アルム激昂
アルジェに守られながらカグヤはアルムの戦いを見ていた。
だがその戦いぶりは普段とはまるで違う殺意をむき出しにした猛々しいものであった。
アルムは全身から青白い電気を放出しながら感情をぶつけるようにスカラベキメラへと殴りかかる。
スカラベキメラはそれを平然と外殻で受け止めると大振りで隙を晒したアルムの胴体を殴り返した。
その威力はすさまじく、アルムの身体はいともたやすく吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。
アルムはすぐに起き上がるとスカラベキメラを外殻越しに執拗に殴りつけた。
拳が直撃するたびに外殻の表面から火花が散り、その攻撃の激しさを物語る。
はじめは余裕をもって受けていたスカラベキメラも次第にその勢いに押され始め、後ずさりを始める。
気づけば川に足を踏み入れるところまで押し込まれていた。
アルムの頭の中は怒りの感情に満ち溢れていた。
自分にとって唯一無二のマスターであるオルフェウスの姿を騙って自分をまやかしたこと、オルフェウスの尊厳を踏みにじられたことがこの上なく許せなかった。
今はとにかく目の前にいるスカラベキメラにすべての怒りをぶつけて叩きのめしたくてならなかった。
スカラベキメラを殴り倒したアルムは勢いそのままに強化形態へ移行した。
一瞬の自由を得たスカラベキメラは反撃を試みるがアルムはすかさず背後に回り込むとその左腕を取り、空中で身体を捻ると遠心力を利用してスカラベキメラの左腕を引きちぎった。
根元から左腕を失い、スカラベキメラの肩から緑色の体液が噴き出す。
カグヤはアルムの残虐な戦い方に言葉を失った。
普段なら尻尾に付いた刃で切り落としているであろうところをわざわざ痛めつけるようなやり方を選んでいるのはカグヤにもわかった。
アルムの怒りはそれほどまでにすさまじいものであった。
スカラベキメラの左腕を引きちぎったアルムはその左腕を川の中に投げ捨てると背後からスカラベキメラを蹴り倒し、その後頭部を掴むと川の中に沈めるように押し込んだ。
倒すことを最終目的としつつも今はとにかくスカラベキメラを痛めつけたくてならなかった。
左腕を失ったスカラベキメラはアルムへの抵抗ができずに悶絶させられた。
濡れた身体にアルムの放電が容赦なく突き刺さり、その上で大量の水を飲みこんだことで呼吸を詰まらせる。
それでもアルムの追撃は止まらない。
アルムはスカラベキメラを川から引き揚げ、強引に地上に投げつけるとさらに執拗に殴りつけた。
この時すでにスカラベキメラは衰弱を通り越して息の根が止まっていたがアルムはそれを確認することなく屍となったスカラベキメラの襟首を掴むとただひたすらにその顔面を殴り続けた。
「アルジェ、アルムを止めてきて」
『了解した』
事態を見かねたカグヤから命令を受けたアルジェはカグヤを安全な場所に退避させるとアルムの制止に入った。
アルジェはアルムの腕を掴み、アルムの意識を引くと同時に自身の方へと振り向かせた。
『離して! コイツだけはどれだけ殴ってもボクの怒りは収まらないんだ!』
激昂するアルムに対してアルジェは冷気を浴びせかけた。
冷気は川に入っていたアルムの体表についていた水滴を氷結させ、彼女の半身を薄氷に閉じ込めた。
『今のアルムは正常な思考を失っている。 少し頭を冷やした方がいい』
物理的に体温を下げられたアルムは息を切らし、強制的に動きを止められたことで冷静さを取り戻し始めた。
河川敷の地面は戦闘の衝撃で陥没が発生し、川には放電でショック死した魚の死体が無数に浮上して揺蕩っている。
凄惨というほかない光景が広がっていた。
アルムは自分がこれを引き起こしたことを自覚して唖然とするばかりであった。
『気は晴れた?』
『ボクの……マスター……』
アルムは未練があるかのように呟いた。
アルムが落ち着いたことを確認したカグヤが戻ってくるとアルムに声をかけた。
「アルム、死んだ人間にはどうやったって会えないよ。 それはわかるでしょ?」
カグヤはアルムを諭した。
アルムはドラゴンの姿を解き、人間の姿になると膝から崩れ落ちた。
それを受けてアルジェも人間の姿を取る。
「本当はわかってたんだ。 でも、ほんの一瞬でも本物だったらいいなって思っちゃったんだ」
アルムは地面に座り込んだままポロポロと涙を流した。
彼女にとってオルフェウスは唯一無二のマスターであり、自分のすべてを作った存在である。
スカラベキメラの擬態が偽物であることを理解しつつも、少しでもその嘘を信じようとしてしまったことが悔しくてたまらなかった。
声を押し殺して嗚咽を漏らすアルムの姿から彼女がどれだけオルフェウスとの記憶を大事にしていたのかが伝わり、それを理解したカグヤの胸を痛めた。
カグヤは泣き崩れるアルムをそっと抱擁すると宥めるようにアルムの頭を撫でながら背を擦った。
「ごめんね。 あーしに戦う力があれば、少しは変わったのかな」
カグヤはアルムに一言謝りを入れた。
もし自分がキメラと対等に戦う力を持っていて、少しでもアルムの負担を和らげることができればアルムが惑わされることも、怒りに任せて周囲を破壊するようなこともなかったのかもしれない。
そう思いながらカグヤは戦えない自分の無力さを憂うのであった。




