金龍降臨
人外主人公×人間が書きたくなったので書きました。
その日、世界のバランスが崩れた。
西暦二◯三X年四月六日の午後十七時頃、『それ』は日本某所に突如として現れた。
それは動物と呼ぶにはあまりに人間的であり、人間と呼ぶにはあまりに歪であった。
それはうめき声を上げながら腕を振り回して暴れる。
どうやら相当力が強いらしく、腕に触れた建物の壁がいとも容易く崩れ落ちる。
人々はそんな怪物の所業を目の当たりにして蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。
人間の常識の範疇を超えた存在を前に争うことを放棄したのである。
そしてここに怪物の暴走に巻き込まれた女が一人。
「なんであーしを追いかけてくるんだよッ!」
女は怪物に文句を投げかけながら逃げ回る。
彼女の名はカナメ・カグヤ、街でアルバイトをしながら配信者として活動をしている者である。
しかしカグヤの文句は怪物には届かない。
人間の言葉を理解する知能がなかったのである。
怪物は執拗にカグヤを付け狙う。
カグヤは背後から襲いくる死の恐怖に脅かされながら必死に振り払おうと足を動かした。
しかしそんな彼女にもすぐに限界が訪れた。
「ハァ……ハァ……もう無理……」
カグヤの足は徐々に動かなくなり、ついには足を止めてその場にへたり込んでしまった。
元々彼女は運動が得意ではない。
今この時が人生で最も身体を動かした瞬間といっても過言ではなかった。
怪物はジリジリとカグヤに迫り寄ってくる。
だがカグヤを助けようとするものは誰一人としていなかった。
助けに入れば自分が死ぬのは明白だったからである。
周囲には誰もおらず、人生最大の危機を前にしてカグヤは完全に孤立無援となっていた。
(死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!)
カグヤは己がもう助からないことを理解しつつも内心では絶望に対して抗おうとしていた。
だが彼女の足は動かず、怪物はすでに眼前に迫っている。
怪物の腕がカグヤに振り下ろされようとしたその時であった。
日が沈みゆく茜色の空に雷鳴が力強く轟き、そして次の瞬間、怪物の身体は何かに突き飛ばされたようにカグヤとの距離を開いた。
間一髪で危機を免れた安堵と何が起きたのか理解できない感情が混乱し、腰を抜かしたまま呆然とするカグヤの前に一筋の光明が差しこんだ。
光明は徐々にその強さを増し、閃光になって炸裂すると共にその正体を現す。
(金色の……ドラゴン……)
カグヤの眼前に姿を現したのは金色に輝く鱗を持った巨大なドラゴンの後姿であった。
立派な二本の角を伸ばし、背中には一対の巨大な翼を湛え、腰からは太く長い一本の尾が伸びている。
前足は柱のように屈強であり、人間のように発達した二本の後ろ足でしっかりと大地を踏みしめて立っている。
その佇まいはさながら『ドラゴンを象った人間』であった。
「グルル……」
金色のドラゴンは唸り声をあげると角からバチバチと何かが弾けるような音を鳴らした。
その刹那、そこにあったはずの巨体は青白い電影を残してカグヤの眼前から消え、自らが吹き飛ばした怪物の方へと動いていた。
その目にも止まらぬ動きはまさに電光石火の如しであった。
ドラゴンは怪物の首を右手で掴むとそれを軽々と振り回し、地面へと叩きつけた。
アスファルトが砕け、その破片が周囲に激しく飛び散る。
ドラゴンは怪物を抑え込んでマウントを取ると再び角からバチバチと音を鳴らした。
すると今度はその身体から電気が放出され、周囲一体に迸る。
電気が全身を駆け巡り、怪物の身体は激しく痙攣を起こす。
怪物といえども生物であり、電気によって完全に肉体の自由を喪失していた。
ドラゴンによる怪物への攻撃の様子は一方的な蹂躙のようにも見えるものであった。
(伝説の金龍とそっくりだ……)
ドラゴンの姿を見ていたカグヤは幼い頃に聞いた伝承のことを思い出した。
かつて世界が怪物に襲われたとき、どこからともなくその姿を現して怪物を退治し、またどこかへと消えていったという金龍の伝説がある。
この世界ではおとぎ話として誰もが一度は聞いたことのあるその伝説が今まさに目の前に蘇っていたのである。
怪物の身体は電熱で焼け焦げ、炭化してボロボロに崩れ去った。
そしてドラゴンがその翼を一度はためかせるとその風に飛ばされて跡形もなく消えてしまった。
さっきまで人々を暴力で脅かしていた異形はさらなる力の前に葬られたのである。
周囲は沈黙に包まれた。
怪物の出現に金色のドラゴンの降臨、そしてドラゴンによる怪物の瞬殺と日常からあまりにもかけ離れた光景がノンフィクションで繰り広げられたことに対して理解が追いつかなかったのである。
『大丈夫?ケガはない?』
誰かがカグヤに声をかけた。
我に返ったカグヤは周囲を見回して声の主を探すがどこにも見当たらない、まるで頭の中に直接語りかけられているようであった。
カグヤが目の前にいるドラゴンの方に視線を向けるとドラゴンは背を向けたままチラリと彼女を一瞥する。
どうやらドラゴンが語りかけてきているようであった。
「あ、あなたが話しかけてきてるの……?」
カグヤが恐る恐る尋ねるとドラゴンは彼女の方に振り返って小さく首を縦に振った。
ドラゴンは人間の言葉を理解できていた。
「あ、ありがと……」
カグヤは再び立ち上がり、砂埃を払うとドラゴンに助けてもらったお礼の言葉をを述べた。
経緯はどうあれ、彼女がドラゴンに助けられたのは紛れもない事実である。
ドラゴンはカグヤからお礼の言葉を受けると翼を広げて上へと飛び去っていった。
その姿は一瞬で見えなくなり、晴れた夕焼け空に直角にジグザグな軌跡を描くと再び雷鳴を轟かせた。
(夢……だったのかな)
カグヤは直前まで眼前で繰り広げられた出来事を信じられずにいた。
空想にしては生々しく、リアルにしては理に叶わない。
思考を巡らせつつもカグヤは帰路に就き直した。
彼女は元々アルバイト上がり、自宅に帰る途中であった。
「やあ、さっきは大丈夫だった?」
帰路の途中、何者かがカグヤに背後から元気な声をかけてきた。
カグヤは驚き一瞬立ち止まる。
あれほど周囲を騒がせた騒動である、誰が見ていてもおかしくはない。
(あれ?今の声って……)
カグヤは自分を呼び止めた声に聞き覚えがあった。
そしてその声の主を思い出したとき、彼女は後ろを振り返ると、そこには金髪の少女の姿があった。
少女の金髪はうなじほどの長さで外側に跳ねており、瞳は宝石のような碧色をしている。
背丈はカグヤよりも一回りほど高い。
言葉は流暢な日本語を話しているが外見はおおよそ日本人離れしているといってもよかった。
「あの、どこかでお会いしました?」
「やだなあ。ボクたちついさっき会ったばかりじゃないか」
カグヤが恐る恐る尋ねると少女は飄々と答えた。
しかしカグヤにはまるでそんな記憶はない。
「ボクはアルム、人間を守る金龍だ」
少女は自らをそう名乗った。
その日、一人の少女と伝説の金龍が出会い言葉を交わしたのであった。




