⑰ 流体操作
火曜日。ボクは、5時限目の選択美術の授業を受けていた。それは、イーゼルの上にキャンバスを乗せて、油絵を描く時間だった。モチーフは、花瓶とリンゴやバナナなどの果物の組み合わせの、静物画だ。
まずは木炭を使って、ざっと下描きする。そして、ある程度構図が整ったら、バーントシェンナーの絵の具に、テレピン油を付けて、ブタ毛の筆を使って、大雑把に輪郭を描き起こす。描き出しの手順は、およそ、そんな感じだ。
ボクは何となく、斜め前に座っていた、雪村くんの事を見ていた。すると、彼の筆洗用の油壺から、石油系のブラシクリーナー液が、ニョロニョロと、まるでヘビのように、立ち上がるのが見えた。そして液体の先端が広がり、今まさに、彼の顔に、襲い掛かろうとしていたのだ!
ボクは咄嗟に、時間凍結をかけた。そして辺りを見渡すと、雪村くんの二つ左にズレた席から、彼の方を、ジッと見つめる顔を見つけたのだ。それは確か、隣のクラスの花井くんだった。選択授業は、他クラスと合同でやるから、一緒になったのだ。彼とは、昨年同クラスだったから、名前くらいは知っていた。
髪型はソフトリーゼントで、体型は175cmくらいの細マッチョ。確か雪村くんと同じ、陸上部員だったはずだ。どうやら彼がクリーナー液を操っていたらしい。この授業には、委員長も佐倉さんも参加していないので、ボクは自分で対処する事にした。
まず席を立って、雪村くんの側へ行き、空中のクリーナー液を集めながら、そのフタをゆっくりと閉める。そして花井君の方を振り返ると、またしても、例の黒いモヤモヤしたモノが、彼の頭の後ろ辺りから、出て来るのを目撃したのだ。
「ハイ。今日も良く出来ました。」
出し抜けに、ボクの後ろから声がした。ソレはまたしても、雪子さんだった。彼女は今日も、不思議な色の金属で出来た、剣を持っている。オリハルコンという材質なんだそうな。
彼女は、例によって剣の先から炎を出すと、その黒いモヤモヤを燃やしてしまった。そして「これで、よし。じゃ、後、ヨロシクね。」と言って、サッと消えてしまったのだ。
ボクは花井くんに近づき、彼の肩に触れて、彼だけ時間凍結から解き、キョトンとしている彼に、「授業後、部活前に、少し話したい事がある。」とだけ言うと、席に戻り、全体の時間凍結を解除したのだった。
やがてボクは、帰りの時間になると、下駄箱の並んだ昇降口の片隅に、彼を呼び出した。




