3-16
「……と、いうことで、魔晶石の抽出も問題なく可能だ。
……魔王殿?」
「え、ひゃい!」
「その……ずいぶんと仲睦まじいな」
「だ、だってよ、足が痺れてて、一人で立てないって……!」
「主さん、あんまり動かれると、わっち、倒れてしまいそうでありんす……」
俺がデカすぎるのが原因ではあるんだが、さっきからずっと、立つと俺の肩に届かないほど小柄なメランダは俺の腰に左手を回し引っ付いていて、彼女が少しでも身じろぎすると長い髪が俺の腹に当たってこそばゆい。
おかげで話半分にしかブロンの説明を聞いておらず、見咎められてしまう。
「その……、魔晶石なんだが……」
「わっちは、いつでも吸いんす」
「その……、どうなるかは……」
「存じておりんす。
他の子らのためにも、わっちで実験が必要でありんしょう?」
「……その、俺が最初に吸う、じゃダメか?」
「あら、また主さんの味をつけてくれるのでありんすか?」
「いいいい、いや、そういうわけじゃ……!」
「んふ、わかっておりんす。主さんは優しいから。
でも、これは、わっちが試すことでその真価が問われることでありんしょう?……わっちが吸わないと意味がありんせん」
「そ、そうは言ってもよ……」
「ちゃあんと、添い遂げるつもりでありんすから。……ね、わっちを信じて」
強い意志のこもった目。「でもよ」と言いたい俺の口は動かなくなっちまう。
「……続き、したいでありんすから」
「へ?」
「わ、わっちだって、この先を主さんと生きたいでありんすから!」
そう言うと、パッと俺の腰から離れるメランダ。あれ、足の痺れは?なんて思ってる間に、ブロンの手から魔力チュースイをもぎ取り、躊躇わずに口を当て、「チュー」と吸う。
「……」
「あの、覚悟は見せてもらった。……だがすまない。
まだ、魔晶石の抽出はしていないんだ。
……今はまだ空だ」
「……へ?」
「ネルメランダ、君も魔王殿と同じで話を聞かない節がある。……気をつけたまえ」
「ヘックシュン!」
ジャランがくしゃみをした。
◇
「よし、魔晶石を抽出した。
……いいか、先ほども言ったが、一度に大量に吸うのはやめたほうがいい。必ず、少しずつにするんだ。……悪い影響がないとは言い切れないんだからな」
「ええ、わかっておりんす」
手渡される魔力チュースイを受け取るメランダは俺の方を向く。
「……主さん、お願いがありんす」
「お、おう」
「……後ろから、抱いていて」
強い意志、と、覚悟を宿した目。それと、……少しの恐怖。
「っ!……お、おう」
背を預けてくるメランダ。……肩が震えている。
「ハーピーにとって、背を、……翼を相手に預けるって、特別なことなんでありんすからね」
「おう、そうだよな。……カッケェ翼、見せてくれよな?」
なるべく優しく、肩を抱き留める。
「……はい」
俯く彼女の顔は、背越しには見えない。
ゆっくりと、震える左手で魔力チュースイを口に含むメランダ。チュッと音が立つ。
「う、濃いっ……!う、ううっ!」
大きくのけぞるメランダを倒れてしまわないように抱く。
「いい、痛い、でありんす……!」
ぐぐ、と翼が伸び、俺の腹に当たってくる。
右腕もみるみる伸びる。
メランダのシャツが裂け、翼が露出する。
「あ、……あぁっ!……うぅぁぁぁっ!」
強張るメランダの身体。伸びていく右腕と翼。
壊してしまわないように、なるべく優しく、抱き寄せる。
「治ってきてるぞっ!気を強く持てっ!」
「は、はい、で……ありんすぅ……!ぬ、主さん……!主さんっ!
……う、ぅぅぁぁ!あ、ぁ、…………」
くたと、突然力が抜けるメランダ。息は——している。……気を失っちまったようだ。
俺は、メランダをそのまま抱き上げる。
右腕は肘まで、翼も腕でいう上腕くらいまでが一気に伸びた。その反動は、やっぱり凄まじいんだろうな。
「……また、あの部屋に寝かせてくらあ」
「ああ、……再度、経過観察が必要だろう。魔王殿、付いていてやってくれ。
……それと、」
「ハーピーにとって、翼は空を飛ぶだけではなく、種族としての象徴、誇りだと聞く。……それを他人に預けるという行為は、夫婦間でも滅多に行われない、ともな。
余が言えることではないと重々承知だが……彼女の気持ち、考えてやってくれ」
「……おう。……みなまで言われることもねえ。……ゴブ子っ!手伝ってくれっ!」
「ウんっ!」
◇
「モガッチ!なにスればいいっ?」
「おう、シャツ破れっちまったからよ、新しいの持ってきてくれ!」
「ワかった!」
まずは、メランダをベッドに寝かせねえと。
っと、ベッドに下ろそうとして、気づく。
あ、翼。……下にしちゃ、ダメだよな。横向き?うつ伏せ?いやいや、うつ伏せは苦しいだろ。よし、横向き。
とさ、とベッドに寝かせる。……熱は……無さそうだ。寝息も落ち着いてるし、とりあえず大丈夫かな。いやあ、マジで効果あった。魔晶石やべえな。……誰かの命の証、だもんな。
さて、……着替えはゴブ子に任せるとして……。退散退散っと……
うわっ!胸がまろび出ているっ!
だだだめだ、どうしようどうしようっ!
ええい、服脱いでかけてやれっ!
ガバとシャツを脱いだ瞬間——部屋の扉が開く。
「モガッチ!メランダにナにしてんノっ!?時と場合ヲ考えてっ!?」
こってりゴブ子に怒られた。
俺の言い訳など全く聞いちゃあもらえなかった。俺の脱いだシャツはもぎ取られ、メランダにかけられちまった。……まあそれはいいとするが、怒りのおさまらないゴブ子に「出てっテ!」と部屋を追い出されちまったので、仕方なくすごすごとブロン達の元へ歩いていく。
「うほい、ハンチョー!どしたの?なんで裸……ってもしや!もう一戦しちゃったわけっ!?」
「ちっ!うるせんだよ弦楽器っ!」
「ひぃ!マジ怒りじゃん!まあまあ、話なら聞くからさぁ」
「うう、ジャラン……。女って怖いよう。俺の話なんか全然聞いてくれないよう。シャツも返してくれないよう」
「え、それって、いっつもハンチョーが俺にすることだよね……?」
「それはいいんだよ。俺とお前の仲じゃあねえか」
「あ、そっかぁー。超仲良しだもんねっ!ズッ友!っておい!」
「班長、以後の予定ですが……」
「お、ジューク」
「魔晶石による治療を継続する、でよろしいですか?」
「……だな。ちょっと魔晶石には思うところもあるんだけどよ、しょうがねえ、かな」
「……その魔晶石ですが、先ほどので思ったより消費したようです」
「……」
「三つのうち、一つが半分ほどの大きさとなりました。
……8名の回復のためには足りないかと」
「……マジか」
「……余からも補足する。
どうやら、魔力抽出機構にもロスが大きい。急造品だから、というのが大きな理由の一つだが、ここではこれ以上の精度のものは作れまい」
「……でもよ、魔晶石を取ってくるってのは、俺は、嫌だな」
「早まらないでくれ。
まだまだ仮説の域を出ない話ではある、が、試したいことはある。……もしこれが叶うなら、この世のエネルギー事情をひっくり返すようなこと、なんだが」
「試したいこと?」
「魔王殿はモルモイの『施設』で魔石を砂のように砕いたろう?魔族らが嚥下しやすいようにと。……その砕いた魔石を使う……可能であれば再び固めたものを使う、というものだ」
「え、ただ砕いただけじゃねえの?なにか変わるもんなのか?」
「さて、な。
やってみなければなんとも言えんのが魔導科学というものさ」




