2-11
昨夜の打ち合わせのとおり、最初にジューク、次に俺。最後にジャランの順で、馬車の連中を見張るという手筈だった。——そう。昨夜までは確かにこの手筈だったのだ。
「班長。
……すみません。交代お願いします」
「……おお」
声を落としてジュークが俺を起こす。
前世ぶりの不寝番の交代だったが、体は慣れたもので、すぐにスイッチが入るのを感じた。
……俺の当番は2時間。
時計なんてないから腹感覚だけが頼りだったが、「きっちり2時間経ったよ」と腹がつげたのでジャランを起こす。
「おい、ジャラン。お前の番だ」
「ふぁい」
何も起きなかったことだけ簡単に引き継ぎし、もう一度俺は目を閉じる。……次は4時間後。のはずだった。
「班長!大変です!」
「うお!どうした!?」
「馬車がいません!」
「うえ!?なんで!?」
「わかりません!」
「え、ジャランは!?」
「いません!」
「マジかよ!?」
突然ジュークに起こされたのは、まだ夜が白み始めたころ。時刻にして5時前というところだろうか。
昨日俺たちが交代で休み始めたのが概ね22時頃だった。だとすると、俺の当番は0時から2時。ジャランに交代してから3時間が経っている。
ジャランのタコツボはもちろん空。内壁にも体温は残っていない。つまり、ジャランがタコツボを出てから相当な時間が経っている。
ジャランのテキトーな性格を考えると、しょんべんにでも行ってその辺で寝てるなんてことも考えたが、流石にそこまでテキトーではないようだ。
馬車のいた場所を探る。……争いの形跡、なし。
野営の形跡についても丁寧に消している。焚き火の炭すら落ちてねえ。
だが、最低6人の重量と魔石を積んだ馬車の轍は消しきれねえ。向かった先は追える。
さて、ジャランは……。
「状況的には、馬車を追った……が有力かな」
「次点で馬車につれさらわれた、というところですかね」
「なんかの理由で離れているだけだとしても、アイツならこの轍に気づくだろ。
……なら、俺らのやることは決まりだ」
「そうですね。……この轍を追う」
「ああ。すぐ出るぞ」
「はい」
◇
普段から通行量はそこまで多くない道なのだろう。
轍を追うこと自体に難はなかった。
しかし、ジャランの痕跡だけが見つからない。
やはり、捕らわれたと考えるのが自然なのかも知れない。
……だとすると、敵は一応軍属だったジャランをなんの抵抗もさせることなく捕らえてしまうだけの練度を持っていると仮定しておく必要がある。
もしかしたら、この追跡自体もすでに察知されていて、どこぞの茂みから刺客が襲いかかってくるという可能性も否めない。
自然と上がる俺の警戒心はすでにアラートを発報している。全周に気を張り巡らせ、小蝿一匹も見逃さない。
今なら、ナイフが首に当てがわれても、皮を裂く前に相手を制圧できる。
「……班長」
「なんだ?」
「その、気を張りすぎでは……?
わ、私の方が参ってしまいそうです」
そういうジュークを見ると、額に脂汗を大量にかき、目が血走っている。
……しまった。気を当ててしまったか。
「おお、すまんすまん」
殺気だけを抑える。全周に張る警戒網はそのままに。
「……そ、それに、エルモアが見えてきました」
「……轍の本数が増えたわけだ」
「ええ……
それに、壁があります」
「壁?」
「はい。
記憶では、廃坑になる前のエルモアにはなかった壁です」
「なるほど。……やっぱり臭えな。
まだ遠目で見えねえけど、門の数も少ねえだろうなぁ」
「……門の数……ですか?」
「ああ。
……ここまで隠してるくせに、轍が集中しすぎだ。
門は多くて数ヶ所ってとこだろ」
「なるほど、盲点でした」
「お前らの街とおんなじだな」
「……え?」
「中身を管理したい、勝手な出入りをさせず、閉じ込めておきたいって感じだ。
外からどうこう、外へどうこうって作りじゃねえ」
「……なるほど……
さすがの慧眼です」
「お、今度は本気っぽい「慧眼」だな」
「……恐れ多いです」
「……お前も、俺のせいで消耗しちまったからな。
道脇の藪に潜んで休もう。待ってるもんもすぐ来るだろ」
「……ありがとう、ございます。
……しかし、……「待ってるもの」ですか?」
「……そのうちにわかるさ」
◇
藪に潜み、1時間は経ったろうか。
班長の言う、「待っているもの」もわからずに。
ただ「休め」とだけ。
……もしかすると班長は夜を待っているのかも知れない。
夜の闇に紛れてあの壁を越える、というのか?
現在の時刻は真昼間。12時を回ったか、というところ。
しかし、「すぐ来るだろ」とも言った。
夜に対して「来る」と言うだろうか?
まだ暗くなるまで5、6時間はあるだろうというのに。
わからない。
……しかし、安直に「何を待っているんです?」と聞くのは、無能の証明のような気がしてしまう。……そういうのはジャランの役目なのに。
……死んでしまってはいないだろうか?
班長はあえて、この可能性について言及しなかった。
ジャランが抵抗する間もなく捕らわれた可能性を言及したのに。……アイツが、抵抗する間もなく殺されてしまったという可能性を。
だとしたら——アイツを殺したのは、俺だ。
わかっていたんだ。俺が班長について行くと決めたなら、アイツもついてくるってことは。そうでなくとも、俺が誘えばついてくるとも思っていた。
それなのに——
ドン
背中を叩く、班長のでかい掌。
「……来たぞ」
「え……」
夜じゃない。
班長の顔を見ると、班長は轍の残る道の方を見ている。
恐る恐る、同じ方を見る。
屁っ放り腰で何かを抱えて、轍を進むジャランだった。
「……ええ?……」
「おい、こっちだ!」
班長の声が届き、びくりとするジャランだったが、すぐに顔を崩し「ハンチョー!」と胸に何やら袋を抱えて駆け寄り、藪に飛び込んでくる。
ふわと香るパンの匂い。
「……パン?」
「そうそう!パン!」
嬉しそうに袋を開き、突っ込んだ手にパン。
「俺さ、街の畑作業の人らに朝パン配ってるの思い出してさ!取りに行ったら……馬車もいねぇし、ハンチョー達もいねぇんだもん!でもさ、ちゃんと3人分パンもらえたんだぜ!」
「……ジャラン……」
「うえっ!?ジュークお前泣いてんの!?なんで!?
……そんなに腹減ってたの?
俺も腹減ってたけど、ちゃんと今まで食わずに持ってきたんだぜ!ほら!パン取れ!」
「うう……、ジャラン……お前、そこまでアホとは……」
「ええっ!?……なんでアホ?」
「ジャラン」
「はいっ!ハンチョー。
ハンチョーのパンっす!」
「ホウレンソウな」
「ほうれん草?……違うっすよ。
……コレはパン」
「……パンは、……ありがとう。
……でもな、報告、連絡、相談。略してホウレンソウ。
コレは、基本のキだからよく覚えとけ」
「ほうれん草が、基本の木?
ほうれん草は草でしょ?
変なこと言うハンチョーだなあ」
あはははと笑いだすジャラン。
俺は1つだけため息をつく。
「班長、すみません……。コイツ、アホなんです。
でも、アホだけどいい奴なんです……」
震える声のジューク。まだ泣き止めてねえ。
「うん。……そうだな。
よし、パン食おう。
ジューク、後でよく言っておいて」
「……はい……」
「んじゃ、いただきます」
「味わって食えよな!
結構苦労したんだから!」
「ジャラン。うるさい」
「ジャラン。アホ」
硬いけどぎっしりと中身の詰まったパンは、ちょっとだけ涙の味だった。




