第2話 異世界からの来訪者 PART1
「澄ちゃん、こっち見て?」
目の前には紅潮し、瞳の潤んだ芹の顔、触れた芹の胸からトクトクと鳴り響く芹の心臓の音が俺の耳にも届いていた。それに共鳴するように澄の鼓動も段々と大きく、早くなっていった。
これは澄の夢、いや記憶だった。
何度でも思い出す、今日あったこの出来事。澄はくすぐったさを感じながらもこの感覚に浸っていった。
その手を握る。目を閉じてその唇を近づける。
澄は心の中で自覚する。
そうだこれが、俺はずっと、ずっとこれを求めていた。俺は芹のことがずっと好きだ。素直になれなかったけれど、これが俺の本心で、願いで、生きてきた意味だった。
夢の中だからだろう。ここでの俺は現実よりずっと素直だ。気持ちを着飾ることなく真っ直ぐに芹を見れる。
澄の心は決まった。
これからは素直になろう。芹を不安にさせないように、そして言葉で伝えよう。好きだって、付き合って欲しいって。そう告白しよう。
心が晴れていく。やるべきことが見つかったからだろうか。心に火が灯ったように胸が熱い。その熱さが顔を、腹を、手足を温める。
そしてその熱が全身を巡った時、澄はその夢から――覚めた。
視界が開けた時、澄が見たのは満天の星空だった。今の日本の都会では見ることのできないそれを見て、自身が仮想空間の中にいるということを思い出した。
目の前には全周囲を映し出す球状のモニターが広がり、黒い大空を映し出していた。背には柔かいシートが澄を受け止め、手はハンドルレバーを握っていた。
魔導兵器サイバー・ゴーレムのコックピットの中、そこが澄のいる場所だった。その場所で澄は違和感をもった。まずおかしいのは澄の服装だった。
ブリーフィングの時はぴっちりとしたパイロットスーツを着ていたはずなのに、今の自分の格好を見下ろすとカッターシャツとブレザーそしてスラックスという現実の学校の制服に戻っていた。
「夜空? ここはどこだよ? あとなんで俺の服、制服のままなんだ?」
足元を見ると地面がない。澄のゴーレム、アロンダイトは落ちていた。
夜の闇に染められた青白い雲を切り、重力に従い機体が地面へ向かって加速する。
このステージの出現位置が空だったということだろうか。
いや、こんな初期出現位置なんてありえない。何故ならサイバー・ゴーレムの大半は陸戦兵器だ。通常ならば空を飛ぶことなどありえない。
実際、涼の『ガラティン』のような重量2脚型やタンク型がこんな高さから落ちたらそれだけで機体は大破、ゲームオーバーだろう。
「そうだ。涼、あいつはどこだ?」
モニターを見渡しても『ガラティン』の姿はない。左手側についたコンソールを操作し、通信の接続を試みる。フレンドの欄より涼のユーザー名を選択しそれをタッチ、涼に呼びかける。
「おい、涼。聞こえるか」
だが返事はない。それから何度か呼びかけるが結果は同じだった。
澄は不安になり、ミッションの確認をする。たしかミッションは『貴族会議撤退戦』だったはずだ。コンソールからミッション確認を行うもそこにはなにも表示されず、白紙であった。それだけではなく、メニュー項目の中にログアウトがなかった。これではゲームから離脱することができない。
「ホントにバグか? っとそろそろ地面だ。準備しないと」
澄はハンドルとレバー、足のペダルを巧みに操作し、アロンダイトの姿勢を制御する。地面に対しうつ伏せになり大の字に体を伸ばす。スカイダイビングの要領でバランスを取った。
段々と景色が鮮明になっていく。少し離れた山の上に城壁に囲まれた街が見える。大きい。あれも今回のアップデートで追加されたフィールドだろうか。その巨大な都市を見て澄は心を躍らせた。
多分、このミッションはバグかなにかなのだろうがあの街がただの背景ってことはないだろう。あそこを戦場にするのは楽しそうだ。澄はこの時、そう能天気に考えていた。
だが次の瞬間、真下で光が走った。なんだと思い目を凝らすと、2機、いや3機のサイバー・ゴーレムが戦っているのが見えた。さらにコンソールを操作しそれをズームする。戦っていたのは、1機は桜色、あと2機は灰色の機体だった。桜色の機体は灰色の機体を蹴り飛ばすともう1機を魔導エネルギーライフルで打ち抜き、それも難なく撃退した。
かなりの手練だと感心していると灰色の3機目の機体が突然現れ、銃剣でその足を突いた。ああ、不意打ちか。あの位置取りじゃあ避けづらいんだよな。
味方がいなくて3対1、こういうときって結構辛いよな。と澄はいつのまにか桜色の機体を応援していた。こういうのを判官贔屓というのだろうか。澄は完全に観戦モードに入って惚けていた。
だが不意に機体が揺れたことで現実に引き戻される。
「なんだ!?」
何かにぶつかったのかと思いモニターを見渡す。
異常にはすぐに気がついた。澄は驚愕した。アロンダイトの右腕を見るとその腕がその灰色の機体に向かって動いていたのだ。
澄はそんな操作は一切していない。というよりレバーすら握ってはいなかった。それなのにアロンダイトは右腕を前に突き出した。異常はそれだけではない。コンソールを確認すると右腕部に内蔵した『魔導E式腕部内蔵型アームカノン』のロックが解除されていた。更にアロンダイトは灰色の機体を『ENEMY』としてロックする。
「なんでだ!? なんでこいつ勝手に!?」
ハンドルやレバーを操作するも受け付けない。フットペダルを踏んでもなんの効果もなかった。澄は焦った。こんなバグ聞いたことがない。機能が停止することやただの誤動作ならよくあることだ。まずいプログラムで機体を組んでしまったことによる不具合だろう。
だが、アロンダイトは明確に敵を認識し、腕を操作した上で武器のロックを外した。これではまるでアロンダイト自身が意志を持っているように感じてならない。
アロンダイトの右腕に光が収束する。そしてその光が臨界に達した時、その光は真っ直ぐに放たれた。
「あ……」
轟音を放ち光の弾丸が地面へ一直線に落ちていくのを澄は呆然と眺めた。
狙われた灰色の機体はその光を避けた。それを確認したアロンダイトはすぐさま背中のブースターを点火した。
「ちょっと待て、アロンダイト! お前まさか!?」
このタイミングでブースターを吹かす理由なんて1つしかない。
突貫する気だ。
機体が一気に揺れる。
まずい。澄は直感的にそう思った。
澄はアロンダイトを組むとき、そのコンセプトとして上方からの強襲、つまり空中戦を主軸としてアセンブルを組んだ。
機動力を重視するために各所のブースターは突撃力の高いものを吟味して設置し、武器は最低限とすることでさらに機動力に特化している。その爆発的な加速に機体が耐えられるようにフレームはゲーム内での資金のほとんどを消費してミスリル製の特殊素材で作られている。装甲も弱点となる部分を重点的に覆う形に組み、その他軽量機体相応の装甲の防御は外付けの防弾マントで補っている。コックピットもその強烈なGに耐えられるように実戦と改良を繰り返すことでようやく納得のいくものが完成した。
まさに強襲機として特化した我が愛機なのだが高度数千メートルの落下からの強襲など当然想定していない。
こんな速度で落ちればアロンダイトもただでは済まない。よしんば機体は無事でもコックピット内の自分はミキサーに掛けられた野菜ジュース状の何かになりかねない。生命の危機を感じる。
「嘘だろ……。っ! 止まれよ、止まれええええ!!!」
澄は絶叫し、ブースターの緊急停止ボタンを乱打する。だがアロンダイトは止まらない。
本当にこれが仮想空間なら別になんてことはなく、ゲームオーバーとなるだけなのだが澄は異常事態の連発で完全にパニックになっていた。
目の前に木々が見える。闇に染まって真っ黒になった地面が刻一刻と大きくなる。駆動音と風切る音が澄の焦燥を煽る。1秒が10秒にも感じる。
地面は目の前に――
そして機体は桜色の機体の目の前に落ちた。
澄はその寸前で反射的に目を閉じたのだがコックピットにはいつまでたっても衝撃は訪れなかった。
「あれ?」
不思議に思い目を開けると土煙と共に銀色の光の粒子が目の前の空間に舞っているのが見えた。
機体の周りだけじゃない。コクピットの中でもその粒子は綺羅々と輝いていた。
「なんだこれ、綺麗……」
その粒子に手で触れるも粒子はすぐに消えた。外の光も土煙と共に風に溶けていった。
土煙の開けた視界には灰色の機体、Eガトを装備したサイバー・ゴーレムが呆然と立ち尽くしていた。
それを確認したとき機体が再び揺れた。
「なっ!? こいつまた!」
アロンダイトはまたしても勝手に動き出した。
今度は腰に装備した太めのバスタードソード、『魔導剣 ヴィヴィアン』のロックを解除し鞘から抜いた。
そしてその剣を灰色の機体に突きつけ、ブースターを点火する。
「……んだよ。……なんだよ」
そのとき澄は自分のことを無視して暴走する愛機を怒りの篭った目で睨んだ。
「なんなんだよ、おまえ、ふざけるなよ。バグかなんか知らないけれど、パイロット完全無視で動きやがって。こっちはいきなりのことで一杯一杯なんだ。新しいミッションとか新しいフィールドのこととか、芹への告白どうしようかとか、明日、学校で呼び出して、あーしてこーしてって、そう言うの考えるので一杯なんだよ!」
後半は完全に八つ当たりだが澄の堪忍袋は破裂寸前だった。
そんな澄の心を無視するようにアロンダイトは動き出す。ブースターを吹かせ、コクピットを揺らす。機体が飛び、灰色のゴーレムへ肉薄する。
ギリィッ!
その動作によって澄の怒りは爆発した。牙を剥き歯を噛み締める。
コンソールを乱暴に握り拳で叩く。ブレーキペダルを潰すように踏みつける。
肺に大量の空気を吸うと一度息を止める。そして怒号とともに――吐き出した。
「止まれって言ってんだろうが、この……馬鹿あああああ!!!!」
澄の怒鳴り声がコクピット内を揺らす。その声がコックピット内で反響し自分の方へ帰ってくる。澄自身も耳がキンキン鳴った。叫んだことを少し後悔する。
そして数秒後、その反響もなくなり、機体内に静寂が訪れた。
「はあ……はあ……止まったか」
その叫びが通じたのかアロンダイトは灰のゴーレムの喉元へ剣を突き出したところで止まっていた。
澄はレバーを下げ、アロンダイトを後退させる。ブースターを吹かせ、飛び退くようにアロンダイトが動く。澄の思い描く通りの動きだった。
やっと、アロンダイトは澄の言うことをきき始めた。




