッキーを一枚手に取り、鼻先に近づけて匂いを確かめた。
「甘い匂いがするね。これって食べられるの?」
「もちろん。その液体も飲めるから」
カグヤにそう言われるとアルムはクッキーを口に入れて噛み砕いた。
口の中に広がる甘さにアルムは目を輝かせる。
「すごい!こんな美味しい食べ物があるなんて!」
(マジか)
アルムは初めて口にするクッキーの味に感動していた。
カグヤは市販のお菓子にここまで感動する存在があることに驚かされるばかりであった。
「ありがと!お礼に聞きたいことなんでも聞いていいよ!」
もてなしにご機嫌になったアルムはカグヤに質問を受け付けた。
カグヤは見た目以外何もかもが人間らしくないアルムに対して聞いてみたいことが山のように溢れてくる。
逆に何から聞けばいいのか迷うほどであった。
「えーっと……アルムっていったっけ?さっきあーしを襲ってきた怪物について何か知ってる?」
「あれはキメラ。錬金術で作られた生命体さ」
カグヤが最初の質問を切り出すとアルムはあっさりとそれに答えた。
いきなり未知の単語が二つも飛び出してきたことで疑問が解決するどころかさらなる疑問が浮かび上がる。
「錬金術?」
「もしかして聞いたことない?」
「いや、聞いたことはあるんだけどそんなことできるなんて書いてなかった」
かつて錬金術と呼ばれる技術が存在していたことは歴史の片隅で語られている。
だがそれはあくまで薬学の前身となった存在であって生命を創造するような大仰なものではなかった。
「で、なんでその物騒なものが出てきたわけ?」
「そこまではわからないよ。でも一つ言えるのは『キメラを作った人間がいる』ってことかな」
アルムは真面目そうに語った。
内容は出鱈目だが嘘はついていないのは明らかであるため、カグヤはますます混乱していく。
「質問変えるわ。アルムは何者なの?」
「ボクは金龍。さっきカグヤを襲ったのと同じキメラだよ」
アルムはあっさりと自分の正体を明かした。
自分を襲った怪物と同族と聞かされ、カグヤの全身から血の気が引いていく。
「えっ、じゃあアンタも人を襲ったりするの?」
「そんなことしないよー。ボクは人間を守るために生み出されたキメラだから」
カグヤが疑いをかけるとアルムはきっぱりと弁解した。
次から次へと疑問が浮かび上がるがそんなカグヤの次なる疑問をある音が遮った。
「ごめん、ちょっと電話」
カグヤの疑問を遮ったのは携帯の着信音だった。
発信者は『カナメ・ハルヒ』カグヤの妹である。
カグヤはアルムに前置きをすると通話に応じた。
「あいもしもし」
『もしもしお姉ちゃん!さっきニュースでお姉ちゃん見たけど大丈夫なの!?』
カグヤの声を聞くなりハルヒはスピーカーを壊さんばかりの大声で安否を確認してきた。
「まあなんとか助かったよー。ところであーしニュースになってんの?」
『化け物が写った動画が今めっちゃバズってるんだから。後で見てみなよー』
ハルヒは今起きている出来事を電話越しにカグヤに伝えた。
どうやらついさっきの出来事を誰かが撮影してSNSにアップしたらしく、そこにキメラに襲われる姉が写っていたのを見かけたことでいてもたってもいられず安否確認をしたというのが今回の着信の理由であった。
『とりあえずお姉ちゃん家行くね。もうすぐ着くから』
「んー。もう暗くなるから気をつけてなー」
ハルヒはカグヤのアパートを訪ねようとしていた。
ハルヒはまだ高校生であるため姉のカグヤと違って実家に住んでおり、月に何度か姉の元を尋ねにやってくる。
慣れたやり取りであったため、カグヤはいつも通りに応対して通話を切ると目の前にいるアルムの存在を思い出した。
アルムはカグヤの行動を不思議そうに眺めていた。
「ボクとカグヤしかいないのに誰と話してたの?」
「あーしの妹。これ使えばこの場にいない人とも話ができるの」
「へーすごー!ボクが生まれた時はこんなものなかったよー!」
アルムは携帯に興味を寄せている。
カグヤの中で遮られていた疑問が再び湧き上がってきた。
「アルムはいつ生まれたの?」
「えっとねー、千年ぐらいかな」
アルムは自分が生まれた年代を答えた。
千年以上前に生まれた生物が目の前でピンピンしている事象を目の当たりにしてカグヤは驚きを隠せない。
「は?今二◯三X年だけど千年以上も生きてたワケ?」
「そんなことないよ。ボクは今までずっと眠ってたんだ」
カグヤがさらなる疑問をぶつけるとアルムは律儀に答えた。
アルムはこれまでずっと眠りについており、今回のキメラの出現に応じて目を覚ましたのである。
「千年も経ってたのかー。通りで何もかも変わってるわけだね」
アルムはカグヤの部屋をキョロキョロと見回しながら目を輝かせた。
ジェネレーションギャップという表現すら生ぬるいほどの世代差を前にしても気にすらしない様子にカグヤは自分のアルムとの生物としての格の違いを感じずにはいられなかった。
カグヤがアルムに質問攻めをしていると彼女の部屋の呼び鈴が鳴った。
それと同時にカグヤの携帯にハルヒからメッセージが届いた。
『着いたよー』
それはハルヒが到着したことを簡潔に伝えるものであった。
何気ない日常にとんでもないイレギュラーが飛び込んできたことを実感し、カグヤは内心で頭を抱えるのであった。




