第1話 白銀のアロンダイト PART2
ルイーナが席に着きニニルと歓談していると不意に扉が開かれた。ルイーナを含め、部屋にいた貴族たちは皆そちらを注目した。
そこにいたのは長身の男だった。爬虫類を彷彿とされる無機質な表情をしておりパーマのかかった長髪が陰気な雰囲気を強調する。
胸には羽のついた大鬼、ガーゴイルのエンブレムが付いている。ガーゴイルのエンブレムはコウト帝国を守護する護三国の一つアクア国の証だ。つまりこの男こそかの大公暗殺事件の黒幕であると称されるリボン卿なのである。
リボン卿は辺りをまるで値踏みをするように見渡すと固く閉ざされた口を開いた。
「私が最後のようだな。失礼した。私はリボン家当主、レストフォレス・ウル・リボンだ」
そういうと空いている身近な席に座った。そこは奇しくもルイーナの対面の席であった。
その口数少ないながらも威圧的な装いと隙のない振る舞いはルイーナとは別の意味でこの場を圧倒した。あの噂は真実であるという確信を与えるには十分な威圧感がレストフォレスにはあった。
「う、うむ。では全員揃ったところで会談を始めよう。まず最初の議題から……」
そう言って進行したのはテールズ侯爵だった。
まずはそれぞれの活動報告を行った。協力者の増減や国内での再生派の立場の報告、そしてその強化案などが議題として行われた。それからこれからの活動方針、コウト帝国の現状などが報告され、会談も佳境に入ったかという時、不意にレストフォレスがその重い口を開いた。
「お為ごかしや回りくどい話はこれくらいで十分だろう。大事なのは我らがいかにして帝国から勝利を勝ち取るかということではないかね?」
「勝利? それは我々の祖国の連合内での影響力の強化ということですか?」
そのレストフォレスの言葉にルイーナはすぐさま反応した。その蛇のような目つきに身体がすくみそうになる。
レストフォレスはこれまでの議題に一切干渉しなかった。それが今になって饒舌に言葉を滑らせている。その纏う雰囲気と所作もあってかどことなく不気味なものを感じさせる。
「ふ、ふはははは。温い。生温い。ルイーナ嬢、そんなことであの帝国に勝てるというのかね」
「ではあなたの言う勝利とはなんなのですか?」
そう言うとレストフォレスは嘲るよう唇を歪ませて宣言した。
「決まっている。コウト帝国の解体と殲滅だ」
部屋中に戦慄が走った。
反帝国連合とは言うものの、大半の国の目的はルイーナと同じく帝国の干渉を拒絶することでの自国の地位向上である。その手段としてテロを主張する者もいるかもしれない。そう予見したからこそルイーナもそれを止めるために会談に参加したのだ。
だがこの男の主張は根本的な目的が違う。レストフォレスは帝国を完全に敵に回し、それを滅ぼすことを目的としている。
「ば、馬鹿なことを言うものじゃない! そんなことができるわけがないだろう」
「そうだ! 帝国には本国だけで500ものサイバー・ゴーレムがいるんだぞ!」
貴族たちは口々にレストフォレスを批難した。
ある貴族が述べたように帝国のゴーレムの所持数は全アルス連合内のゴーレムの約半数、それに加え親帝国側の国のものを合わせれば戦力差は絶望的なものとなる。
「そうは思いませんがね。連合内で帝国を孤立させ、すべての国のゴーレムをあわせればほぼ同数だ。」
「不可能だ。帝国には守護者たる護三国がいる。彼らがいる以上、帝国の孤立などありえない。君の祖国とてその一柱だろう?」
テールズ候はそう言ってレストフォレスを否定する。
護三国。アクア、ボルクス、オリワス。この三国はコウト帝国がその皇帝家の血筋を政略結婚などを用いて送り込んだ子飼いの国であった。そのこともありこの三国は帝国を守護する立場にあった。それは軍事面だけでなく、もし帝国本国の皇帝家の本筋が途絶えた時、この三国から皇帝候補を選出することで皇帝家を維持する。血筋の保存と継続も役割の一つであった。
つまり、護三国の皇族は次期皇帝を名乗る資格を持っている。
そしてそれこそが昨今の帝国の後継者問題の根幹であった。
「我がアクア国の重鎮の半数が再生派でありアクアの神童、現皇太子ゲイル様を信奉する反帝国組織、ゲイルズ・ロードに所属している。重鎮でその数ならば貴族全体ならば言うまでもないだろう。これで残りは2柱だ。へし折ることは容易い」
あたりを見下すようにそう鼻で笑うレストフォレスは傲慢なものだが、発した言葉は必ず実行に移しかねない力強さがあった。
部屋中の空気がレストフォレスに染められたように貴族たちは聞き入っている。何人かはレストフォレスの言葉を聞いて、「帝国には数えられない恨みがある」「所詮300年前に戦争に勝っただけの紛い物だ」「大公暗殺もアクアの仕業なのだろ?」「倒せるというのなら反対する理由はない」と同調している。
この空気はまずいとルイーナは立ち上がった。
「アクア国の帝国の離反が決定的であるとは私は思いません」
「だがルイーナ嬢、現に大公暗殺はアクアの犯行です。アクアが帝国から離反しているというのも納得が……」
「大公暗殺も後継者問題を端に発した権力争いでしかないでしょう。大公ミノスは粛清と暴力を持って現皇帝を擁立しました。ですが皇帝家の血を引く皇帝候補はほかにも存在します。アクアの神童たる、現アクア国皇太子、ゲイル様がその筆頭です。そんな人物が帝国へ弓を引くというのですか? それに再生派の国など全体の数割にしか満たないのです。中立の国や親帝国派をどう説得するというのですか」
レストフォレスは帝国を孤立させることで他国の戦力を集結させるという。だが反帝国派が少数である以上、そんなことは不可能である。
「人は現状に不満があると過去と未来を夢想するものだ」
「なにを言っているのですか?」
不意に放たれたその言葉にルイーナは問いただすもレストフォレスはそれを無視して言葉を続けた。
「コウト帝国が事実上の支配者であること、その政治手腕に不満を持たない者はいない。かの後継者問題での粛清事件は他国にまで波及した。ルイーナ嬢、君の父君もその被害者の一人だろう?」
ルイーナの肩びくりと震えた。
リンが思わず腰の剣に手を伸ばしたことに気がついたルイーナはそれを手で制した。
そう、ルイーナがこの場に立つこととなったそもそもの原因はルイーナの父、ガストルーン公爵が無実の罪で逮捕、処刑されたことにある。
自らの死を予見したガストルーンは逮捕直前にクロス家との縁を切ることでルイーナたち家族に罪が拡散させなかった。だが自身の処刑だけは免れなかったのだ。そのことがルイーナの心を悲しみと怒りで埋めたのは言うまでもない。
「そんな悲しみを背負ったのは君だけではない。すべての国家に怒りの種が撒かれている」
レストフォレスは立ち上がり、テーブルの周りを仰々しい身振りでゆっくりと歩く。それは一人一人の貴族に語りかけていくかのような仕草だった。
「けれども戦争など、愚か者のすることです。それは300年前に皆が自覚したことでしょう?」
「ふ、それだよ。ルイーナ嬢。君はそれを見てきたように語っている。恐ろしいものだと。所詮書物で知った知識でしかないというのに。300年前など私たちにとって物語のように遠い世界の話だろう」
「なっ……」
戦争の愚かしさを語るルイーナを所詮それは知識であるとレストフォレスは断じる。ルイーナはハッっとして言葉に詰まった。これは戦争の善し悪しの討論ではない。自分が300年前の戦争を持ち出したということ自体がレストフォレスの主張を裏付けることとなってしまう。そのことに今頃になって気がついた。
「そしてこの連合国の夢想する過去とは、かのアルス帝国が健在であった頃、このアルクサンダが煌びやかであったときのことだ」
そういってレストフォレスは一つの窓を開いた。
窓の外にあったのは闇だった。もう夜の帳は下り辺りを闇が包んでいる。その光景はまるで今の連合を暗示するかのようである。かつてはこんな景色ではなかった。かつてのアルクサンダは魔導技術の最先端であり、光が一晩中灯り、照らし続けた。
『光の都』そう称された面影は一切消え失せている。唯一見える光は一つだけ、旧帝国の皇族の末裔である神子の宮殿だけである
「わかるだろう? この景色を見れば。我らを導いた神子様の宮殿でさえあんなに小さな光なのだ。いや、この闇の中でさえ光輝いていることを賞賛すべきか」
その芝居がかった口調と仕草に部屋の大半が気持ちを動かされた。
もうレストフォレスの意見がそのまま採用されそうな空気の中、テールズ候がレストフォレスを問いただした
「ふむ、確かにこのアレスの再興こそが我が本懐。しかしそれでは質問の答えになっていない。ルイーナ嬢の質問は中立国などをどう味方に引き込むかだ。どうするというのだね」
テールズ候もこのままでは危険であると、レストフォレストいう大波に全てを持っていかれると考え、強引に話題を転換させた。
「皆が誰もアルスという権威が大事なものだと考えている。だから我々の中に権威を入れてしまえばいい」
「権威を……入れる?」
テールズ候は嫌な汗が止まらなかった。この先の言葉を発しさせてはいけない。そう分かっているのだが喉が振るわない。部屋の中に静寂が訪れる。誰も言葉を発しない。だれもがレストフォレスの言葉を待っている。
「コウトより派遣された守護を斬り、神子様を我らの国へと導くのだ。その御旗を持って諸国へ号令する」
その言葉に辺りは戦慄した。この男はなんといった? 守護を切り神子様を連れ去る? 狂っている。今までの演説で心酔していた貴族たちも青い顔でただ呆然としていた。
これが凡骨の言葉であるのならば笑い飛ばし退場させれば済む話だ。だがこの男ならばそんなことでは済まない。これだけ多くの人間の心を動かす、言うなればカリスマ性をもつレストフォレスなのだ。殺るといえば殺るだろう。大公暗殺の悪名は伊達ではない。
「馬鹿を言わないでください!」
その言葉に真っ先に反発したのはルイーナだった。
「そうなれば帝国との戦争は必至。このアルクサンダを戦場にするおつもりですか!」
「だがこれならば皆が一致する。正統なる御旗を持つのは我々なのだから。」
「いいえ。確かに神子様がいれば皆帝国と戦うことになるでしょう。ですがそれが終われば連合内で神子様の奪い合いになります」
もし帝国を打ち倒せたとして、アルスを再興できるのか。答えは否だ。協力した多くの国は力で無理矢理に従わされたに過ぎない。神子に再興の意思があるかもわからないのだ。とするならばこの連合の継続すらありうる。そのときに盟主の座に着くものは神子を手中に収める者となるだろう。この結果起こることは言うまでもない。下手をすれば再び戦国の世に逆戻りなのである。
「うむ、その通りだ。レストフォレス卿の意見は却下だ。これ以上過激な発言は退室を要求することとなる」
テールズ候はルイーナの意見に同意し、レストフォレスを止めた。
「まあ、この辺りが潮時か。」
不思議なことにレストフォレスは自身の意見が通らなかったことに大して執着を持っていなかった。まるで解っていたことのように素っ気無い態度であった。
そして脇に抱えたシルク帽を被った。
「それでは私はこれくらいで失礼するよ。今日は実り多き話をありがとう。そうそう……」
そう言葉を続けていくうちに周囲が異常に気づいた。レストフォレスの背がドンドンと小さくなっていったのだ。足元を見ると足が消えていた。いや、レストフォレスが自身の影に沈んでいる。足から膝、腰、胸、段々と体が消えていく。そしてそれが頭にかかった時、こう宣言した。
「死神が迫っているよ。君たちも逃げるといい。再会を楽しみにしている。特にルイーナ嬢、君とはね」
そう言ってレストフォレスは完全に影に飲まれた。その影でさえ今は霧散し消え去っている。誰もが狐につままれたようだった。
だが問題はその最後の言葉。『死神が迫っている』これを聞いてあたりは騒然となった。誰もが腰の剣に手をかけ扉の外に注意を向ける。リンはもうすでに剣を抜いていた。
扉の奥から騒音が聞こえる。悲鳴と何かが転がり落ちる音、そして駆け上がってくる音が聞こえてくる。
他の貴族の護衛が扉の方へ近づく。
リンはルイーナに立ち上がり、窓際に向かうように目配せする。
ニニルがルイーナを守るようにそばに寄るのを確認するとリンが少しルイーナから離れた。
「我が呼びかけに応え現れよ……」
リンは詠唱を開始した。その紡ぐ声に連動して窓の外に光の魔法陣が描かれる。
「剣舞いし戦乙女。咲き誇れ!」
窓の外にリンは手を伸ばす。
「ブリュンヒルデ!!」
その声と共に魔法陣から6mほどの桜色の巨人が現れた。その両足が地面に着くとその重量であたりが揺れ突風が吹き荒れる。近くに咲いていた花が散ったのか花びらが空に舞い上がった。
その瞳は黄金に輝き、その胸や肩などボディを宝玉のついたアーマーが覆っている。特に目に付く腰を守るアーマーはまるでドレススカートのように長く、女性的なシルエットを醸し出している。
背には剣のついた盾、左腰にはライフルを携え、盾から少しずれたその肩には折りたたみ式の頭身ほどの長さの大砲を背負っている。この巨人こそがサイバー・ゴーレム。リンのゴーレム、ブリュンヒルデだ。
そしてその召喚と同時に扉が叩き破られた。




