第2話 異世界からの来訪者 PART2
そうして初めて澄は冷静になった。
「ったく。なんだよこの状況。初めてだ」
周りを見る。前には灰色のEガト持ちの機体。後ろには桜色の機体が座り込んでいる。
少なくとも後ろの機体はNPCではないだろう。その装飾はかなり凝っていて腰アーマーはドレススカートのようであり、上半身の鎧のデザインもそれに合うように装着されている。背の盾と細身の剣を持つその姿と合わせて戦乙女を彷彿とさせるそのデザインは初めて見る物であり、ゲーム会社が配信するデフォルト機体のなかにこんな物はなかった。プレイヤーが見た目を重視して機体を組んだいわゆる『ビジュアル機』と呼ばれるものだろう。
対して前の機体はゴーグルタイプのカメラアイ。トゲ付きショルダーパット。地味目のカラーリングとどこか量産機を彷彿とさせるようなデザインであり、背中に増弾タンクを背負い、Eガトに特化したスタイルであることが見て取れた。見たところ隊長機だろう。頭のアンテナが1機だけ長い
不意にその機体が動いた。Eガトの銃口をこちらに向ける。そのバレルが回り始めるのを確認すると澄は咄嗟にレバー横のボタンを押し、ペダルを踏んだ。
「ふざけるんじゃないよ!」
「そりゃ怒るよなっと」
アロンダイトはマントで体を包み、上に飛んだ。釣られて灰色の機体、アラクネが銃口を上に向けた。銃口から緑色の光弾が乱射される。弾丸の雨がアロンダイトに注がれた。
アロンダイトは空中で細かくブーストを噴かせる。急加速、急ブレーキによるクイックブーストにより弾丸の射線から素早く離脱する。
「なんだいこの動きは!?」
ネルスはその動きに翻弄され、視界からアロンダイトを見失った。
普通のゴーレムの動きではないと驚愕する。
事実、この動きは普通のサイバー・ゴーレムでは不可能だ。通常、ブースターの加速は長距離の移動や突撃を目的に使用されるため、こんな短期間による連打など想定していないし無意味だ。
だがアロンダイトは他とは比べ物にならないほどの突撃力を持つ。本来はウエポンラックとしての役割を持つ背部ハードポイントに突撃力と空力制御を補強する鋭角的なデザインの大型ブースターを装備し、脚や腰などのブースターも短期で爆発的な推力を出せる高出力なものをバランスよくかつ大量に配置することで短期間の連続ブーストとブレーキを使えるようにしている。その結果、飛行といっても問題ない無限の滞空時間と突撃性を持つこととなった
更に澄はコクピットをその機動を想定したものとしてデザインしており、機体を動かすプログラムにクイックブーストを伴う動きをインストールし、足元のブレーキペダルにクイックブーストの機能を付加した。こうすることでハンドル操作とペダル操作だけで簡易的にクイックブーストを使用できるようにしたのである。
こうした澄の並々ならぬこだわりと努力と愛情を持ってアロンダイトは作られたのだ。勝手に動いたことに対して怒ったのは、自分は最高の機体を組み上げたと、バグなど絶対にありえないという深い愛情と自負があることへの裏返しであった。
澄はゴーレム・アラクネの放つガトリング砲の嵐を右に、左にと縦横無尽に跳ね回り、回避する。
やれる。相手はEガトの性能に頼りただ乱射するだけだ。今までならそれで十分の性能だったろうが今回のアップデートの影響か弾の数が今までよりも少なく感じる。これならば弾の間を抜けて、射角外に逃げるのは容易だ。
圧倒的な制圧力を誇るガトリング砲もこう動かれては狙いをつけられない。たとえロックオンしようともすぐさまその範囲外に逃げる。
「完璧に敵と思われているな。仕方ないっか!」
「こいつは羽虫か!? ビュンビュンと! チッ。ランス、ギアーノ!」
「へい! 姉御」
ネルスが呼びつけるとお供の1機、ランスが別方向からマシンガンを放つ。射線が増え、回避の難易度が上がる。
「お頭、右に動きました。15度ほど下方に修正を!」
「あいよ!」
少し離れたところで左腕の無いゴーレム、ギアーノがアロンダイトの動きを仲間に伝えている。その指示を聞きネルスはガトリングの射線をズラすも当たらない。アロンダイトは自身の重さなど感じていないように空を舞う。
「なんだ、この動き……。空を……蹴っている」
そこから見るとその異常な機動がよくわかる。ギアーノは幻影でも見ているかのように感じていた。アロンダイトはまるで何もないところを踏み込み台にでもしているように急加速と停止を繰り返す。それも1度も地面に降り立たず、妖精が空を舞うようにマントを翻している。
あんなものブースターが、いやパイロットが持つのか?
そう考えてしまうほどその動きは激しかった。
「撃ち方が変わってきたな。ならこっちだって仕掛けるぞ!」
澄はそう言うとアロンダイトの腰の剣を抜いた。圧倒的な機動力を持つアロンダイトだがその機動力を得るために火力を犠牲にしている。手持ち武装はこの『魔導剣 ヴィヴィアン』のみであり、他には内蔵型の『アームカノン』、それから牽制用の『頭部内蔵式チェーンガン』程度であり、これらの中で敵を一撃で倒せるものは『魔導剣 ヴィヴィアン』だけだった。
遠距離から致命傷を与える射撃兵装がない以上、3機に囲まれ、多方向から銃弾にさらされ続ければ、いずれこちらの集中力が切れ、被弾するのが目に見えていた。
だからまずは敵の数を減らす。そう考え、真下の一機に狙いを絞る。
アロンダイトは弾丸の嵐の中を宙返りし、錐揉みしながら落ちていく。体を捻り、弾丸を紙一重で避けながら、マシンガンを放つランスのゴーレムへ向かう。
「うわあああああ!?」
ランスは真上に迫るアロンダイトに狂乱しながら乱撃した。だが当たらない。まるで弾がアロンダイトを避けているように逸れていくのだ。
やがてアロンダイトはランスの真後ろに落ちた。ランスは落下位置を外したのかと安堵するもその顔はすぐさま驚愕へ変わる。
土煙を切り裂き、剣を構えたアロンダイトが迫っていた。
地面に着地したアロンダイトはすぐさま反転して爆発的な速度でランスに肉薄したのだ。
手に持つ剣の鋒がランスに向かい――貫いた。
「かはっ……!?」
「一機!」
腹部を剣で貫かれたランスのゴーレムは膝をついて倒れた。うつ伏せになり、二度とそれが起き上がることはなかった。
澄は撃破を確認すると再びペダルを踏み込む。ハンドルを操作し、空へ向けて急上昇し次の一撃に備える。
「よくもランスを!」
ネルスが激昂して後方からナイフで斬りかかってきた。ブーストを噴かせ、アロンダイトに追いすがる。
澄はそれを察知するとクイックブーストのペダルを踏んだ。
ネルスはナイフを逆手に持たせ振り下ろすも、凶刃はアロンダイトのいた空間を空振りする。
「消え……た?」
ネルスの目から見てアロンダイトはまるで霧にでもなったかのように消え失せていた。だが実際はクイックブーストによる急加速によりその視界から外れたことで、あたかも消えたように錯覚しただけだった。アラクネの緊急アラートが鳴り響き、その危機をネルスへ知らせる。
「上か!?」
アロンダイトは飛び上がると剣を八相に構え、再び急降下する。刃を振り上げ、ネルスへ迫る。そのままその刃を振り落とし、咄嗟に盾にしたアラクネのガトリングを2つに両断した。
「これで……2機」
「ぐぅ!?」
その勢いのままアラクネは墜落する。アロンダイトもそれに追いすがり片足を地面に付ける。そして下ろした刃を四分の一だけ回転させそのまま逆袈裟に剣を振り上げた。
だがそのときコックピット内で警報アラートが鳴り響く。
「逃げてください、お頭!」
「援護か! なら先にこっちを潰す!」
剣の当たる寸前でもう一機、ギアーノの片腕がないゴーレムがネルスの危機を察知して突撃してきた。その腕には手斧を構えている。澄はネルスのアラクネを踏み台にして蹴るとブーストを噴かせてギアーノに向かう。
剣を脇に構えて勢いのまま突撃する。ギアーノは斧を振り回し、近寄らせな いようにした。その振られた斧に合わせて澄は剣を振るう。
ガキンっと金属同士が激突する音を立て剣と斧が交差する。
二機は競り合うように押し合う。地にしっかり足を着くギアーノと常に浮遊を続けるアロンダイトという状況だったが片手と両手ではそのパワーの差は圧倒的だった。段々とアロンダイトが押していく。
澄は脚部のブースターを噴かせ、アロンダイトの足でギアーノの腕を蹴り上げた。ブースターの加速で強化された蹴りによりその腕はひしゃげ、手斧が宙に舞う。
澄はそのまま両腕を潰され丸腰になったゴーレムの胴を剣で薙いだ。ギアーノのゴーレムは上半身と下半身に両断され、その地に伏した。そして魔導回路ショートしたのかギアーノのゴーレムは黒煙を上げて、爆散した。
「これであとは隊長機だけだ!」
「あっという間に2機も……こいつはなんなんだい!?」
圧倒的な強さで2人の部下を撃破したアロンダイトにネルスは驚愕する。
部下を失った悲しみなどない。所詮自分たちは死神、命のやり取りをするためだけに生きた存在なのだ。今度は自身が刈り取られただけのこと。だがネルスは目の前で起きたことが信じられなかった。
あまりに強すぎるのだ。Eタンクが空になるほど撃ち続けようと、数機で囲もうとも、1度たりとも被弾せず、宙を舞って、2機のゴーレムを翻弄し切り裂いた。
こいつが出てくるまではうまくいっていた。反乱分子を撃ち抜いて掃除し、皆殺しにするつもりだった。こいつさえ、こいつさえいなければ……。
「ふざけるんじゃないよ!」
ネルスがその殺意を、怒りを沸き上がらせる。コイツは殺す。刺して、バラして、粉々に砕く。
逃げるなど頭に無かった。ネルスの意思に応じてアラクネがナイフを構える。
「まだやる気か、こいつ」
澄は残りの1機がナイフを構え直したことに少し驚いた。
味方はもう全滅し武器はもうナイフだけ、こうなれば撤退するのが『魔導機甲サイバー・ゴーレム』の対人戦でのセオリーだったからだ。このゲームにおいて敗北は2種類がある。まず完全に機体を破壊される大破。次にミッションの失敗による敗北だ。この2つならば機体が撃破されるペナルティの方が大きい。最悪、パーツの破棄ということも有りうるのだ。その点、ミッションの失敗を悟ったのならば作戦エリアから離脱して撤退し、機体を維持するという手もある。これならばこちらの損失は資金ポイントのみであり、次回での雪辱も果たせるかもしれない。
だが目の前の機体は最後までやると決めた動きだった。
「なら付き合ってやるよ」
澄は剣を構えて敵機の動きを待つ。こちらが圧倒的有利な状況、無理に攻めれば窮鼠に噛まれることだってあるだろう。だから待ち構える。どうとでも対応できる距離で出方を待つ。
「気に入らないねえ……。余裕のつもりかい」
その動きにネルスは苛立つ。こちらを弱者と断じ、見下すように待ち構える。その動きに自分たちを汚物としてしか見ない、気取った胡散臭い貴族どもと同じ匂いがする。
そう感じ取ったネルスの殺意が増す。
アクセルを踏みしめ突貫する――その瞬間、通信アラートが鳴り響いた。
共鳴通信機。
これはゴーレム同士の共鳴現象を利用し、搭乗者同士の連絡を可能とするものである。これにより遠方からでも連絡を取れる便利な装置だがネルスにとっては苛立ちを煽る騒音でしかなかった。
「なんだい!? 邪魔するな!」
ネルスは乱暴に、その通信を繋げた。モニターの1角にひとりの男が映し出される。ムッツリ顔で眉間に皺を寄せているが整った顔立ちをしており、色男という表現が適切だろう。
その男の顔を見てネルスは舌打ちした。
「ネルス、状況はどうなっている?」
「副長殿かい! どうもこうもないよ!」
その男こそ、『グリムリーパー』のNo.2。副隊長『ジン・フレアソード』である。ネルスはそんな階級などお構いなしに舌打ちし、ジンを睨む。
「こちらで2機のゴーレムのロストを確認した。すぐに撤退し、状況を報告せよ」
「知ったこっちゃないね。私はコイツを殺すんだ。邪魔するんじゃないよ」
「聞こえなかったか? 撤退しろという、命令だ……!」
命令を無視しようとするネルスにジンは殺気を突き刺す。
ゾクリとネルスは背筋を凍らせる。これはそんな遠くからのものじゃない。近くにいる。そう思いネルスは辺りを見渡す。いない。だがこの凍てつくような視線、間違いなく監視されている。
ネルスはふうっとため息をつくと興を削がれたと髪をかき乱した。
目の前のアロンダイトを見て冷めたように鼻を鳴らす。
「わかったよ。ちっ、見てるなら手を貸せばいいのにさ。仕方ないねえ。口惜しいけど、ここは引かせてもらうよ」
アラクネは夜の闇に溶ける。ブースターの小さな光と低い燃焼音がどんどんと小さくなっていった。そしてアロンダイトのサーチ圏内から完全に離脱した。
ネルスが完全に引いたことを確認して、澄はアロンダイトの中で額の汗を拭った。
「引いたか。まあ、そうするしかないよな」
澄は撤退する相手を無理に追撃はしない主義である。撤退させた時点でこちらの勝利は確定であり、あとは追撃での撃破に応じて報酬が加算される。
だがもし追撃中に撃破されればこちらの敗北となり逆転されるリスクがある。だからこそ澄は無理をしなかった。
「あとは……」
澄は振り返り、後ろの機体を見た。桜色の美しいゴーレム。 あいつは味方なのだろうか?
少なくとも灰色の機体を倒してもミッションはクリアにはならず、ゲームは継続していた。
こいつとも戦わなくてはいけないのかと澄が戸惑っていると不意に機体が動いた。
「またかよ!?」
アロンダイトは再び自分の意志で動き始めていた。剣を収め、一歩、また一歩と桜色の機体に近づいていく。
ズシン、ズシンとその足を動かし続ける。
「本気でこいつとも戦うつもりかよ」
見たところこの機体は足を傷付けられている。これではまともに戦えはしないだろう。こういう横取りとか、弱いものいじめみたいなのは好きじゃない。向こうから攻撃してきたならまだしも、戦意のない相手と戦っても熱くなれないからだ。
どうやってこの馬鹿ゴーレムを止めようかと考えている間にアロンダイトは桜色の機体の目の前まできた。
一瞬、桜色の機体がびくりと震えたように動いた。澄にはそれが怯えているように見えて、ハンドルレバーを強く握った。
「放っておけないな……!」
こいつは絶対やらせない。この馬鹿が武器を抜こうものならぶっ壊してでも止めようと心に誓った。
ズシンと機体が大きく揺れた。澄はいよいよかと強くハンドルを握るもアロンダイトはそんな思いとは裏腹に思いがけない行動をとった。
アロンダイトは片膝を付き、頭を垂れ、自身の胸に手を添えた。あたかも騎士が姫に忠誠を誓うようなポーズであった。
そしてそのコックピットハッチを開いた。モニターが消え、アロンダイトの手のひらと本物の地面が目の前に映し出される。熱帯夜のむわっとした熱気が澄を包み込んだ。
「え?」
これに澄は驚いた。攻撃をやめたことよりもハッチを開けたこと自体に驚いた。
『魔導機甲サイバー・ゴーレム』はVR技術を利用したロボットアクションゲームだ。
VR技術を採用しているとはいえ、それは一部のことであり、自分たちが自由に動けるのはコックピット内とブリーフィングルームのみである。決して、生身でバトルフィールドに降りるということはできない。プレイヤーの行動範囲の外だからだ。もちろんハッチを開くなんて機能も存在しないのだ。そして汗が噴出しそうな、不快に感じるような気温を感じるようなこともありえない。
だが現実にハッチは開いている。澄は自身を縛るシートベルトを外すと外に乗り出した。目の前には桜色の大きな機体。そして後ろには見慣れた自分の機体がいる。その大きな手に乗り移る。足でそこに立つと、思ったよりゴーレムの手が柔らかいことに気がついた。
空を見上げる。生身の瞳で見上げる星は、モニター越しに見るそれよりも遥かに綺麗で輝いて、明るかった。
ここでやっと澄は考えた。これはゲームの中ではないのではないかと。
澄は『魔導機甲サイバー・ゴーレム』よりももっとVR技術を利用したゲームをプレイしたことがあったが現実との明確な区別がついた。VRは発展途上の技術であり、現実と仮想空間の明確な違いを理解できるものだ。それは脳が直接見る夢のようなものであり、ゲーム機が空気や雰囲気を脳に直接映し出し、形作る。そんな感覚だったのだが。今、澄が感じているそれは本物の瞳で、肌で、耳を通して、脳に与えている確かな情報だ。現実と認識するには十分過ぎる確かな感覚だった。
だが現実の世界にこんな巨大ロボットがあるはずがなかった。思考の海に沈む。澄はアロンダイトのその銀のボディに触れる。堅い。これがヴァーチャルなものとは思えない。
いくつか仮説を立てる。映画のセットだとか無理のある候補を除外していき、残った候補の一つを口ずさむ。
「ひょっとして、異世界……とか?」
いや、一番あり得ないか。突飛すぎるだろ。
巨大ロボットが存在するそんな世界に飛ばされたのではないか。夢物語のような仮説だったが、澄はだんだんとその説が真実ではないかと疑いを強めていた。そうでなければ目の前の光景や、空から見た城塞都市に説明がつかない。
澄が戸惑っていると目の前の桜色のゴーレムが動いた。その胸のハッチが開く。
「誰かが乗っているのか?」
無人機なんてことはないだろうがこの異常事態の中で初めて出会う人間だ。澄は緊張した面持ちで桜色のゴーレムを見つめた。
そしてその中から1人の少女が乗り出した。
ドレスを着た金髪の長い髪をした綺麗な女の子だ。見たことはない。だがその表情は信じられないようなものを見たような驚愕と、溢れ出しそうな涙をこらえた複雑な感情が渦巻いたものだった。
澄はどうして彼女はそんな目で俺を見るのだろうか、とその少女を見つめた。
二人の目が合う。綺麗な女の子だと思う。整った顔立ちとそのドレスがよく似合っていて、お姫様のように見える。小さな時に芹と一緒に見た絵本に載っていたお姫様が現実にいたら、このような容姿なのだろう。その後ろで膝をつくゴーレムがビジュアル機であるということもあってか彼女の従者のように見えた。
「誰だ?」
「――――」
なにかを叫んでいるようだがよく聞こえない。
風が強くてその声がかき消されているのだ。だがその必死な様子は澄の心を打った。話してみたい。その声はどんなに綺麗なのだろうか。もっと近くで見てみたい。澄の好奇心がその歩みを推し進める。
澄は手を伸ばす。そして声を上げる
「あんたは誰だ! なんで、なんでそんなに必死に叫んでいる!?」
そう叫ぶとその声が届いたのか。少女は駆け出した。だがそこは狭いゴーレムの上。すぐに足場はなくなり、少女は跳んだ。
「危ないっ!?」
澄はとっさに受け止める体勢になった。こういう無茶は割と芹がやらかしていたためすぐに反応ができた。自身の位置を調節する。一歩、いや半歩前に出る。
少女が近づくにつれ、心の中で数を数える。3、2、1。そして0になったとき腕に力を込める。
「うわあ!?」
ふわりとしたドレスの感触を感じる間もないまま、体に強い衝撃が走り、足に強い負荷がかかる。
両手に感じる重みを感じ、自身が少女を受け止められたことを澄は理解した。よかったと息をつき少女をアロンダイトの手のひらの上にゆっくり落とす。
「うわ、まだ痺れてるよ。で、それであんた誰だよ? あんな所から飛ぶなんて危ないじゃないか」
じんじんと痺れる手を振ってから桜色の機体を指差して、少女をキツイ目で見る。いきなりあんな危ないことをされて澄も驚いたのだ。一言くらい文句も言いたくなる。だがそれを言ったあと澄はギョッとした。
少女はこちらを見て涙を溜めている。
「お、おいおい。泣くなよ。俺も少し言いすぎた。ごめん。ってお、おい」
驚いて強く言ったことを少し後悔し、宥めようとしたがその言葉は遮られた。
少女は澄の胸に顔を押し付けて泣いた。
訳も分からず狼狽えていると少女の口から嗚咽と共に言葉が紡がれた。
「ううっ……。ひっく……。生きて……生きていたんですね」
「あ、ああ。ピンピンしてるよ。だから……」
離してくれ。
芹以外の女の子にまったく免疫のない澄は軽いパニックに陥っていた。喉がカラカラに乾き心臓がバクバク鳴り響き、どうしていいかわからなかった。
そして澄の胸にうずくまった少女は涙に濡れた顔を上げるとこう言葉を発した。
「ニニルさん……」
少女の口から呟かれたのは澄の全く知らない人間の名前だった。




