3ー3
「チィっ!」
——ムロガ帝国、魔晶石研究所。
帝国大臣、兼ねて研究所長であるヴォルフガルドは研究所内の私室にて部下からの報告書を読み込んでいた。
「……なんだとっ!?」
ガタリと大きな音を立て、椅子を立つ。
椅子は後ろに倒れてしまった。
「クソっ!」
ヴォルフガルドは椅子を蹴り飛ばした。
ガンと音を立てて椅子は壁にぶつかる。
「愚鈍な老害め……!」
魔晶石の発見者であるブロン帝は、確かに賞賛に値する功績があることは認める。……しかし、くだらないヒューマニズムなどを、あろうことか人間でもない魔族如きに向けやがる。
この私の研究によって、より痛みを、より過酷な状況で与え続け、魔石を過度に与えた個体からは、より高純度な魔晶石が収穫できることまではわかったというのに!……それをあの老害め!誰のおかげで帝国が保たれてると思っているのだ!
「しかも、『視察する』だと!?
……クソっ!……なんとかしてやり過ごさねば……!」
机の上の書類に再び視線を落とす。
『魔晶石生産施設における、魔族による魔晶石譲渡状況の確認、及び施設保守状態の確認について(通達)』と題された書類には、ブロン帝自らが『施設』の確認に赴く旨が記される。さらには陪席大臣として、セルゲニコフ軍務統括大臣の名がある。
もちろん、帝都イスキの近くの施設はブロン帝の理想に近い状態で管理されている。問題は郊外だ。
郊外の『施設』は彼の理想とは真反対、より効率的な魔晶石『収穫』のため、魔族どもを痛めつけることに特化している。
あのような状況をブロン帝が知れば、私の政治的立場どころか、投獄……、最悪は処刑される可能性がある。
……そして今回、その郊外を対象とする旨、通達があった。
「……いっそ、事故にでも遭ってもらうか……?」
いや、ここで焦っては今までの苦労が泡になる。
しかし、現在試作中の新型超導兵器は高純度魔晶石が不可欠だ。生産を止めることはできない。
「……エルモア……」
魔王に消されたという拠点の一つ。
エルモア旧鉱山をくり抜き、『施設』としていた。
信じがたい話だが、エルモア旧鉱山は、その母体である山ごと、魔王の魔法により消された、という。
あまり、生産力の高い『施設』ではないので、消されたこと自体は大したことではないのだが……。気にかかるのは魔王の魔法のほうだ。
ブロン帝の言ったとおり、現状の超導兵器でも、山ごと消し去るほどの威力はない。……あれ以上の威力では砲身が持たない。
そして、……あの拠点を消した魔王は手負いながらも南へ消えたという。……つまり、魔王は死んではいない。
ブロン帝と魔王が出会ってくれれば……私が手を下すまでもない、か?
いや、可能性は低い。手負いの魔王は出歩きもしないかもしれん。……出会わないものとして、考えておくに越したことはない。
やや時期尚早か、とも思うが……。
新型超導兵器の試射という手もある。大量の魔晶石を消費するのは痛手ではあるが、試作中の失敗ということにすればあるいは……。もしくは、ブロン帝は魔王に討ち取られたと喧伝し、魔王打倒の一撃として……
うまく立ち回れば、私が帝権を得ることも可能……か。
……いや、それは奥の手だ。
奥の手、……だが。
「ふ、ふふ……」
邪魔な『帝国の黒き大剣』——セルゲニコフも同時にやれるなら、かなり現実的ではないか。
◇
俺たち3人は、あれから3日歩き、ジュークの話によれば間もなく目的地に着く。
そろそろ目的地ということもあり、ジュークは俺とジャランより前方で偵察しながら進んでいたところだが、早足気味に戻ってきた。
「班長。前方から見慣れぬ鎧姿、4名が近づくでござる。にんにん」
「へえ、なんだろうな」
「え、帝国じゃねえの?」
「わからん。見覚えのない意匠だ。
もっとも色は青、というくらいしかまだわからん」
「え、上忍様でもわからないんですか〜?」
「チィっ!」
「……うわ、マジ舌打ちじゃん……。ごめんって」
「とにかくよ、進まなきゃ着かねえんだから。
青鎧は気になるけど、それも進みゃわかるだろ」
「然り」
「おお、『然り』も使いこなしてやるなあ。ジューク」
「恐悦至極」
「ジャランも少しは見習わねえとな」
「……どうせ俺は弦楽器ですよっ!……俺は俺のいいところを探してる途中なのっ!」
拗ねるジャランを見て笑う。いやいや、役立ってるじゃねえか。弦楽器。
……と、ジュークの報告にあった青鎧が見えてきた。
「う、うわぁぁぁ!?」
「なんてこった!なんてこった!恐れていたことがすぐに現実になるとは!」
「ま、魔王……!」
目が合うなり勝手に驚き出した青鎧達。
……ヘドバン赤鎧4兄弟改め、——帝国の勇者は、盛大に尻餅をついた。
「へ?……何お前ら……?大丈夫?」
「班長……。こ奴等……エルモアで逃した赤鎧どもにござる。にんにん」
「へえ!?……元気だったか?
イメチェンまでしてどうしたんだ?」
「う、うわぁぁ!く、来るなぁっ!」
「あれ?……お前ら……
その頭のヤツ……もしかして、勇者か!?」
「は、はいっ!勇者ですっ!なっちゃいました!
え、えっと、こっち来ないでええ!」
「マジかよっ!」「はいっ!マジです!」
「それにしてもよ、えらい嫌われたもんだなあ」「き、嫌ってませんっ!」
「じゃあなんで後退りしてんだよ?」「はいっ!すみません!身体が勝手に!」
「その頭、くれよー」「え、ええ!?頭!?」「ひいいい!」「オヤツにするつもり!?」「来ないでええ!」「お、おま……」
ガヤガヤ騒ぎ出す青鎧達。俺は大きくため息を吐く。
「うるせえぞ」「あ、はい。すみませんでした」
「いいからそれ寄越せ。頭の……それ。そのよくわからんヤツ」
「……え?こ、コレっすか?」
青鎧の1人が頭のアレを外して手渡してくる。プルプル震える手で。
憧れの頭のアレを受け取った俺はまじまじと観察する。
「……鉢金みてえになってるんだな。
……っていうか、鉢金そのものじゃねえか。
頭の後ろを紐で縛って……なのかぁ。ふむふむ」
くにゃ
「……あっ」
鉢金?は、いじくり回す俺の指に耐えきれずに折れ曲がっちまった。嵌め込まれてた宝石みてえのが外れてポトリと地面に落ちる。
「……えっと。
……返す。ごめん」
「……あ、はい……」
「ところでよ、こんなとこで何してんだ?」
「えっと、巡回を命じられまして……」「あっちの施設の周りを回っておけ、と」「お、俺の頭のアレがぁぁ……」
「へえ、『あっちの施設』ねえ」
「はい!今日は帝王陛下と大臣閣下が視察に来ていますので!」「おいバカ!」「俺たち勇者としての初任務中なんです!」「……頭のアレは、壊れちまったけど……」
「帝王ってあの帝王?一番えらいヤツ?」
「はい!そうです!」
「へえ、じゃあよ、そいつの話聞いてみて、悪いヤツだったらブッチめる、という方針だな。
ジュークは話聞く担当、ジャランはBGMな」
「承知」「うぉーい!それ、弦楽器の仕事じゃねえか!」
「そいで、お前らは……勇者だし、取り敢えず俺の味方?」
「ちょーい!なんでずっと前から一緒にいる俺が弦楽器でぽっとでのこいつらが味方ー!?ハンチョー、そりゃないっすよ!」
「ガッハッハ!冗談冗談!
……よっしゃ。
じゃあ俺らは1時間くらいしたら攻めるからよ。
……しっかり守れよ?勇者共!」
ごちゃごちゃと何やら叫ぶ青鎧達だったが、ちょっと凄むと4人揃って走り去った。うん。仲良しな奴ら。
「ふう。……なんだぁ……冗談か。安心安心。……で?俺の仕事は?」
「「……」」
この前のところ……なんとか山が悪かっただけでここはまともかも知んねえし。……今回こそはキレない。たぶん。不殺だ。心の逆刃刀でブッチめるぜ!




