1-5
里を出てからもう3日目の夜。もうそろそろ干し肉も無くなっちゃうから明日には何か狩らなきゃ。
……それにしても、婿って、なんなんだろう。
いや、頭ではわかってる。婿ってのは男ってことで、歳を取ったらおジジになる方。女がおババになる。それは知ってるけど。
「子供を20人……」
どうして婿を連れてくるのが子供につながるのか。男と女がいたら子供が来るの?じゃあ、おジジ達とおババ達はいつも一緒に集会所でお茶飲んでるけど、なんで子供は来ないの?っていうか、どこから来るの?
でも、本当はそんなことより、早く婿を連れて里に帰りたい。母さんは大丈夫って言ってたけど、きっとそんなに大丈夫じゃない。
そっと、自分の角を触る。母さんとゴリゴリしたい。
……だから、早く見つけるんだ。
ちょっとだけ出た涙を拭いて。
その辺に転がってないかな。婿。
『今すぐやってきて俺にパンツを編めー!』
「……へ?」
低いけど大きい声。たぶん、男の声。
でも……パンツを編め?里のおババが得意だけど……
違う違う。パンツを無くしたのかな?こんな森の中で?……きっと、すごく困ってる。着るものがなくなっちゃたらすごく寒いだろうし。
……それに、婿かもしれない。ラグナが声の方に向かうには、十分すぎる情報だった。
アタシはパンツを編んだことはないけど、予備のパンツは持ってるし、あげればいいんだもんね。男だったら、婿になってくれるかもしれないし!
そう思うと、ラグナの足取りは軽くなる。もちろん、行く道は夜の森。足元には気をつけているけど、こんなに早く見つけられるなんて!
次第に煙の匂い。――焚火?灯りがないのに?ちょっとだけ、慎重になる。木々の間に木製の柵。――やっぱり人がいる。怖い人じゃなかったらいいな。柵を越えて進む。地面から突然飛び出た筒から煙が出ている。
――地面の下に住んでるのかな?チャプチャプという水の音。
――あれ?森の中なのに、池があるのかな?こっちの方かな?
――あ、いた。
四角い箱みたいなものの近くに人がいる。きっと、さっきの声の主。
「あ、あの!」
声をかける。
人影がゆっくりこっちを向く。四角い箱から上がる湯気で姿がよく見えない。
「……女?」
「はい!あの、……パンツなら、持っているからあげます!」
「お、パンツくれるのか?マジで!?超助かるよ!」
風呂の準備をしていた俺は、侵入者の存在に気づくのが遅れたことを少しだけ反省しつつ、パンツをくれるという提案には素直に喜んだ。いい奴だ。湯煙に巻かれて姿が見えないのもな、と近づくと、頭に角を生やした女が湯煙の向こうにいた。
「角?……オーガ、か?」
「え、……はい。そうですけど……あの、あなたは変なところに角生えてるのね?」
と、俺の股を指差す。ぎゃあ、フリチンだった!
慌てて湯船にドボンと入る。え、ていうかオーガだ!初の生オーガ!
【オーガクエスト】で散々倒してきたオーガは、なんか、普通に話せそうな奴だった。目の前の女からは棍棒とか持って暴れるようなイメージが持てない。
「なにこれ?お湯?」
オーガの女は遠慮なしに湯船に近づき、湯を触って不思議さと驚きとの混じったような顔をして首を傾げる。
「自分を煮てるの?」
「いや、これは風呂っていって、体を温めて疲れを取る的な……」
「へえ!……私も入っていい?服を脱いで入るの?」
「ちょい!」
服を脱ごうと手をかけるオーガ女。俺は咄嗟に立ち上がりそうになり、慌てて座り直す。ああ、今日はハーブ風呂にしてよかった。湯に浮くハーブでチンコは隠れてるだろ。
「入っていい、んだけどよ!……あとで、な」
「やったあ!……あ、ねえ、パンツ、欲しいんだよね?」
「おう……くれるのか?」
「うん!アタシの予備のがあるから」
「ええっ!?おま、……君の予備なの!?」
いやいやいや、パンツは欲しいが!流石に、その……。
「あ、……そっか。変なとこに角が生えてるからパンツの形も違うのがいい、の?」
完全に善意っぽいのが驚きだぜ……。男を見たことがないのか……?
「いや、そういう問題じゃないんだ。ほら、倫理的な、な?」
「りんり?……ふうん?
あ、そうだ!アタシはラグナ!」
「あ、……ああ、かもが……。いや、モガトシだ」
「モガトシ……よし、覚えた!
ねえ、それ、入りたい!」
ラグナは湯船に近づいて湯面を触る
「お、おお……。今出るから待っててくれ。
……ちょっと、あっち向いててくれないか?」
「ええー。変な角、また見てみたいのにー」
ラグナが着衣に手をかけて勢いよく脱ぎだしたもんだから、俺は慌てて背を向ける。なんだこの子!羞恥心とかないの!?
「いや、角じゃねえから!チンコだから!」
「アタシはね、婿探しに来たんだー」
おお……話を聞いてくれない。
「……へえ、そ、そうなのか?」
「うん、そう!……だから、モガトシ、来てくれる?」
ん?……もしかして、ラグナは俺をオーガだと思ってるのか?まあ、ここを離れる……のは、名残惜しくない、といえば嘘になるが、ゆくゆくは離れなくてはならないのも事実……。
それに、オーガの方から接触してくるなんてな。面白い。レベルはまだカンストしていないが、ここいらのモンスターはもう俺の敵じゃない。
「おう!いいぞ!
……って婿に、ってことか!?」
反射的に振り向く
「やったー!じゃあ、朝には出発ね!
……ねえ、早くそれ、代わってよ!」
すっぽんぽんのラグナが無理やり足を湯船に入れるところだった。慌てて背中を向ける。
「うわぁー!待て待て!いま出るから!」
「もう入っちゃったもん!
……わあ、モガトシの背中ってでっかいね!男ってみんなこうなの?それにこのお湯、すごくいい匂い!なんで?……なんで、こんなところに1人でいたの?ねえねえ、あれ何!あの四角いの!」
間髪入れない質問ラッシュの一つ一つに無心で答える。
「みんなじゃねえと思う」
「ハーブ入れてるからな。この葉っぱだ」
「武者修行みたいなもんだ」
「石鹸だ」
「へぇー……
じゃあさ、なんで、モガトシの背中はでっかいの?この葉っぱすっごいね!いい匂い!気に入っちゃった!むしゃしゅぎょーってなに?せっけんってなに?」
「鍛えてるからな」
「そこら辺に生えてるぞ」
「武者修行は武者修行だ」
「体を洗うやつだ」
「体を洗う?」
「そう」
「四角い石?で?」
「石鹸だ」
「やってみて!」
「は?」
「アタシの体を洗ってよ!」
「……!いやいやいやいや……それはダメだろ」
「なんで?」
「男と女だからだ」
「どういうこと?」
「お前、男と女の違いってわかる?」
「お前じゃないよ。ラグナだよ!……えっとね、男は、髭があって、胸が丸くない、おっきい、強い、尻に敷くもの!……ねえ、背中触っていい?」
ラグナが俺の背中に指を這わせる。了承したつもりはないんだが……
「あのね、強い婿を連れて帰らなきゃいけないの」
「……なんのために?」
「子供!20人は作りなさいって」
「は?」
「……だって、男と女が一緒にいれば子供が来るんでしょ?」
オーガの教育どうなってんだ……とんでもねえ世間知らずの嬢ちゃんじゃねえか……ああ、頭がフラフラしてきた。この嬢ちゃんの天然に当てられたなぁ。
「モガトシ?」
「……おーい」
◇
「起きてよお」
ゆさゆさ
「モガトシ!」
ペチペチ
「早く出発しようよ!」
ベシッ
「んが!」
「起きた!朝だよっ!」
あれ。いつのまにか自慢の熊皮被せただけベッドに寝ている俺。目の前にオーガ女のラグナ。……は?風呂でのぼせた?もそり、と動くと股間にすげえ違和感。なんだこのフィット感。恐る恐る尻に手をやると、明らかに布地。
「パンツ?履かせてあげたよ。
ちょっと小さかったから角ははみ出ちゃってるけど」
「うおい!」
「わあ、びっくりした」
「なんで履かせた!?」
「だって、パンツないって言ってたから。
それ、お気に入りだったんだから、大事にしてね」
「……」
「角、観察したんだけど、なんで柔らかいの?ちょっと摘んだら伸びるし」
「……角じゃないからです」
「へんなの。ま、いっか。じゃあ、行こうよ!」
「わかったわかった。わかったから引っ張るな。
……準備するから待ってろ」
オーガ女のラグナが仲間になった!って、RPGならテロップが出るところかな、なんて、現実逃避をしながら軽く手荷物をまとめて地上に出る。
さあ、異世界初次の村への冒険だ!




