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「なんか、落ち着かねえよ……」
口の中だけで俺は文句を呟く。
原因はラグナのパンツだ。
出かける直前、脱いでしまおうとしたら悲しそうな顔をされたので、しょうがなく上からいつもの褌をぐるぐる巻いた。それでも微妙な顔をしていたが、しょうがないだろ。女物パンツではチンコがはみ出ちまうんだからよ。
改めて股間を見ると、褌から女物がチラリと覗く。尻がきゅっと持ち上げられるような感覚。……落ち着かない。一体どんな素材でできているんだろうか。すごく細かい糸で編まれているのだろう。作業服の裏地のテラテラみたいな触り心地。サラサラとツルツルが同居しているような……不思議な感じだ。
「モガトシ、パンツだけじゃなくて、服もないんだね」
隣を軽やかに歩くのはオーガ女のラグナ。俺に予備のパンツを穿かせて、俺を婿にするつもりの女。ニコニコとよく笑い、よく喋る。こいつといる一分一秒ごとに俺の持つオーガのイメージをことごとく粉砕していく。
この異世界に転生して18年になる。初めて意思の疎通ができる存在がオーガとは。でも、少なくとも俺には、どうしてもコイツがモンスターだとは思えない。俺のことをオーガだと勘違いしているから、こんな態度なのかもしれないが。
「ところでよ、なんで里の外まで婿を探しに来たんだ?そういう風習?」
「……アタシの里はね、人狩りにあって若い人がいないんだ……
残っているのは、おジジ達とオババ達と母さんだけなの」
「人狩り……」
「うん。人間達がいっぱいやってきてみんな連れてかれちゃったの。その時、母さんは大怪我してね」
立ち止まってしまうラグナの目が涙を溜める。さっきまで、あんなに元気にはしゃいでいるように見えていたのに。
「……連れて行かれて、どうなるんだ?」
「そんなのわかんないよ。……食べるのかな……」
涙がこぼれる。きっと、人間もオーガなんて食わないと思うが……ラグナは本気で食べると思っているのだろう。肩を震わせている。
「母さんも、……大丈夫って言ってたけど、きっと、あんまり大丈夫なんかじゃないんだ……母さんもいなくなっちゃうかも……」
ポロポロとこぼれる涙をゴシゴシと袖で拭う。拭っても拭っても。
俺は、言葉に詰まってしまった。
俺がやってたRPGでは、いつだって人間が被害者で。いつだってモンスターが悪者。……たまに仲間になるモンスターもいたけど……
……この世界の人間が何をしてるのかなんて、18年間森にいた俺にはわからない。でも……、少なくとも、目の前で泣くラグナを見ていると、碌な奴らなんかじゃねえってことだけはわかった。
「だから……婿連れて行って、子供たくさん作って、安心させてあげなきゃ……!」
泣きながら、目を擦りながら、ヒクヒクと声を詰まらせながら。それでもラグナの声には、里や母への想いと、使命感が宿っている。
俺は、ラグナの角のある頭をポンと叩き、歩き出す。
後ろからラグナがついてくるのがわかった。
そうだ。……今はそれでいい。
今、やれることをやるんだ。ラグナも、俺も。
「……モガトシ……」
しばらく無言で歩いていたら、後ろからラグナに呼ばれる。まだ、声は上擦っている感じだ。
「……なんだ?」
抱きしめて、とか言われたら困っちまうなあ、なんて思いながらちょとだけキメ顔で振り向く。
「……さっきの木のとこ、曲がるんだった」
……早く言えよ。
――本当に辿り着けるのか?オーガの里……
◇
同時刻、オーガの里。集会所では、農作業を終えた里中のジジババが集まり、茶を啜ったり、織物をしたり、重い思いに過ごしている。
「や、山が……!山が、歩いてくるぅー!」
「おお……!……どしたんじゃ?おババ」
突然、1人の老婆がワナワナと震え、手に持った湯呑みを落とす。
「山の主じゃ、……山の主が降りてくる!」
ざわめく集会所。
里でただ1人、気配察知の使い手であるオババの発言を皆が重く受け止める。
「そうか……
山の主さまのお怒りに触れてしまったのなら、ワシらにはもう生きる術はないのう」
「ああ……、覚悟をする時間があるのはありがたい」
「……っ!そんな時間はないぞい!
もう、すぐそこまで降りて来なさった!」
誰もが、もう、今生の別れ、と思ったその時――集会所の扉が勢いよく開かれる。
「ただいま!ジジババ達!……婿を連れてきたよ!
――あれ?どうしたの?……お葬式だった?」
飛び込んできたラグナに安堵まじりの驚いた顔をするジジババ達だったが、使い手オババだけが、強張った顔のままだ。
「ほら、モガトシ!ご挨拶!」
ラグナに腕を引かれて建物の中に入る俺。
「あ、どもっす。モガトシっす」
ジジババオーガ達の視線を一気に浴びるほぼ全裸の俺。ちょい照れる。
「はうっ……」
1人だけ厳しい顔していたお婆さんが俺を見るなり胸を押さえて突っ伏した。
「おっ、オババー!?」
お婆さんの隣に座ってたお婆さんがすかさず背を叩いたり介抱に移る、が当の本人は「死んだ爺さまより逞しい……」と顔を赤らめていたので、すぐに放置される。
そんな騒ぎをよそに、コホン、と1人のお爺さんが入り口で立ち尽くす俺とラグナに近づく。
「……よく帰ったな、ラグナ。……隣の者が婿、かね?……モガトシ……といったかのう」
「そうです!長老様!
……強そうでしょ?森で見つけたのっ!」
「しかし、ラグナよ。……この者は、人間ではないか?」
「へ?……あ、そっか。
長老様、モガトシは角を隠してるんですよ」
「……ほう?」
「ここに」
ラグナが指を指す先はもちろん、女物パンツの上に褌を巻いた俺の股間だ。
長老視線は、俺の顔と股間とをなんどか往復し、額に手をやり考える人のポーズ。
「……ラグナよ。ワシは婿殿と話がしたい。お主は里長……母に帰りを報告してくると良い」
「っ!はいっ!」
聞くが早いか満面の笑みになり、ダッと走って扉から元気に飛び出すラグナ。微妙な空気を残されたまんま、残される俺。
「……さて、婿殿。
お主は人間じゃな。じゃが、この里に攻め入った人間達とはどうも違う。特に、その目、がな」
少し、ざわ、とする集会所。
「じゃが、素直に信じられないことも事実。
なぜにラグナには、自らがオーガだと偽った?
……特に、その風貌じゃ。……何故服を着らん?
そして……なぜ女物のパンツを穿いておる?」
言い訳するのは簡単だ。適当にありそうなことを並べるだけでいい。
……だけど俺は、この老人にそれは通じないと感じる。
――そして、俺自身も嘘をつきたくない。
「偽ってないっす。ラグナの勘違いっす」
「服は、作れないからっす」
「パンツ……は、寝てる間に穿かされたっす」
「なんと……
ラグナは、……チンコを角と勘違いした、と?」
「そうっす」
「服は……そうか」
「はい」
「パンツ……寝ている間に?……お主、裸で寝る派?それとも、ラグナを手篭めにした、とでも?」
「風呂でのぼせて気を失って……結果、裸で寝てましたっす!手篭めにはしてません!朝起きたら穿かされてました!」
……一瞬の沈黙。
直後、ジジババ達が大笑いしだしたので俺は面食らってしまった。
「ははは……、いや、すまんのう、婿殿よ!
あの子、……ラグナは男女のことなどまるでわかっておらんのだな。……子供も土から生えると思っておるだろうて!」
「ほんに、すまないねえ。……気づいているもんだと思っていたよ。……なんせ、この里にゃあの子と同年代はおろか、親世代だっていないんだ。……ワシらもそんなこと教えなきゃなんて、遠い昔のことすぎて忘れていたんだよ」
赤い顔をしたお婆さんオーガが擦り寄ってくる。
「なんなら、ワシが手解きしてやろうかのう?」
あはははは!
うへえ、子供の頃行った親戚の家を思い出すな。
大人におもちゃにされる感覚。子供の時とおんなじように、はは、と笑っておく。
そんな中、長老だけが少しだけ真面目な顔で、
「……ほんとはな、あの子は帰ってこなくて、いや、これなくてもいいと思ってたんじゃ。
……「婿探し」なんて銘打ったが、こんな限界集落にいるより、外でいい男を見つけて、幸せになればよい、と思っておった。……それが、たった一週間で戻ってくるとはの。……アンタには迷惑な話かもしれん。……だがな」
……くるりと集会所の中を見回す。俺もつられて見回すとジジババ達の笑顔。
「今日ばっかりは許しておくれ。……みんな、嬉しいんじゃ」
「……でもよ、俺はオーガじゃなくて、人間だ。……それでも、いいんすか?」
「ほう、婿になる決意が固まったかの?」
「いや、それはまだ……でも、」
息を吸って、吐く。自分の気持ちを確かめる。
「……俺は、アンタ達の助けになりてえと思ってる」
「そうかい」
それだけ聞いて、長老はふへ、と皺だらけの顔で笑った。
「ほんじゃあ、婿殿……いや、モガトシよ。
……これからよろしくの」




