見えないキメラ
アルムがキメラの気配を感じ取って二、三日が経った。
その間にもキメラの仕業と思われる空き巣が数件発生し、被害は拡大を続けていた。
依然としてキメラの行動に法則性は見出せず、アルムは見て見ぬふりをしているようでもどかしい気持ちであった。
一方その頃、某所にて怪しい取引が行われていた。
日の射さない薄暗い部屋の中、深緑色の肌をした細身の怪人=カメレオンキメラが虚空から抜け出たように姿を現すと部屋にいたスーツ姿の男に語り掛けた。
「マスター。金龍はこちらの気配を確実に読み取っている。だがこちらの姿を捉えた様子もない。発見方法を視覚に頼っているものと思われる」
カメレオンキメラは男をマスターと呼称すると、彼に対して理知的な口調で報告した。
男はこれまでに二度現れた他のキメラの創造主でもあった。
「他にわかったことは?」
「現代の道具を扱い、何者かと連絡を取っていた。恐らくは金龍の近くにマスターに相当する人物が存在する可能性が高い」
「ご苦労。引き続き金龍及びその周囲の調査を」
男は簡潔に労いをかけるとそのままカメレオンキメラに調査の続行を命じた。
彼は過去に自ら作ったキメラを二体立て続けに打ち倒したアルムに興味を抱き、その力を測ろうとしていた。
その一環としてカメレオンキメラを作り出したのである。
「仰せのままに」
カメレオンキメラは男の指示に従い、再び姿を消すと音もなく外へ出ていった。
男はカメレオンキメラから提供された情報をパソコンに記録し、それを上書きで保存すると静かにページを閉じた。
「伝説の金龍、その力がどれほどのものか調べ甲斐がありそうです」
男はパソコンをシャットダウンして一人呟くとスーツの着こなしを確認し、自らも外へと出ていった。
その日の昼間、カメレオンキメラは姿を消したまま偵察に赴いていた。
先の偵察で現代におけるアルムの拠点の場所は大方把握していたため、今回はその周辺関係を探るつもりであった。
アパートまで潜入し、壁に張り付いてカグヤの部屋の裏側に移動すると息を殺して聞き耳を立て、窓の外から部屋の中の様子を覗き見ようと試みた。
アルムはキメラの気配をすぐそばに感じ取って強い警戒心を見せた。
反射的に背筋が伸び、周囲を見回す。
「どしたん?キメラの気配ってやつ?」
「うん。かなり近い」
アルムは徐に立ち上がると屋内を歩き回った。
姿を捉えられないながらも気配を感じる能力は本物であるため、アルムとカメレオンキメラの双方に緊張が走る。
アルムと同じ部屋にいるカグヤはキメラの気配を感じることができないため、身の安全をアルムに委ねて部屋の中央に身を移す。
「うーん……どこにいるんだ?」
アルムは見えないキメラの探知ができず苦戦していた。
対するカメレオンキメラも不用意に音を立てたりせず、壁に張り付いたまま息を殺してアルムが諦めるのを待つ。
「ねえアルム。ちょっと耳貸して」
カグヤは何かを思いつくとアルムに近寄り、彼女の耳元で何かを囁いた。
その内容はカメレオンキメラには聞き取れなかった。
(あの女、何をしている……?)
カメレオンキメラが注視していると、カグヤは家中のコンセントからプラグを引き抜きだした。
その不審な行動の意図が掴めずにいたところ、カメレオンキメラの全身に突如として突き刺すような痛みが駆け巡った。
肉体の制御を失い、張り付きを維持することができずに地面へと落下すると変色が解けて深緑色の姿を現した。
「見つけた!」
アルムはついにカメレオンキメラの姿を捕捉した。
窓を勢いよく開けて身を投げるとそのままドラゴンの姿に変身し、焦らされたフラストレーションをぶつけるがごとくカメレオンキメラに襲い掛かる。
対するカメレオンキメラは即座に逃げることは不可能と判断し、逃走の隙を見出すための応戦に臨んだ。
アルムの襲撃を身を翻して回避すると右腕に赤色の鞭を握り、アルムの身体を目がけて振り回す。
鞭は空を切る音と共に影すら映さぬ速さでアルムの身体に叩きつけられ、彼女を打ち据える。
(コイツ……武器を使った!?)
アルムはカメレオンキメラの技に驚かされた。
これまで倒してきたキメラは自分の能力に由来した技を駆使することこそあれど明確に得物を使用してきたことはなかったからである。
自分の身体を上回る射程から繰り出される音速を超える速さの鞭はアルムを寄せ付けず、肉弾戦に持ち込まれるのを阻む。
鞭の切れ味も鋭く、アルムの身体を覆う金色の鱗を削ぎ落していた。
白昼堂々路上で繰り広げられる人外同士の戦いはすぐに周囲の人々に知られ、騒ぎになり始める。
多くの野次馬たちが押し寄せて道路を囲む中、カグヤは窓からアルムとカメレオンキメラの戦闘を観察していた。
野次馬たちを巻き添えにする可能性が生じたことでアルムは得意の放電を躊躇してしまい、鞭の一撃が流れないようにしなければならなくなったことで状況はより不利に追い込まれていた。
(アニメやゲームだと鞭を使う相手に戦う方法は……)
カグヤは自分の中のオタク知識を総動員してカメレオンキメラの攻略法を模索した。
(ダメだ。今のアルムには放電ができない)
放電という飛び道具が使えない以上、リーチを活かした武器を使う相手とのステゴロにおいてこちらが取れる戦法は限られている。
記憶を辿った末、カグヤの中にとあるビジョンが見えた。
「鞭を掴んで!」
カグヤは窓から身を乗り出してアルムに言い聞かせるように叫んだ。
アルムは即座にカグヤの声を聴き分けると身体を大きく広げて鞭の一振りを左腕で受け止め、それを右手で掴み返した。
カグヤの指示の意図を理解したアルムはそのまま放電を繰り出し、鞭を伝ってカメレオンキメラを感電させる。
(マズい……あの女)
アルムの背後にいるカグヤに危険性を見出したカメレオンキメラは咄嗟に鞭を手放して身体に電気が流れ込むのを断つと再び姿を消して逃走していった。
鞭の攻撃で十分に手傷は負わせて隙は生み出しており、野次馬たちがアルムの追撃を妨げる盾となるため逃走するには好都合な状況であった。
「グルル……」
アルムは結果としてカメレオンキメラを見失い、あと一歩のところで逃走を許すこととなった。
仕留めきれなかったことでテンションが落ち、吐息混じりの唸り声が漏れる。
アルムは翼を羽ばたかせて風を起こし、野次馬たちを追い払うと上空へと飛び立ってその場を後にした。
空には普段より少し音の小さい雷鳴が響くのであった。




