第1話 白銀のアロンダイト PART4
「逃がしたのか?」
レックスはレオンへ低い声で話しかけた。この部屋にもう生者は二人しかいない。
剣についた血を布で拭きながらレオンは振り返る。
「ええ。二人も逃げられちゃいました。ごめんなさい、先生」
レオンはあっけらかんと答えると剣を鞘へ戻した。その剣の柄には花のような形の宝石が埋め込まれており照明の魔力光を青く反射させている。
「らしくないな。おまえならすべてを無力化するなど容易いだろう」
「う~ん。でもこの人とあのお嬢さん、なんか大事な話してたんですよね。それを水指すことはないかな~ってちょっと待ってたんですよ」
そう言ってレオンは倒れ伏せたニニルを指差して困ったように答えた。レックスはその亡骸を一瞥すると振り返り、レオンに背を向けた。
「そういう甘さが命取りになるぞ。と言いたいがおまえならばそれすらも力でねじ伏せられるか」
「う~ん。まあなんとかなるんじゃないですかね?」
レオンは髪を梳いて、とぼけてはいるが、レックスもレオンの実力はよく分かっていた。この弟子はよく慢心はするがそれが致命的なものとなることはありえない。むしろこの余裕こそがレオンの強さを裏付ける一種のファクターとなっていることをよく存じている。
レックスはレオンの準備が整うと部屋の外へ歩みだした。
「行くぞ。下の階ももう制圧できているはずだ」
「ああ。そういえば下の階にはクルスさんとナルルがいましたね。あ~あ、僕の出番もうないんだろうな~。強い子にも逃げられたし、僕も『クリサンセマム』で追いかけようかな」
そう言ってレオンは鞘に収まった剣を見てボヤいた。だがレックスはレオンに釘を刺した。
「やめろ。ゴーレム部隊はジンに任せてある。お前は自分の仕事を果たせ」
「はーい。たったらたったたったらららら♪っと」
そう返事をしてレオンは鼻歌交じりに血で染まった階段を降りていった。
宿屋から離れ、ブリュンヒルデは貴族街を越え平民街へと入った。
ブリュンヒルデは小さな跳躍を繰り返し高速で移動している。このように動くことによって普通に走るよりも素早く動くことができる上に、落下による慣性の動きによりブーストの消費を最低限に抑え、長時間の高速機動を可能とすることができるのだ。その効果もあってか、広大な旧都の出口まで5分でたどり着いた。だがそこでリンは違和感を感じ取る。
何も無さすぎる。
帝国兵による待ち伏せを警戒していたがそんな気配一切ない。
辺りが真っ暗とはいえ、自身が何かにぶつかったりしないようにブリュンヒルデは前方をライトで照らしている。ブリュンヒルデのサイズは約6m、そんな巨体が街中を疾走しているのだ。見つからないわけがない。
それなのに一切の妨害がないのだ。
はっきり言ってコウト帝国にこの都市が神子の膝下である聖域として憚る気持ちはない。だから貴族街の宿を血で汚すことも厭わず、強襲をかけてきた。だというのに宿を出た後の追撃は一切なく、出口まで数百mの距離まで近づくことができた。
「見えてきました。西城門です」
リンは違和感と底知れぬ不安感を拭えないままでその城門を見据えた。
彼女の主であるルイーナは憔悴して俯いたままで何も答えない。ただ虚ろな瞳でモニターを見るだけだった。
アルクサンドはその周囲を城壁で囲まれており、大きな入口は主に3箇所。平民街にある南大門と西城門。貴族街に直通の東門がある。
そのうちの西城門が目の前に迫っていた。
あそこを出ればそのまま外に出られる。そして門の下を見ると見張りの門番が二人立っていた。だが両者共に生身だ。疾走するゴーレムを止めることなどできない。
例え罠だとしてもここを突破するしかなかった。
西城門の城壁は2重構造となっており内門は高さ約15m、ブリュンヒルデの倍以上だ。
リンは勢いを少し殺し、城壁を駆け上がった。途中、壁の合間に存在する見張り場を足場にして、壁を蹴り、ブースターを噴かせて姿勢を制御する。瞬く間に壁の高さを超えるとその外側へ落下していった。次にある外敵迎撃用の大砲を備えた外門は内壁のそれよりも低い10m。リンは外壁を着地点かつ踏み込み台として利用し外へと飛び出した。
「これで!」
城門を超えるとリンは心の中で安堵した。鉄壁を誇る城壁都市アレクサンドも内側から脱出されることなど想定していない。ここまでは容易いことだった。念のため防衛砲の射線に入らないように気をつけて着地する。
『ところがどっこい!』
「殺気っ!?」
だがそのとき城門とは別方向、木々の茂る森の方から殺気と薄緑に光る魔力弾が数発、ブリュンヒルデに放たれた。
リンは咄嗟にペダルを踏んでブリュンヒルデを跳ねさせた。
「キャッ!?」
「ルイーナ様!? お怪我は?」
「大丈夫です。それよりも!」
「はい」
ルイーナはリンの胴体にしっかりと抱きついていたため怪我はなかったが衝撃で機体が大きく揺れた。その衝撃で悲しみによって自身の内にふさぎこんでいた意思が再び表へ現れる。
リンはその光と殺気の放たれた方向を睨む。そしてハンドルレバーのロックを解除し引き金に手を掛けた。それと同時にブリュンヒルデが右腕で腰のライフルを手に取り、銃口を森のほうへと向けた。
「敵が来ました。2機、いえ3機です」
そう忌々しげにリンが呟くと、森の茂みから灰色のゴーレムが現れた。その肩には狼と大鎌デスサイスのエンブレムが描かれている。
死神、『グリムリーパー』の証であった。
敵ゴーレムはブリュンヒルデを囲い込むように展開しその銃口を向ける。
完全に包囲される前にブリュンヒルデはライフルを構え、1撃放った。
桜色の魔力光がまっすぐに伸びそのうちの一機をかすめた。直撃こそしなかったもののその1撃により一機がバランスを崩し、作成途中の包囲に綻びが生じた。その綻びへとリンは飛び込んだ。
「何やってんだい! 逃げられるよ!」
死神たちの通信で怒号が飛ぶ。一機が綻びを埋めるように手に持ったガトリングガンを乱射した。ブリュンヒルデの進行先を予見し放たれる無数の弾丸は足を止めるには十分な牽制となった。
魔導式のガトリング砲を装備した隊長機のパイロット、第5小隊長ネルス・スレイアは大胆不敵に立ちふさがった。
ネルスは30歳前後の女性兵でありながらその好戦的で、情け無用な手腕を用い、数多く『死神として』の任務を遂行してきた女傑である。第5小隊は悪名高きグリムリーパーの中でも問題ある者を集めた『隔離所』であり、現在貴族身分を持つものは存在しない。
今、脇に控える部下も数多く問題を起こし帝国から追放されそうになったのをグリムリーパーに拾われた、所謂問題児というやつである。
それを女がてらにまとめ、尊敬と畏怖の目で見られているネルスがいかに異常かは言うまでもないだろう。
そのネルスの駆る灰色のゴーレム、アラクネもネルス自身の冷酷な性格を体現するかのように容赦なく、ガトリングの弾をばら蒔いている。味方が前に出ていようと関係がない。それでは味方を誤射してしまいそうだが、敵を殺すことだけに集中するスタイルは彼女の部下たちもよく知っているため、彼らは決して邪魔になるような位置取りはしない。
「いやー。ホントに来てくれるなんて思ってもいなかったんだがねぇ。逃げてきてくれてありがとうよ」
「死神。やっぱり待ち伏せですか。なら!」
リンは振り返り、一定の距離をとりながら旧都から離れる。最低でも2機は標準サイトに入れることを心がけて立ち回り、決して無理には攻めず、立ち止まることなく機体を後方に下げ、引き撃ちの要領で1機1機狙っていく。
だが当たらない。木々を盾にして防いだり、目標の射線に他の機体が割り込むことで銃口をずらさせ、巧みに攻撃を外させる。
「狙うところは悪くないけれど。甘い、甘いねえ。所詮はウサギか。囲めばすぐにボロが出る。ランス、ギアーノ!」
「へい!」
「御意」
ネルスは部下の二人に呼びかけ先行させる。
二機のゴーレムが左右からブリュンヒルデへと襲いかかる。
「来る! クッ!?」
それを見てリンは1機に狙いを集中し確実に各個撃破しようとするのだが右を狙えば左が、左を狙えば右の機体がマシンガンで妨害してくるため集中ができない。
1機が肉迫する。武器を手斧に変えて斬りかかってきた。
「それならっ!」
リンはライフルを離し背中の剣を持ってこれを迎撃する。振り下ろされた一撃を切り上げ、空いた腹に蹴りを打ち込む。
衝撃で灰色のゴーレムが吹き飛ぶも今度はもう一機がマシンガンを乱射し近づいてくる。
それを察知したブリュンヒルデは右手でライフルを拾い上げると振り向きざまに引き金を引いて撃ち込んだ。
ろくに狙いもつけていない一撃だったがそれはキッチリとゴーレムの左腕に直撃しマシンガンごと左腕を跳ね飛ばした。
「情けないことしてんじゃないよ。馬鹿どもが!」
「しまったもう1機!?」
その隙に背後に回り込んだネルスはガトリング砲を多数ある砲身から魔力の針を形成する銃剣モードに変形させて思い切り突き刺してきた。
咄嗟にブースターを噴かせ跳躍するも、先行する二機の対処に追われていたリンはそれを回避しきれず、不運にもアーマーの隙間からその右足に針を打ち込まれてしまった。ブリュンヒルデの右足に無数の穴が開く。
「くっ……」
そのまま着地しようとするも今の一撃でブリュンヒルデの魔導回路がショートしてしまったようだ。機体がバランスを崩し、膝をつく。
その隙を逃さず、ネルスのアラクネは再び突貫する。
何とか動こうとするも自分の左腕がうまく動かない。先ほどの傷がジンジンと痛む。
リンは万事休すかと思った。だが自身の胸の中にいる主を見ると険しい顔ではあるがじっと前を見ている。
「リン。戦えますか?」
ルイーナは力強い声でそう問いかけた。
不安や恐れなど全く表に出していない。
「はい!」
ならば! と自身を奮起させた。右腕で左手を強く握りハンドルに添えて握らせる。
騎士である自身が諦めてはならない。足掻こう。生きている限りは足掻こうと決意した。
ライフルを捨てて、剣を両手で握る。コンソールを操作し、切断された回路を遮断して生きている回路を探す。それが無いならばブースターで機動を補う。ここまでで数瞬のこと。
すぐさまゴーレムがブリュンヒルデに肉薄する。
「これで終わりだよ!」
「これで終われるか!」
通信は繋がっていないが二つの声と意地が重なり木霊する。
だがそのとき――空が光った。
緑色の魔力弾が二機の前の空間に降り注ぐ。
咄嗟に2機は退いた。
「「なにっ!?」」
なにかが、いる!
この場にいたものは皆、上を見た。
雲のない澄んだ空には無数の星の光。その中でも最も大きな光を放つ丸い黄金の月が無数の星を統べるように輝いている。そしてその中から一つ、大きな白銀の流れ星が放たれた。
それはどんどんと大きくなっていき、ついには目の前に――落ちた。
大きな土煙と爆音を上げるそれに誰もが目を奪われた。
そして土煙の中から何かが飛び出した。それはブリュンヒルデをかばってアラクネに剣を向ける。
ネルスは喉元に向けられた切っ先に動けず思わず喉が鳴った。
「なんだ……。何が起こっているってんだい?」
「サイバー……ゴーレム?」
そこに降り立ったのはボロのマントを身に纏った美しい白銀の騎士だった。
その姿は所々に青いラインが入り、美しい鎧のようだった。その瞳は翡翠の如きライトグリーン。その頭頂部には髪のように1つの羽根飾りが揺らめいている。
それは白銀の光を放つサイバー・ゴーレム。
その名はアロンダイト。機械仕掛けの聖なる剣。
そして異界からの乱入者だった。
ルイーナは後にこの瞬間のことを思い出すことになる。その美しき白銀の姿を。彼との出会いの瞬間を――
次回予告
「絶体絶命の瞬間、私とリンを救ったのは白銀の騎士でした。あなたは誰?」
「俺はゲームをしてたはずなのに、クリアしてもログアウトができない!? 涼の奴も消えてるし、どうなってるんだよ! 帝国、連合? そんなの知るか。俺は帰って芹に告白し直すんだよ!」
「次回、機械仕掛けのアロンダイト 第2話『異世界からの来訪者』 輝け! アロンダイト!」




