1-7
辺りが暗くなり始める。
「ほれ、もっと飲みなされ」
「モガトシ、こっちに来て話を聞かせておくれ」
ワイワイ、ガヤガヤ。
オーガの里の集会所では、いつの間にやら俺を中心に酒宴が始まっていた。
「ワシ、アンタを見た時、山の主かと思ったわい!」
「ワシも!モンスターなんか捻り潰して食ってそうじゃ!」
「ワシはとうとうお迎えが来たかとハラハラしたぞい!」
ワハハハ!
俺は、ジジババ達に囲まれ、今までのこと根掘り葉掘り聞かれる。特にジジババ達は風呂に興味をもったようで、「ワシも入ってみたい!」と、全員が口を揃えて言い、しまいには、「作ってくれ」になる。この酒のお礼に作ってやるか。パンツも服も作ってくれるって言ってたしな。
もう俺がこの里に住むのは確定事項のようにジジババ達は思っているようだったから、
「住んでいいのか?」
って聞けば
「だってお前さん、ラグナの婿じゃろ?好きなとこに家を建てなされ」
だし、
「いや俺人間なんだけど」
には
「身体の作りはだいたい同じなんじゃし、大丈夫じゃろ。それにお前さんは人狩りとは無関係じゃ」
と返され、
「いや、ラグナの気持ちも」
には
「あの子は気にせんのじゃないかの?」
「うん、気にしない!」
といつの間にか戻ってきたラグナにも畳み掛けられる。が、当のラグナは「なんのこと?」と、肝心なところはわかっていないようだった。
「それより、お前さんはどうなんじゃ?」
まっすぐな目で俺を見る長老と、隣に座るラグナ。
「正直、……助かる、と思う。でもよ、……急すぎてわかんねえよ」
「じゃあ、3日!」
「……は?なにが?」
突然ラグナの謎の提案に面食らう。
「3日住んで、気に入ったらずっといればいいじゃん!」
「おお、そうじゃそうじゃ!」
「風呂は作ってもらわんとなあ」
ラグナに続いて口々に思いを話しだすジジババ達。……勝手なもんだ。
……でもまあ、3日もあれば風呂作るくらい、なんとかなる、か?
「決まりね!」
「ちょ、俺はまだ何も……」
「じゃあ里を案内してあげる!
……ジジババ達!おやすみなさい!」
「待てって……!」
それだけ言うと俺の手を引いてラグナは集会所を飛び出る。そんな俺の背中へ、ジジババ達の笑い声が届く。
「……婿殿、もう尻に敷かれとるなあ」
「……長生きせんとなぁ」
ラグナに手を引かれながら、求められるのなら残るってのは悪くないという気持ちになる。正直、婿がどうこうとかは性急が過ぎるとは思うが、この里に協力するのはやぶさかじゃない。……人攫いの人間どもってのも気になるところだ。
「ねえ、……ねえ!……モガトシ!」
「……おお、悪い、考え事してた」
「……そ。
ほら、ここが畑!あっちがアタシん家。……お母さんもそこにいるの。……はい、案内終わり!」
「終わりかよ。……ジジババ達の家は?」
「さっきのとこ」
「住居兼集会所だったんだな」
「建物建てれるような人、いないからね」
照れたようにへへっと笑うラグナ。
そうか、……そうだったな。
この里には、ラグナの他に若者はいない。
……なんだ。言葉に詰まっちまう。
「何突っ立ってんの?早く行こ」
「……どこに?」
「アタシん家。お母さんに会ってあげて。起きて待ってるから」
◇
なるべく音を立てないように歩く。
戸を静かに閉めて、ラグナの案内に従って。
通された部屋には、簡素なベットに座るラグナの母、ラライがいた。ラライは片腕がない身体で俺の方を向き、座りなおすと、やつれた顔で笑う。
「あなたが、お婿さん?……娘をよろしくね」
優しい声だった。やさしく、弱々しい。
「モガトシ、です。よろしくお願いします」
「……服を着ない人なの?」
あ、しまった。そうだった。俺、ほぼ全裸ナウ。
「着ます!着ますけど、今は手持ちがなくて……」
ラライはふふ、と笑う。
「あなたを見ていると、ラグナを産む前に見た、お尻丸出しの子を思い出すわ」
「へえ、そんな話、聞いたことない!どんな子だったの?」
「森の中で1人でその子は生活しているみたいだった。……角ウサギを狩って、解体して、……そうそう、魔石をポイって捨てたのよ。魔石なんか見たことないっていうみたいに」
「魔石?」
「え?……モガトシ知らないの?
……お母さんの薬だけどね。……これだよ」
ラグナは赤みがかった紫色の砂粒大の石を、戸棚から取り出した小袋から手のひらに乗せて見せてくれる。
「飲んで、この魔石の魔素を身体に取り込むの。……これで怪我が治ったりするんだよ。……だから、薬。最近、あんまり取れないんだ……」
「……魔素が薬……。へえ……」
「私たち魔族に、はね」
「ラライさん、その……」
「やっぱり、そうなのね。
……あの時はオークの子供だと思って帰っちゃったの」
多分それ、俺っす。と、つなげるつもりがラライに先を越されてしまう。
「オーク達に会っちゃいけないの、おんなじ魔族なのにおかしいよね!」
「……部族間の取り決めだからね。しょうがないのよ」
「……魔族には薬ってことは、人間にはいらないものなんすか?……その魔石って」
「いいえ、人間は積極的に魔石を集めているみたい。
……何に使うのかは知らないわ」
「俺、その魔石っての、たくさん持ってます」
「ええっ!?なんで!?」
飛び上がるほど驚くラグナ。
「俺は、……使わねえから。
角ウサギとか狩って、解体したら出てくるから一箇所にまとめてる」
「……まとめてるって……、え?どれくらい……?」
「一部屋満杯くらい」
「……少しはあるかな、くらいに思ってたけど、……まさか、そんなにあるとは、お母さんビックリしちゃった」
「え、……え?……じゃあ、お母さんよくなる?治る?」
「モガトシさんがくれるなら、ね」
「じゃあ明日取りに行って来るっす。とりあえず、持てる分だけだけどいいっすか?」
「でも、魔石の価値は高いのよ?
……対価なんて、払えない。……この里には、価値のあるものなんて……ね。」
ラライの話に途端にシュンとなるラグナ。
そのラグナを目線だけで見るラライ。
「……なにも、渡せないのに、もらうだけって、そんなことはできないわ」
「……いや、だから俺は何も……あ、じゃあ!一つだけ!
……早く元気になって、飯作ってください!」
「え、」
「これで俺は対価を充分貰いますんで、ご遠慮一切無用っす」
ふふ、と笑うラライだったが、直後に咳き込んでしまう。手には血。かなり悪いというのは咳き込み方でわかる。
「お母さん!早く薬!」
ラグナから魔石の粒をもらい、背をさすられて少しだけ、落ち着く。
「……楽し、過ぎて……話過ぎちゃったみたい……」
「話してくれてありがとうございます。ゆっくり、休んでてください。すぐ、魔石取ってきます」
明日なんて悠長なこと言ってられない。俺は、今すぐ出発することを決めた。




