第2話 異世界からの来訪者 PART4
夜が明けた。星たちは消え去り、朝日が黄色く登り始めた。
澄たちはアルクサンドから南に数十キロ、共同港『ベルス』との中間に位置する中継都市『ラインボルク』に入った。
ラング国はアレクサンドから見て、西の位置にある。そのまま陸路で向かうという手もあったのだが、ルイーナたちの希望もあって海路を使うこととなった。澄には地理的なことは何もわからないため特に異論はなく賛同した。
まずはベルスに向かい、船を使ってその海を渡る。その途中でニニルの故郷である島国ガイアースを経由してラング国に入る。これが一行の計画だった。
中継都市ラインボルク。アルクサンドやベルスだけでなく東国を繋ぐ街道とも隣接しているため、貴族、平民様々な身分の人間が集まり活気に溢れている。特に市場は東西様々な場所からもたらされた交易品が多々売られており、商人たちが精を出して商売している。
その様子を澄は目を輝かせて見ていた。
通りには露店が並び、ガラス細工や陶器など色とりどり、国々独自の交易品を街ゆく人たちが売り買いしている。ふとその一つを見ると石がひとりでに輝いており、強い光を放っている。先ほどルイーナから聞いた魔石というものだろうか。照明として使われているものだと聞いているが、ああいうマジックアイテムのようなものがあるとここが異世界であることを強く思い出し、ワクワクと高鳴る好奇心を刺激する。
いい匂いがすると脇を見ると何かの肉を串に刺して焼いたものが売られていた。香ばしさとどことなく強い香辛料の匂いが食欲を促す。その向かいには肉をクレープ状の何かで包んだ料理が売られていた。
焼き鳥やケバブのようなものだろうか。食べてみたい。澄は辺りにある屋台に次々と興味を持ちキョロキョロとその様子を伺っている。
「クスクス。澄さん、楽しそうですね」
そんな落ち着きのない様子を見てルイーナは嬉しそうに笑う。
澄は少し顔を赤くしてバツの悪そうに顔を背けた。
「別に……。俺の世界じゃ見たことないものが多かったから気になっただけだ」
澄のとなりを歩くルイーナの服装はドレスからリンの騎士服に似た軽装に変わっていた。長い金髪をポニーテールに結ったその姿もよく似合っていると澄は思った。
「そういうのを楽しいって言うんじゃありませんか?」
リンが澄の顔を覗き込んで微笑む。そういえばこの世界に来る前にも涼に似たようなことを言われたのを澄は思い出した。少しは素直になると心に決めたはずなのに同じことを言っていた自分に少し驚く。
ふとリンのほうを見るとその左腕には血で滲んだ包帯が巻かれているのが見えた。昨日は気がつかなかったが怪我をしているらしい。多分グリムリーパーから逃げる時に負った怪我だろうと澄は推察する。
リンはルイーナの護衛だって言っているが歳はほとんど変わらない。横から見たら仲のいい姉妹か友達といった関係に見える。
そんな女の子が自分の体を傷つけても誰かを守ろうとする。 それはどんな気持ちなのだろうか。ルイーナが主だからか? 少なくとも自分にはあんな傷を負ってもかまわないというそれだけの強い気持ちはない。
澄は考える。リンが特別強いのだろうか。それともこの世界の人はみんなそうなのだろうかと。
「むぐっ!?」
澄が考え事をしているとその口に何かを突っ込まれた。よく見るとさっき屋台で売っていた肉のクレープだ。それをリンが悪戯の成功した子供のような嬉しそうな顔で、澄の口へ差し出している。
「ほむっほむはむ」
「食べたそうにしてましたからね。今、買ってきました。味はどうですか?」
澄はジト目でリンを見ながらはむはむと咀嚼した。梱包紙に包まれた端を持つとそれを胸の辺りまで下ろした。口に入ったものを飲み込む
「すごくおいしい。でもびっくりするからこういうのはやめてくれ」
「お気に召しませんでしたか。でも、何を考えていたのかは解りませんけれど、前を向かないと危ないですよ。ふふっ」
そういってリンは澄の額をピンッっと弾いた。額を抑えながら澄はリンを軽く睨む。俗にいうデコピンというやつだ。リンも少しはしゃいでいるらしい。こういうところは自分とそう変わらない。年相応だと澄は感じた。
そんな二人の様子を微笑ましそうにルイーナは見つめていた。
澄さんは少し意地っ張りでひねくれ屋なところはあるけれどたまに現れる根の部分は素直な人だ。リンともすぐに馴染んだみたいで仲が良さそう。なんだかリンも弟ができたみたいで嬉しそうだ。二人の様子を見てルイーナは何故だか幸福感が胸から湧いてくるのを感じていた。
「って、俺じゃなくてルイーナにも渡したらどうだ? リンはルイーナの従者なんだろ?」
「ルイーナ様はお肉があまり得意ではないのです。それに食べ歩きなんてはしたないので却下です。私もルイーナ様も貴族ですから」
「人の口に食べ物突っ込むのははしたなくないのかよ……ってあれ?」
リンのほうを睨んでいた澄は前に歩いていた男が何かを落としたのを見た。手帳のようだ。
「あの、これを落としましたよ!」
「おー、ほんまや。ありがとう」
なぜかその男は関西弁だった。澄はその言葉遣いに少し驚いてその男の顔を見た。
その男は色黒でドレッドヘアにサンバイザー、それにアロハシャツと奇抜な格好をしており澄は思わず面食う。どこのロック系ミュージシャンだと心の中で突っ込んだ。
「これ無いとホンマに困るからな。助かっ……」
男は手帳を受け取り、礼を言うと振り返って元来た道を歩いていこうとした。だが何かに気がついたように男は立ち止まった。
その男は側にいたルイーナの方を見ると、キリッとした顔を作り彼女に近づいていった。
「あなた、お名前は?」
「え、えっとルイーナ・クロスです」
「ルイーナ……。なんて綺麗な響きだ。よければこのあとお茶でも……」
「え? えっと……ご、ごめんなさい。私はこれから……」
ナンパかよ! と澄が思わず突っ込むが聞いていないのか関西弁の男はずんずんと迫っていた。
ルイーナもこれには困ったようにたじろいだ。
「いえ、すぐにすみま……あいたたたたたたっ!? ギブッ! ギブアップや!?」
「ルイーナ様を困らせないでください……!」
リンは男の背後に立つと怒気を放ち男の腕をひねりあげた。怪我のない右腕だけで器用に男の腕を極めている。その流れるような動きに澄は思わず拍手する。
「わかった! わかったから離してくれ! 折れる。折れてまう!」
「むむ……」
リンは少し考えたあと男の腕を離した。男は痛そうに極められた腕を持つと腕を振って異常がないか確認した
折れてはいないようだ。だがそのリアクションはどことなくオーバーに見える。
「やー。すまんすまん。美人を見るとつい体が動いてしまうんや。体質みたいなもんでな」
「それ病気だろ」
「ぎゃふん!?」
澄が冷淡にそう突っ込むと男は傷ついたように胸を押さえて後ずさった。何だかわざとらしい。澄とリンが胡散臭そうな目で睨むと男は焦ったようにサンバイザーを取った。
「ボンと嬢ちゃんは中々にきついな。ガイアース流のジョークやっていうのに」
「知るか。それよりあんた誰だよ。ナンパするならまず名乗らないと相手に信用してもらえないんじゃねーの」
「ぐはっ! こんな童貞臭いボンに諭されるとは」
「誰が童貞臭いボンだ!? ぶっ飛ばすぞ!」
ふざけた態度の男に澄は苛立つ。
童貞で悪いか。15歳なんてだいたいが……その、うん、まあ、未経験……だよな?
後ろからルイーナが「童貞ってなんです?」という疑問の声を上げ、リンは「さ、さぁ、ルイーナ様は知らなくてもいいことですよ」と目を泳がせて誤魔化していた。
「まあボンの言うことにも一理ある。名乗ろう。俺はレイヴンや。ガイアースの商人や。あんたは?」
「レイヴン、烏の意味だっけか。俺は澄、天野澄だ」
「ふ~ん。まあ男の名前なんてあんまり興味ないけどな」
「おい」
なら聞くなよと澄はジト目で睨むも男はどこ吹く風といった態度でリンのほうを向く。
「お嬢ちゃんは?」
「リン・ソードフィールドです。ルイーナ様の騎士を務めています」
そうリンが名乗るとレイヴンは納得のいったという顔で頷いた。
「やっぱり貴族さんか。この町にはご旅行で?」
「いえ、公務の帰りです。ここからベルスまで向かおうと思っています。」
「ほう、ならこれ渡しとくわ」
ルイーナが答えるとレイヴンは懐から紙を取り出し、ルイーナに手渡した。澄はそれを横からのぞき見る。見慣れない文字だ。この世界の言葉だろうか。だがなぜだろう。その文字の意味が頭の中に染み渡るように理解できた。そこに書かれていた文字を読み上げる。
「『アース商会ラインボルク支部 運送部 レイヴン』……これ名刺?」
「レイヴンさんはアース商会の方だったのですか?」
ルイーナが驚いてレイヴンに問いかけた。レイヴンはサンバイザーをかけ直しフッっと笑った。
「ここからベルスまでにはライベルス渓谷を抜けなたどり着けん。旅慣れしてへん人間にはちーと辛いかもしれへんからな。商会で案内付けてもらうんがいいと思うで」
「なんだ、仕事の営業かよ。……でもまあ、親切で言ってくれてるんだよな。ありがとう」
「くっくっくっ。ボン、そういうときは頭に何もつけず素直に言うたほうがいいんやで。まあ、営業なのは確かやから感謝されることでもないわ」
「ボンじゃなくて天野澄な。さっき名乗っただろ」
「そうやっけ? 俺、男の名前はうろ覚えになる体質なんや」
そう言ってレイヴンは背を向け歩き出した。澄はそれは覚える気がないだけだろ。ふざけたことを言うなと睨むも背を向けたレイヴンにはその視線は届かない。
「それじゃ、俺はこれからお仕事やから、行かせてもらうわ。さいなら~」
「あ、ありがとうございます。レイヴンさん」
そう、ルイーナが礼を言うもレイブンは背中越しに手を振るだけで人ごみの中へ消えていった。
澄はそれを見送るとむすっとした顔で振り返る。
「変な奴だったな」
レイヴン。アース商会の商人か。話し方や仕草が漫才師みたいでどこまで本気なのかわからないふざけた口調。胡散臭い。あまり関わりあいにはなりたくないと澄は渋い顔をする
「そうですか? 少し押しが強いけれど親切な方だと思うのですが」
「いや、ルイーナ。初っ端にナンパされたの忘れてるだろ」
澄がジト目でそう言うとルイーナはキョトンとした顔で首をかしげた。
「ナンパ……。今のがナンパというものなのですか。リンから気をつけるように言われてはいるのですが……」
「え? 気づいていないのか?」
「すみません。初めてのことだったので私もどうしたらいいか……」
そうルイーナが答えると澄はため息をついた。この箱入りお嬢様は本当に大丈夫なのだろうか。そう思いリンへ視線を向ける。リンはあははと愛想笑いを浮かべながら首をすくめた。
「リンも苦労してるんじゃないか?」
「いえ、ルイーナ様に不埒な者を寄せ付けないのも私の仕事ですから」
「えっと、私何かまずいことでも?」
そう、ルイーナが恐る恐る尋ねると、澄とリンは顔を見合わせて笑った。 ああ、このお嬢様はあの男に一切の嫌悪感を抱いていないのか。商会の案内を買って出たのもナンパの手口かもしれないのに。なるほど。この子はほっとけないな。誰か付いてないと誰かに騙されそうだ。身を投げ出せはしないけどリンが付き従うのもなんとなくわかる気がする。近くにいないと危なっかしくて心臓に悪い。
澄は上を向いた。太陽はもう天高く昇り、空は真っ青に広がっている。快晴だ。なぜだろう。心が躍る。もしこの世界に一人で放り出されていたら、こんなに眩しくは見えなかっただろう。不安でいっぱいだったかもしれない。この世界に来て真っ先に二人と出会えたのはきっと幸運なことなのだろう。ルイーナとリンか。この二人は面白いかもしれない。少なくとも嫌いではないと澄は感じていた。
「澄さん、笑ってますね」
「え?」
知らないうちに頬が緩んでいたらしい。ルイーナに指摘され澄は自分の頬に触れる。
そうか。俺は今、楽しいって思っている。そう澄は自覚した。
「別に、なんでもない」
自分の口から出た言葉も、むすっとした不服そうな表情も心とは裏腹だった。まったく成長してないなと心の中で澄は笑った。
そんな澄たちから離れ、ラインボルクの裏路地でドレッドヘアの男、レイヴンは物思いにふけっていた。その顔つきに先ほどのおどけた態度の面影はない。
ルイーナ・クロス。若輩ながらラング王国から旧都へ派遣される貴族たちのリーダー格で、反帝国主義の多いラング王国の中でも穏健派の筆頭か。そんな人物がこの情勢下で旧都を離れ帰国する、というよりそれを強いられるか。それも懐刀であるソードフィールドと少数の護衛のみで帰国するということは多数のラング反帝国派の連中は旧都に残したままということか。まあ全部の原因は先日のグリムリーパーの襲撃事件なのだろうが、これはまずいことになった。
そうレイヴンは舌打ちした。その音を合図とするように物陰から一人の男がレイヴンに近づく。
「サイか」
そうレイヴンが呼びかけたのは細身で黒づくめの男だった。口元をマフラーで隠し、顔には道化の面を付けているためその顔は見えない。
「サイ。これから諜報部隊を率いて旧都のラング、アクア、それからリーフェの再生派を探れ。もしかするとコトが起きるかもしれん。もしそうなった時は旧都のガイアース再生派には自粛とできれば帰国することを命じろ。俺が言えばある程度は抑えられるやろ」
そう言うとレイヴンはメモに地図を書きそれを切り離した。それをサイに手渡す。
「これは?」
「旧都郊外にある『アスカロン』の隠し場所と起動パスや。もしもの時は使ってくれ。俺はこれからガイアースに向かう。旧都の連中は皆、血気盛んや。ガイアースの連中だけじゃなく『死神』もな。『旗』を折らせるわけにはいかん。頼んだで」
「御意」
そう言うとサイは気配を一切残さずに霧のように再び物陰に消えていった。レイヴンは壁にもたれかかり、サンバイザーを外すと気難しい顔で思考の海へ沈む。
ルイーナのそばにソードフィールドがいるのは当然だがもう1人は誰だ。これがただの護衛ならば気にすることはないのだが、あの少年はあまりにもレイヴンのよく知る人物に似すぎていた。
だが少年がその人物である可能性は低い。何故なら彼はもう死んでいるのだから。サイからもそのように報告を受けていた上に、少年は自分と初対面といった態度だった。
あれが演技だとも思えない。
「まあ、考えても仕方ないか」
レイヴンはため息をつくと、アース商会の支部へ向け歩き出した。
あの少年が何者であろうと構わない。グリムリーパーが襲撃をかけた時点で賽は投げられたのだ。このまま事態は嵐のように進む。暴動、鎮圧、そしてさらなる反発。止められはしないだろう。レイヴンは自身の読みは当たると確信する。こうなった以上それ以外の道はないのだから。
「戦争か。あんまり関わりたくはないな」
そうボヤきレイヴンは再び人ごみの中に消えていった。
次回予告
「旧都を離れ、ラインボルクに来た俺達はラングを目指すためにアース商会の案内を受けることになった」
「そこで案内を買って出たのは私たちが出会ったあの人だった」
「商会の案内のもと、渓谷に差し掛かった俺たちを待っていたのは3人の『死神』だった」
「澄さん! ダメです。一人で囮になるなんて!」
「次回、機械仕掛けのアロンダイト 第3話『荷馬車の騎士』。輝け、アロンダイト!」




