第1話 白銀のアロンダイト PART1
本編開始に伴い地の文が3人称に変わっています。
アルス大陸中央部旧都、アルクサンダ。かつて栄華を誇ったこの都市において、反帝国を主張するリ・アルス連合の各国の貴族たちが集まっていた。
アルス大陸にはかつて大陸一帯を支配する大帝国、アルス帝国が存在した。だがアルス帝国は長い時間の中で崩壊し、群雄の割拠する所謂戦国時代へと突入した。その戦国の世を制覇したのが現帝国、コウト帝国だった。巨大兵器サイバー・ゴーレムを所有する強大なコウト帝国に対抗するために諸国は連合し、これを迎え撃った。
連合と帝国の戦争は熾烈を極め、多くの犠牲を生んだ。これを重く見た両国首脳陣は停戦を決断し、帝国が盟主として連合に参加することで戦争を終わらせた。こうして生まれた新しい秩序、リ・アルス連合によって300年という長い平和な時代が到来したのである。
都市中央へ向かう馬車には美しいブロンドヘアに装飾を最低限に抑えたドレスを着た貴族の女性、そして彼女につき従う女騎士の二人が乗っていた。二人共に一人前の女性と言うには幼く少女と表現してもおかしくはない容姿である。
馬車の中はカタカタと揺れる音だけが響いていた。
「ルイーナ様、今回の会談、危険では?」
そう言葉を発したのは騎士の少女、赤毛のオカッパ頭をしたリン・ソードフィールドだった。その額には汗がにじみ、大変緊張している様子だ。不安を押し隠すように脇に置いた剣を抱えている。
「危険……ですか。そうですね」
貴族の少女、ルイーナ・クロスは伏し目がちに、そう漏らした。
「わかっているならこんな会談、参加をやめて本国に帰還するべきです。帝国が攻めてくるかもしれないんですよ!」
「いいえ。この旧都、アルクサンダは旧帝国の権威の象徴。コウト帝国の正当性を証明するものです。迂闊に攻めることはできません」
コウト帝国は血筋を理由に旧帝国の後継者を名乗り勃興した国家だ。だからこの旧都で戦闘行為を行えば自身の存在理由に泥を塗るようなものである。反帝国の連合国に糾弾の口実を与えることとなってしまう。
そしてアルクサンダはこの大陸で最も混沌とした都市でもあるという問題もある。現在のアルクサンダは連合内で実権や兵力を持たない神子を守護するという名目で人員の派遣が許されている。そのためアルクサンダには連合各国の人間が紛れ込み、下手をすれば戦争の引き金になりかねない火薬庫であった。
「帝国だけではありません。他の連合国だって信用できるものじゃ……」
「リン。彼らはそれぞれの国の自治を目的とした私たちの同士。信じなければ力を合わせることはできません」
「でも! 今回の参加者のリストを見るにロクでもない奴らまでいるじゃないですか。あの大公暗殺事件を行ったテロリスト。それを支援したアクア国のリボン家なんてのがいい例です」
大公暗殺事件。
数ヶ月前、白昼堂々、コウト帝国の王城前で大公ミノス公が暗殺されたのである。ミノス大公は目的のためなら粛清も辞さない強行的な男で、帝国の後継者問題でも大々的な弾圧を行なった。そのためいつか排除されると誰もが予想していたのだが白昼堂々、王城前という普通ならば不可能な状態で暗殺を決行し達成されたことは連合全体に衝撃を与え、内外に帝国の弱体化を知らしめる結果となった。
その実行犯を匿い支援した過激派もいるのだ。穏健派で自国の地位向上と帝国の干渉の拒絶、つまり自治の確立を目的とするルイーナと意見が合うと思わない。もしかすると意見の合わないルイーナを排除するかもしれない。それがリンの懸念だった。
「それはあくまで噂です。もし本当であるのならなおのこと反帝国連合のかつての盟主、ラング王国を代表する私が皆を抑えねばならないのです。彼らが過激な行動を起こしてしまう前に」
そう自身の役割を決めるルイーナを見て、リンは悲しくなった。まだお嬢様は16歳、普通なら貴族の子女として、苦労など知らず蝶よ花よと生きられるのだ。あえて悩むことなど自身の婚約くらいであり、恋に悩む年頃のはずだ。それなのにこれが自身の運命なのだと命を賭すことを受け入れている。本国の年寄りたちに押しつけることもできるというのに。
そう沈むリンの髪をルイーナは優しく撫でた。リンはピクリと反応したあと、それを静かに受け入れている。
「あなたは優しいね。私のためにこんなに悲しい顔ができる」
「…………」
ルイーナの口調は外向きの顔を捨てた子供の頃からの砕けた話し方だった。リンは何も答えなかった。違うとか買いかぶりすぎだとか否定の言葉を発すればこの人にもっと心配をかけてしまう。そう懸念したリンはルイーナの手をただ受け入れることで肯定の意思をルイーナに伝えているのだ。それはルイーナもわかっていた。
「けれどごめんなさい。私はあなたの心配りを無下にしてしまうわ。これはクロス家当主として必要なことなの。リン、許してください」
「許すも何も……ありません。私は貴女の剣。貴女は御心のままに生きてください。それが正しいことなのですから。それを阻むものを打ち倒すのが私の役目です」
「そう。ありがとう。私の騎士……」
そう言ってルイーナはリンの頭を抱きすくめた。
アルクサンダは大きく分けて3つの区画に分かれている。その北部には旧帝国の皇族が住まう皇居が佇み、中央部には貴族たちが住む貴族街、そして南部から西部にかけて広がる平民街で構成されている。身分によって完全に住む場所が分けられているのだ。
もう日は沈み辺りは暁に染まっていた。彼女たちが向かったのは貴族街にある宿屋、平民街に程なく近く、平民と貴族分け隔てなく客とする珍しい宿だった。
「へへえ、クロス様ですねぇ。お待ちしておりました。皆様続々と上の階の大広間におこしです」
そう言ってルイーナたちを迎えたのはこの宿の店主、ゴビントンだった。彼はアクア国の息のかかった商人であり会合の理由を熟知している。丁寧な口調だがその視線は見目麗しい少女であるルイーナを見てどこか下卑たものが含まれているように感じさせた。
それに気づいたリンはルイーナを庇うように前に出ようとするもルイーナはそれを手で制した。
「ご苦労様です。では向かわせてもらいます。」
ルイーナはそう言うとリンを連れて階段を上った。
「なんなんですか、あの店主!」
リンはあの店主の態度に憤慨していた。
「私はまだまだ若輩。侮られることは仕方ないことです。これから誰もが認める立派な貴族となれば良いことです。あの方を責めてはいけません」
「いや、あの店主の視線は侮るとかそういうのじゃなくて欲望を前面に押し出したというか、下心があるというか」
どうにも説明しづらそうにするリンを見てルイーナは首をかしげた。
「下心? 貴族としてはこういうときは金品などを包んだほうが良かったのですか? こういう宿を利用したことがないのでそういう常識には疎くて……」
「いや、金銭面でのことじゃないです」
非常識なことをしてしまったのかもとオロオロするルイーナを見てリンは深くため息をついた。この人は私が守らないとダメだ。危なっかしすぎる。とリンは心の中でもう一度決心した。
大広間には身なりの良い数人の貴族がテーブルを囲んでいた。扉を開き現れたルイーナに部屋の視線が集中する。「あれがラングの代表?」「まだ小娘ではないか」「いや、あのクロス家の令嬢だ。ただの小娘ではないだろう」部屋の中がざわめいた。侮る声、クロスの名を警戒する声などがあたりから発せられる。リンはその雰囲気に飲まれ萎縮しているがルイーナは物怖じせずに優雅な態度で微笑んだ。スカートの裾を少し持ち上げて軽く頭を下げる。
「お初にお目にかかります。私はラング王国、クロス公爵家の次期後継者ルイーナ・クロスです。本日はお招きいただきありがとうございます。各連合諸国のために実り多き会合にすることを心から願いますわ。」
その華麗な所作に部屋にいた貴族たちは見とれた。あいさつとしては凡庸なものだがその完璧な動作、纏うオーラがルイーナを高貴なものであると証明している。
魅了されていた貴族たちのなかで真っ先に我をとり戻したのはこの会談の主催者であるリーフェ国のテールズ候爵だった。テールズ侯爵は再生派と呼ばれる思想家である。
再生派、またの名をアルス帝国再興派。
これはかつて大陸を統一していたアルス帝国こそが自身たちの支配者にふさわしく、コウト帝国はその名を借りる贋作であるという反コウト思想である。今回の会合に参加する者は程度の差はあれ再生派の人間である。テールズ侯爵は10年もの間旧都を拠点にアルス帝国の復興のための活動を行なってきた男である。今回の会合でも最年長と言って良い。
「う、うむ。よくぞ参られた。ルイーナ嬢。こちらの席へ」
「はい。リン、椅子を」
「はっ」
ルイーナがそう言うとリンは椅子を引きルイーナを座らせた。さっきまでの怯えていた様子は消え去り、ルイーナの付き人として恥じない動きであった。
「侍女の方ですかな? かなりお若く見えますが」
「はい。我が騎士、リン・ソードフィールドです」
ソードフィールドの名を聞いて再び辺りがざわめいた。ソードフィールドはラングが誇る武門の家系である。特にリンの父である現当主、アリオーシュ・ソードフィールドは剣聖と称される大剣豪であり、国内外を問わず多くの弟子を持っている。他国でも多大な影響力を持つラングの重鎮なのである。
リンも落ち着きを払っているが内心、自身の名に注目されることに心を揺らされている。
「お初にお目にかかります。ルイーナ様」
ルイーナが席に着くと隣の男が話しかけてきた。その顔は少年のようにあどけなく、ルイーナと同じく旧都に潜入する各国再生派の今後を決める会合に参加するには不釣り合いのように感じられる。
「あなたは?」
「失礼、先に名乗るべきでしたね。私はニニル・タートホープ。ガイアース国の代表です。本来ならば我がガイアースの代表はアーレス卿でしたが急用があるということで私が代理で参加いたしました」
「まあ、アーレス卿の代理で? それにしても残念ですわ。ガイアースの英雄、かの竜殺し様と話すことができると楽しみにしていたのに。でもお忙しいのならば仕方がありませんね」
「は、はは。そうですねアーレス卿はお忙しい方ですから……」
アーレス卿はガイアースで生ける伝説と言われている騎士である。
下級貴族の家の出でありながら、商才に恵まれ各国をまたぐ貿易会社を組織し巨万の富を稼ぎ、その資金力を持ってガイアース内で多大な影響力を及ぼしている男なのである。
それだけではなく剣術の腕も一流でサイバー・ゴーレムの上位種、サイバー・ドラゴンを屠ったとまで言われている。そこからついたあだ名は『ドラゴンスレイヤー』つまり竜殺しである。
ルイーナもそのような大物が参加すると聞いて内心、討論を楽しみにしていた。
少し落胆した様子のルイーナを見てニニルはアーレス卿が会合を休んだ理由は絶対に話さない方がいいなと心の中で呟いた。というのもこのアーレスという男、相当の女好きであり『俺は世界全ての港に女房がいるんや』と言って憚らない男である。今回休んだのも正妻に浮気がバレて折檻されているというのが理由なのである。
おまけにルイーナは女性関係に疎いニニルでさえ息を呑むほどの美人だ。アーレスが直接会っていたらどんな無礼を働くかわからない。ある意味でニニルはアーレスが不参加であることを幸運に思っていた。
「でもニニルさんはお若いのにアーレス卿の代理だなんて立派ですわ」
「そ、そんなことはないですよ。私は下級貴族の出で、たまたま手が空いていたので代わりに参加して来いとアーレス卿に頼まれただけですから。私の今日の役目は会合の内容をよく聞いて、それをアーレス卿に伝えるメッセンジャー役というだけです」
「それでも貴方はアーレス卿からそれだけ信頼されているということです。出自など問題ではありません。それは誇らしいことであると私は思いますよ」
「ルイーナ様……。ありがとうございます」
そう褒められてニニルはむず痒い気持ちになった。アーレスの傍仕えとはいえ上流貴族たちから見れば道端の石ころのような身分の自分に対してそう評価してくれたことが嬉しかったのだ。とりわけルイーナは公爵家の令嬢でニニルにとっては天上人のようにハッキリと身分が分かれている。
ニニルはこのルイーナという人物の器を自身が敬愛するアーレス卿に匹敵するかもしれないと評価した。
「ところでルイーナ様、お噂では貴女は剣術を嗜んでいるとお聞きしたのですが」
「はい。このリンの父であるアリオーシュ卿よりご指導を教授されました」
ルイーナは幼い頃より剣術を習っていた。幼馴染であるリンが稽古しているのを見て、私もやりたいと対抗心を燃やしたが故だった。アリオーシュ卿も始めは困っていたのだがルイーナの才能を見抜くと、将来はルイーナの守護騎士となる愛娘リンと同じ稽古を課した。結果ソードフィールド家の流派、クリアス流剣術の免許皆伝に至ったのだ。
「かの剣聖から!? たしかに達人の腕をお持ちであると聞き及んでいましたが剣聖アリオーシュ卿の弟子だったとは……」
「い、いえ。私など剣を握ることができる程度です」
そう謙遜するルイーナに対しリンは心の中で呟いた。公爵家の守護騎士と互角に切り結べる令嬢などこの世に貴女だけですよと。
「ソードフィールド卿もかなりの実力をお持ちなのでしょう?」
「はい。リンは私の最高の騎士です」
「そうですか! あの、よければ会談が終わったあと、ソードフィールド卿に剣の手合わせをお願いしたいのですが?」
「リン、どうですか?」
ルイーナは大丈夫だと思うのだが本人の意思を無視するわけにはいかないとリンに目配せする。
「私は問題ありません。ルイーナ様と手合わせしたいということならば断固反対でしたが私程度ならばいつでも受けることができます」
「ということです。お受けいたしますわ。タートホープ卿」
そうルイーナが微笑むとニニルは少年のような笑顔ではにかんだ。
「よかったわぁ……じゃない! 光栄です!」
「ふふっ。面白い方ですね」
ニニルはあまりの嬉しさに故郷訛りの地が表に出そうになった。慌てて取り繕おうとする様子が可笑しかったのかルイーナはクスリと笑った。
二人の様子を後ろから見ていたリンはまたしても心の中で呟いた。
二人共かなり気が合うようです。うまくいけば婿候補に……いやいや家の格が違いすぎます。でもでもルイーナ様には思うままに恋して欲しいし……あ~もうどうしよう。
などと思い悩んでいた。主に下世話な方向で。




