第2話 異世界からの来訪者 PART3
ニニル? 誰だ? 外国人?
澄の頭に疑問符が浮かんでは思考を埋めつくす。わかっていることは1つ。この女の子は誰かと俺を勘違いしている。だったら、やることは1つだろう。澄はそう思い至ると女の子の肩を持ち、1歩下がって離れた。
「待て。人違いだ。人違い。俺はそのニニル……とかいうやつじゃない」
「え?」
そう言うと驚いたように少女は顔を上げた。そして澄の顔をじっと見ると、戸惑ったように眉をひそめた。
「ほら、全然違うだろ。俺とあんたは初対面。ファーストコンタクト。そうだろ?」
「でもそっくりです。顔つきも、声も、話し方は違いますけれど、ニニルさんと瓜二つ……」
そう言って信じられないと少女は疑いの声を上げる。少女の目から見て、澄の姿はあまりにもニニルに似すぎていたからだ。
「だったら、自己紹介しよう。俺は澄、天野澄だ。市立白樺高校の1年生」
「高校? 高校とは何なのです? 家名ですか?」
「いや、高校ってのは学校だよ。高等学校、略して高校。俺はそこの学生なんだ。それであんたは? あんたは誰なんだ?」
「学生……。あ、すみません。私の名乗りがまだでした。私はルイーナ・クロス。クロス家の娘です。それであなたはニニルさんではない……のですね」
「ああ。俺はそのニニルって奴じゃない」
そう言うとルイーナは俯いて肩を震わせた。その瞳には大粒の涙が貯められている。
澄はその姿に狼狽えてルイーナの肩を離した。
「お、おい。泣くなよ。えっと、あ、これハンカチ。これで顔を拭いて」
「す、すみません。お恥ずかしいところを」
澄はポケットからハンカチを取り出すと咄嗟にルイーナの目もとを拭った。いきなりで不躾な行動だったかもしれないが、ルイーナの赤く腫らした目を見るとどうしても放っておけないと拭いたくなってしまった。それは澄にとって、子供の時から芹の涙を拭う役目だったからか、習性といっても過言ではないほど自然なことだった。
アロンダイトが澄たちの乗った手のひらを地面に置いた。澄は手が揺れるのを感じるとルイーナを支えて、その動きが止まるのを待つ。
そしてアロンダイトの動きが止まるのを確認したあとルイーナを離した。
「大丈夫か?」
「はい……ありがとうございます」
そう言うとルイーナは頬を赤らめて少し離れた。澄はアロンダイトの手のひらから降りて少し距離を取る。改めて澄はルイーナを見た。すごい美人だ。多分歳は同じくらいなんだろうけれど、気品というかオーラというかそういったものが滲みだしているように綺麗で月夜に照らされた姿に思わず見とれそうになる。
不意に桜色の機体から物音が聞こえた。
澄がその音のした方向を見るともう一人、女の子が桜色の機体から出てくるのが見えた。少女は胸のコックピットから、桜色の巨人の手に飛び乗った。赤毛のおかっぱ頭の少女だ。制服に似た材質の漫画とかで見る軽装の騎士のような服にマントを羽織っている。特に目が行くのはそのミニスカートだった。下にスパッツのようなものを履いてはいるがそのヒラヒラとしたものが風にたなびくたびに目が向かってしまうのは男のサガなので仕方ない、と澄は自分に言い訳をしながらも、自分の浅ましさを心中で叱責した。
「リン!」
「ルイーナ様。いきなり、ブリュンヒルデから飛び出さないでください! 危険です」
ルイーナを確認すると、その赤毛の少女もアロンダイトへ飛び移った。手のひらに華麗に着地するとルイーナに向かい心配そうに不満の目を向けた。
気がついたように澄の顔を見ると赤毛の少女は驚いて口を開けた。
「ニニルさん!? どうして!?」
「あんたもか……」
リンの反応を見て澄は飽き飽きしたようにため息をついた。
澄は自分がニニルではないということを説明するもリンは疑ったような目で澄を見た。
「本当にあなたはニニルさんではないのですか? それにしてはあまりにも……」
「本当だよ。俺は澄。そのニニルってやつのことは知らないし見たこともない」
リンは口元に手を当てて考え込んだ。
「では貴方はどこから来たのですか? 何故、私たちを助けてくれたのですか?」
「えっと、リンさん。ルイーナさん。それと話す前にここがどこなのかを教えてくれないか? こっちも確信が持てないんだ」
そう言うと二人は顔を見合わせて首をかしげて要領の得ない顔をしている。
するとルイーナが前に出て若干混乱しながら、不安そうに話しだした。
「えっと、ここはアルス大陸、リ・アルス連合国の共同統治領、旧都アルクサンドの外れになります」
「アルス……やっぱり知らない国と大陸だ。ここは俺の世界じゃない」
「あなたの世界?」
この二人が冗談や嘘を言っているとも思えない。そういう設定のロールプレイという線もあるが、コクピットの外に出られる異常事態にも驚いていない様子からそれも可能性が薄い。となればやはりこの状況は……。
澄は確信を持ち、自分が異世界から来たのかもしれないと言うと二人は驚いた。
「馬鹿な!? 異世界!? そんなものが」
「あるんだよ。あるってことなんだよ。ほらこれ、俺の国の機械だ。こういう物ってこの世界にあるのか?」
澄は懐からスマートフォンを取り出すと画面に触れて音楽プレイヤーを起動する。するとスマートフォンから『魔導機甲サイバー・ゴーレム』の戦闘BGMが流れた。
「この機械が鳴らしているのですか? 確かにこんな小さな機械、初めてみましたが……」
リンは訝しげにそれを見た。澄はそれを手渡すと好きに触っていいとリンに促す。リンはそれをどうしていいか分からずルイーナの方を見た。
「信じろって言っても信じてもらえない話かもしれないけど、自分が何者かって聞かれたらそう言うしかないんだ」
「いえ、私はあなたを信じます」
「ルイーナ様?」
不安そうにそう漏らす澄に、そう言ってルイーナは優しげに微笑んだ。
「あなたは私たちを助けてくれました。そんなあなたが私たちに嘘をつく意味などありません」
「でもあれはアロンダイトが勝手に……」
俺の意思じゃない。成り行きだった。そう言おうとするもルイーナは首を横に振りそれを遮る。
「ゴーレムは契約者の心を映し出す鏡です。ゴーレムが自ら動くのは契約者の意志を強く感じた時です。だからあのとき私たちを助けたのはあなた自身の意思です。」
「俺の意思……」
その言葉を聞いて澄はアロンダイトを見あげた。自分が組み上げた最高のサイバー・ゴーレム。
あれが俺の意思。勝手に動いたのも、見ず知らずのルイーナたちを救ったのも、全て俺の意思だって言うのか?
澄はそうアロンダイトに問いかける。アロンダイトは何も話さない。白銀の鎧をまとい、膝をついて服従するそれはまるで俺を見ているように、ただそこに座しているだけだった。
「リンも。信じましょう。この人の言葉に偽りはありません」
「私もルイーナ様もあなたのおかげで無事でいられます。そんなあなたの言葉だ。信じないという不義理を犯したくありません。あなたに深い感謝を」
そう言ってリンは微笑んで手を差し出した。澄はその手を取り感謝を受け取る。
「こちらこそ、俺もあんた達の言葉を信じるよ。それであのガトリング持ちは誰なんだ? あんたたちの置かれた状況を教えてほしい」
そう澄が求めるとルイーナはこれまでに起こったことを話し始めた。自分たちは反帝国の貴族たちの会談に参加したこと。それを死神に強襲されたこと。ニニルという男が犠牲となってルイーナたちを逃がしたこと。そしてその追っ手が先ほどのゴーレムだということ。
それを聞いて澄は目を閉じ、自分のこめかみを指でトントンと叩いて考え込んだ。
この大陸を統治するリ・アルス連合。その盟主がさっき襲ってきたコウト帝国ってやつらしい。要は俺たちの世界で言うアメリカみたいなものだよな。それでルイーナたちの国はその国に不満を持っていて、なんとかしようっていろいろな国の代表が集まった。それをFBIとかそんな感じの特殊部隊に襲われた。そういうことか?
頭の中で置かれた状況を自身の知識と価値観の中で整理していく。だんだんと理解していくにつれ、ここはかなり物騒な世界なのではと思い至る。
共同統治領ってことは、ここはどこの国も属していないある意味で空白地帯ということになる。つまり澄たちの世界で言う領土問題を抱えた地域にアメリカが軍隊を送り込んだようなものだ。正気の沙汰じゃない。
「う~ん」
「あの、澄さん」
澄が思考の海に沈んでいると恐る恐るルイーナが声をかける。澄は意識を現実へと押し戻し、ルイーナの方を見た。
「ああ。ごめん。ちょっと考えてた。それでどうしたんだ?」
「はい。澄さんはこれからどうするのか気になって」
「芹が待ってるからな。そんなの元の世界に帰るに……」
そこまで言って澄は固まった。どうやって? アロンダイトの中でどんなにコンソールを触ってもログアウトできなかったんだぞ。いや、これは現実なのだからログアウトなんて表現は適切じゃないか。ともかく元に戻る方法がわからない。
澄は青い顔になって慌てた。口元を押さえ、目をせわしなくキョロキョロさせて落ち着きのない様子を見せる。
「帰り方がわからないのですか?」
「あ、ああ。なにしろ本当にいきなりのことだったから。持っていたのはこのアロンダイトだけで、どうしていいかわからなくて……」
「アロンダイト……」
そう言ってルイーナはその白銀の鎧に手に触れ、アロンダイトを見つめる。澄からはアロンダイトを見上げるルイーナの気持ちはわからない。ただ見上げるその横顔があまりにも綺麗でただ見とれる。
「手がかりはこのアロンダイトかもしれません」
「え?」
ルイーナは振り返ると真剣な表情で澄を見つめてそう漏らした。
「澄さんはサイバー・ゴーレムがどうやってできているか知っていますか?」
「えっと、コアをベースにフレームや装甲を付けていくことで人の形にするんだよな?」
「はい。ではそのコアは一体どういうものか、どこからやってきたのかを知っていますか?」
そう問いかけられ澄は言葉につまる。
知っているわけがない。サイバー・ゴーレムも所詮はゲームの設定の一部。コアも機体を動かすエンジンのようなものであるという設定しかされていなかった。ゲームメーカーの設定していないことを一プレイヤーである澄が知っているはずがない。
「いや、俺はコアをただのエンジンのようなものだってしか認識してない」
そういうとルイーナは否定し首を振った。
「いいえ。ゴーレムのコアはただの機械ではありません。ゴーレムのコアは数百年前の地層より発掘された旧帝国の遺産なのです」
「遺産? こいつが?」
澄にとってそれは初めての情報だった。一年近く、『魔導機甲サイバー・ゴーレム』をプレイしてきたが、そんな設定は初めて聞いた。澄が驚いているとルイーナはさらに言葉を続ける。
「はい。ですが旧帝国で開発されたものというわけではありません」
「開発されてない? こいつは遺産なんだろう?」
「そうです。ですが現状、コアを作る技術はこの大陸のどこにも伝わっていません。残っているのは伝説だけ」
「伝説って?」
そう聞くとルイーナはすっと息を吸い、星空を見上げて言葉を紡ぐ。澄にはその姿が歌っているように見えた。
「かつて、この星にいくつもの流星が降り注ぎました。光を纏い、火を上げ、この大地を照らしたのです。人々は降り注いだその光を求めました。やがて星は地に落ちました。そしてそこには美しい水晶がキラキラと地に堕ちてなお、美しく輝いていたのです」
「それがコアだと?」
澄がそう問うとルイーナは頷き、言葉を続けた。
「そして、この星空の向こう。そこには神々の住まう楽園があると言われています。私たちはそれを『アヴァロン』と呼んでいるのですが、ゴーレムはその楽園からの落とし物であると信じられています」
「『星降りの巨人』と呼ばれる童話の一節ですね。『星の降る夜、神は宝石を落とし、私たちに力を与えた。その宝石はアヴァロンの鍵。楽園を繋ぐ水晶の鍵』と。」
そう、リンがルイーナに続いて説明した。
童話の一節だとリンは言うが澄はその童話がどうしても気になった。
「童話、楽園……。それと俺に何の関係が?」
「アロンダイトと澄さんはこの星空から降り立った。つまり、私はその『アヴァロン』こそが澄さんが帰る場所なのではないかと考えているのです。」
その言葉に澄は考える。神の住まう楽園『アヴァロン』
それが俺の世界のことなのだろうか。……ありえそうだ。だって、アロンダイトは空から落ちてきた。だからもしこの世界と別の世界を繋ぐ門のような物があるとすればこの星空のどこかだ。そしてこのアロンダイトは『神の落し物』であり、その扉と繋がった手がかりであるということだろうか。ただの童話だと笑うこともできるがこれは唯一の手がかりだ。そうであるのなら信じたい。
「その話、詳しく聞かせてもらえないか?」
「すみません。『星降りの巨人』は子供の頃に数度読んだきり。印象深かったこの一節だけはずっと覚えていましたが、どういうお話だったかは覚えていないのです」
ルイーナは申し訳なさそうに俯く。リンも同じなようで首を横に振った。
「そんな……」
唯一の手がかりかもしれないものが泡沫のように消えていく感覚だった。伸ばした手をすり抜けて、どこかに飛んでいってしまったみたいだ。
「あの!」
「わっ!? どうしたんだ」
澄が落ち込んでいるとルイーナが意を決したように声をかけた。絶望の底へ落ち込んでいた澄は驚いてびくりと飛び上がった。
「澄さん。私たちの国へ来ませんか?」
「ルイーナたちの国? 確かラング王国だっけ。でもどうして?」
「私は童話のことを覚えていませんが、私の国ではゴーレムのことを研究している学者がいます。彼に事情を話せば協力してくれるかもしれません」
それを聞いて、澄を目を見張った。身を乗り出してルイーナの肩を持つ。
「本当か!? 本当に手がかりが……」
「は、はい。手がかりとなるかはまだわかりませんが確か、アヴァロンと ゴーレムの関係について詳しく知っていたと思います」
肩を掴んで迫る澄を少し赤らんだ顔でルイーナは見つめる。リンは驚いて、澄を止めようとするが澄の安堵した顔を見てその手を止めた。
「あ~。よかった。帰れる……かもしれないんだな」
その安心して気の抜けた顔は、ニニルとそっくりだった。ルイーナと話して、リンと手合わせができるとわかった時の優しげで嬉しそうな笑顔が澄と重なる。
リンは思わず伸ばした手を下ろした。
そしてそう思ったのはリンだけではなかった。ルイーナもその笑顔を見て、確かにニニルと同じだと感じていた。
ずっと眉を吊り上げて、難しそうな顔をしていたけれど、この人の笑顔は、あどけなさは確かにニニルさんと同じだと感じる。
不意にルイーナの胸に感傷が渦巻く。ニニルのその最後の瞬間を思い出す。 窓に張り付く赤い血と倒れた影、それを思い出すと目に涙が溢れてきた。
不意に手を伸ばす。澄のその頬に触れると澄はピクリとして手を離した。
「ご、ごめん。いきなり。い、痛かったか?」
「いえ、大丈夫です。うん……温かい。」
その頬の柔らかさを感じる。澄は恥ずかしそうに目を背けているけれど、たしかにそこに存在して、ぬくもりを手に伝えている。ルイーナはそれが嬉しかった。
ルイーナは微笑む。澄をニニルの代わりにするつもりなんてない。ないはずなのだが無意識にその面影を感じてしまっている自分に罪悪感を持つ。それでも澄の笑顔を守りたいと思った。生きて欲しいと思った。
取りこぼしてしまったものはもう帰らないけれど、これからは決して取りこぼさない。そう心に誓う。
「澄さん、これからよろしくお願いします。一緒に行きましょう」
「あ、ああ。こちらこそよろしくその……頼む」
そう言って澄は恥ずかしそうにはにかんだ。




