マスターを騙る影
翌日の朝、カグヤは目を覚ますなり家の中を見回すがアルムの姿は見当たらない。
それどころか帰ってきた形跡すらなかった。
カグヤは身支度を整えると財布だけを持って家を飛び出し、アルムを捜索すべく自転車に跨って町中を駆けた。
捜索開始から数十分が過ぎた頃、カグヤのスマホにアルジェから電話がかかってきた。
「もしもし」
『アルムは見つかった?』
「いや全然。 そっちはどう?」
『アルムは発見できてないけどキメラの手掛かりを掴んだ。 そっちを追う』
アルジェは再生キメラの親玉の手掛かりを得たことをカグヤに報告するとアルムの捜索を委ねて自身はキメラを追った。
カグヤはアルジェを信じてアルムの捜索に専念し、自転車を飛ばして町中を駆け回った。
「はぁ……どこ行ったんだマジで」
カグヤは公園の前で足を止めると軽く一息をついた。
スマホを確認するがやはりアルムからの返答はないどころかメッセージに対して既読すらも付いていない。
そんな時、カグヤのスマホにまたアルジェから電話がかかった。
「もしもし?」
『アルムを発見した』
アルジェから寄せられたのはなんとアルムを発見したという情報であった。
「場所は?」
『河川敷。 近くに線路の通った橋がある』
その位置情報からカグヤはすぐに場所を特定できた。
そこは現在地から真逆の場所であった。
「すぐ行く。 その場に引き留めといて」
カグヤはアルジェに言いつけると自転車のペダルを強く踏んで全速力で走り出した。
息継ぎをする間もなく数十分以上自転車を漕ぎ続けたカグヤはアルジェの言っていた河川敷へと到着した。
そこにいたアルジェと合流し、道の脇に自転車を停めると激しく息を切らした。
「アルムは?」
「そこにいる。 様子がおかしい」
アルジェはそういうと河川敷のとある場所を指差した。
そこには確かに見慣れたアルムの姿があった。
だが彼女の姿を見たカグヤは絶句させられた。
アルムは河川敷に座り込み、見慣れない男に親しげに話しかけていたのである。
元々社交性があるアルムなら初対面の人間と話していてもおかしくはないがその男に対する態度には明らかに親愛以上の何かがあった。
「あの男に間違いない」
絶句するカグヤを尻目にアルジェはアルムの方へと向かっていった。
アルムの隣にいる男はアルジェが探していた『各地のホームセンターで特定の土だけを大量に買っていく不審な男』だったのである。
アルジェはドラゴンの姿に変身すると躊躇なく男に対して氷の矢を撃ち放った。
するとそれに反応したアルムがドラゴンの姿に変身し、氷の矢を打ち払う。
『アルム。 その男は何』
『ボクのマスターだよ』
アルジェの問いに対してアルムは正気の薄れかかった声で答えた。
「あれが……オルフェウス……?」
カグヤは男の顔を覗いた。
確かに男は日本人離れした顔立ちをしており、異国の人間と言われれば納得のいく容姿をしていた。
だがそれはそれとして不可解な要素があった。
「オルフェウスは故人でしょ!」
カグヤはアルムに訴えかけた。
それもそのはず、オルフェウスは千年以上前の人物であり、現代に生きているはずがないのである。
カグヤから真っ当な現実を突きつけられたアルムの動きが止まる。
『で、でもここにいるのは確かに』
「顔が同じだけの別人! アルムは騙されてる!」
カグヤがアルムを正気に戻そうとしているところへアルジェが再び氷の矢を放った。
矢は男に直撃するが男の背に命中すると同時に砕け散る。
それを見たアルムは呆然と立ち尽くした。
男は人間でないことを力技で暴かれるとカグヤたちの前にその正体を現した。
男のガワがボロボロと崩れ落ち、中から黒光りする甲殻に身を包んだ昆虫型のキメラ=スカラベキメラが姿を見せる。
「なんで……ボクのマスターは……」
「アルム、アンタ騙されてたんだよ。 残念だけどさ」
カグヤから客観的な事実を伝えられたアルムはそれを受け入れられなかった。
ようやく正気に返ると共にスカラベキメラに対する使命以上の怒りが燃え上がり、全身からバチバチを音を立てて帯電するとそのまま身を翻してスカラベキメラへと襲い掛かった。
アルジェは咄嗟にカグヤの前に移動するとカグヤを庇うように覆いかぶさり、絶縁加工の施された身体を活かしてアルムの放電を防いだ。
普段なら人が近くにいるときには決して繰り出さない放電を躊躇なく繰り出すほどに今のアルムは怒りで錯乱していた。
白昼の河川敷にアルムの怒りの咆哮が轟くのであった。




