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異世界2日目。
俺は、喉の渇きで目が覚める。……腹も、減った。
木々の間から差し込む朝日が目に沁みる。……うん、いい朝だ。……これで白米と生卵と漬物があれば大正解なんだがなぁ。あ、醤油もか。……いや、焼き鮭もいいなあ。味噌汁はマストだろ……。
まあ、ないものを欲してもしょうがない。
きっとこの異世界にも、どこかにあるだろ。そのうちまた食えるさ、と、腹の虫が暴動を起こしかねない考えを封じ込め、竹水汲み上げ器(性能評価中)に向かう。……と、……おお、マジか。置いた竹コップはすでに満水。周囲の土だけ雨が降った後のように濡れている。いやいやいや、すげえ高性能に感動する。竹コップには500ミリリットル位の水。……ということは、1リットル位は水が出た、ということだろうか?……もったいないことをしたなあ、と、代わりの竹コップに置き換え、ちまちま飲んでみると、ちょっと青臭いが甘みがあってとてもうまい!……一気に飲み干したくなる欲望を何とか抑え込み、……次だ!
水問題はひとまず解決として、次は、……やはり、火、だろう。何か食えそうなものを見つけたとして、生で食うのはリスクが大きすぎる。こんな森で腹を壊したら最後、身体の水全部がケツから噴き出ることになる。……つまり、死ぬ。だから、現時点で生食は餓死寸前まで我慢だ。川も海も見つけてねえんだけど……うう、刺身食いてえ……。生食って考えたら魚が一番に出てきちまう。流石は演習後に食いたいものナンバー1(俺調べ)だぜ……。ああ、そうだ、イカ……あの白い宝石のような身にわさびをつけて、醤油をとっぷりとつけて……口に放り込んで、日本酒をカッと呑む……。ゲソはバターで炒めてよう……。ああ、ダメだダメだ。腹が減って食いもんのことばかり考えちまう。なんにせよ、今は、火、だ。……あのシイタケみてえなやつを炙って食ってやる。
多分、今の俺は目が据わっちまってるだろうな。3夜4日の演習の終盤のような顔をしてるに違いない。あの、動くものみな肉に見えるような精神状態。水分が確保された途端にこれだ。人間の欲って奴はいけないねぇ。……とにかくよ、昨夜拾った折れた枝、太いやつの皮を黒曜石ナイフで削り取り、細い枝先を当てがい、それを両掌で挟んだらきりもむ!きりもむ!きりもむ!
煙も出ねえ。っていうか、またやっちまった。……ダメだ。腹が減りすぎて、脳に糖分も足りてねえんだろう。こんなんで火がつくのは、しっかり乾かした木だからこそであって、もっと工夫しねえとダメだろ……。どんなことだって、準備が8割。その準備を怠って成功する訳ねえ。……そう、田中に毎日小うるさく言ってたのに、当の本人がこれじゃあ、な。
アレだ、弓きり式、だっけかな。アレをしよう。……まずは、昨日のロープ作りで余った大麻様の繊維を撚り合わせ、細い紐を作る。……で、両端にこいつを結んだ枝を細枝に十字になるように配置、細枝の上部には切り込みを入れて、細紐のちょうど中間を挟み込む。この枝を上から押しつけるための中央に窪みのある石を探しだし、火きり板となる太枝にはV字の切り込みを入れ、ほぐした大麻様の繊維、種火を落とす枯れ草、折れた枝を準備。
火がついた時のために、シイタケみてえな奴を脇に置いて。……よし、トライだ。ダメならダメで何度でも。
細枝をくるくると巻き、弓を引くように何度も横棒を押し下げると巻き付いた紐が細枝を回転させ、火きり板に置いた大麻の繊維に摩擦熱を与える。今度はすぐに煙が出始め、やがて赤く光を放つ。今度はこの赤い火がついた繊維を枯れ草に放り込み、息を吹きかける。よし、火がついた!……今度はこの火を消えないように、枝に燃え移らせて焚き火を育てる。まだまだ。油断するな。そう自分に言い聞かせ、枝に刺したシイタケを焼いていく。しだいにシイタケは傘の裏から水分が溢れ出し、しんなりとしぼみ、いい匂いを醸し出す。より一層騒ぐ腹の虫。
――いただきます!……クソ熱い!うめえ!
塩も無い。バターも、醤油も、愛用のスパイスも無い。だけどまごうことなきシイタケ!こいつアホだろ!こんなに美味かったら食われちまうの当たり前じゃねえか!……種として、食われちまう運命を受け入れにいってるその覚悟、気に入ったぜ!
俺は両手で抱えるほどにあったシイタケを気づけば全て食い尽くし、座ったまま後ろ手に木々の合間の空を見上げる。少しだけ落ち着いた腹を撫で。
また、シイタケを見つけたら全て食ってやろうと心に決め。
そういや、と、1個目のシイタケ齧った瞬間に聞こえた『ペラ〜ン』の通知音を思い出す。――レベルアップ。ウインドウにはレベル4の表示。大事な情報なんだがこれを後回しにしてしまうほどの感動がここにあった。シイタケ、マジやべえ。
さて、まだまだやることは山積みだ。
まずは大麻様だ。茎を集めて、乾燥させるために木に立てかけておく。パンツは大事だからな。剥き出しちんこ状態は一刻を早く卒業したい。ムカデとかに噛まれたらたまらんしな。
次に住居だ。木々の合間に立つ細い木を切り、枝葉を落とし、敷き詰めた草のベッドの上に骨組みを作る。
昨日は原始人以下の睡眠だった。……現状でもまだまだ竪穴式にも劣る住居だが、これで風雨は避けられるようになった。……無いよりマシだろ。
と、作業を進めながら、昨日からの赤子ボディの成長を実感する。レベルが1から4となり、普通のRPGプレーヤー達なら最初の町から次の町へ向かう頃だろうか。……まあ、俺は最初の町周辺からレベル20くらいまでは離れない派だがな。
赤子ボディはレベルと共に成長し、知らない間に歯が生え、3〜4歳、くらいだろうか?……幼稚園に入るくらいの年だっけ?まあ、俺自身に子育ての経験がないので、その辺はただの想像というか、推察というか、だが。
もう、赤子ボディなんて、バカにはできない。せめて、幼児ボディだな。……ということで、バイバイ赤子ボディ!こんにちは幼児ボディ!もう少しでフリチンが許されるボディ年齢がオーバーしちまう!早く乾いてくれ!大麻様!
フリチン解消は目下の命題だが、水を貯めるツボ的なものが欲しい。例えば木の実なんかを採った時にも、貯蔵する容器があると便利だろ。土器……とか、かな。そのためには粘土。……もちろん手元には無い。どこにあるかの見当すらついてない。
……とりあえずは竹を利用するか。建材にもなるし、節を利用すれば容れ物にも水筒にもなる。鍋にもなるっていうし、槍にもなるし、弓にもなる。竹ひご使ってカゴを作ったり、な。……うまくいけば筍だって食えるかも。あれ?シイタケもアホだなと思ったけど、竹も大概アホだな。超高性能。……そういや、電球の元になっただとか、戦闘機用の増槽の骨組みになったなんて話もあるしな。今もせっせと水を汲み上げてくれてるのも竹だし。……すげえぜ!竹様!
異世界生活はまだ2日目。野生動物にもモンスターにもまだ遭遇しておらず、きっと人間もこの近くにはいないんだろうけど、こちとら幼児ボディ。とにかくは武装と、拠点の防衛を主眼に置いて、竹槍と弓の製作に取り掛かることにした俺は、2、3本の竹を切ったところでふと気づく。あれ?青い竹って結構柔らかくね?……そうか、水分だ。あんなに水を汲み上げるんだもんな。下手すりゃ食えるかもって感じるくらいには瑞々しい。齧ってみたらすっげえ固かったけどな。……で、思い出したのは、火で炙ることと、しっかり乾燥させること。マジでちゃんとした和弓なんかは一本作るのにも年単位の時間がかかるって聞いたことがある。そんなすげえ弓は今必要なものじゃない。動きの早い小動物を仕留められる程度であればいいのだ。それは、槍にも言える事で、刺したら刺さる、そして壊れない程度でいい。ざっくりと火で炙り、水分を抜いたら穂先を鋭く加工して、よし、槍完成!ナイフで形を整えて、麻紐で弦を張って、弓完成!
さて、次は矢をこしらえるか、と、腰を伸ばした時だった。
――ガサッ!
俺の動きに反応したように茂みの方から音が鳴る。生き物、か?……そこまで大きくはなさそうだ。野うさぎあたりだと嬉しいが、ここは異世界。他の何かかも知れない。
ゆっくりと、作ったばかりの竹槍を握る。残念ながら矢はまだ作っていない。飛び道具があればはるかに優位だったが、悔やんでいる場合じゃない。
竹槍を拾った時と同じく、ゆっくりと、茂みに穂先を向け、じり、と前に出る。
さあ、いつでもいいぞ。まだ見えない何かと目が合う。そんな感覚。
――一瞬の間が空いて、茂みから両抱えほどある何かが飛び出してきた――
長い耳、ふわふわそうな毛並み、愛らしいひとみ、力強く地面を蹴る後ろ足、肉球を触りたくなるもっこりした前足、ウサギだ!――でもよ、普通ウサギって、逃げるよな?それが、突進してくる。額に生えた鋭利な角を真っ直ぐこっちに向けて。
ゲームに出てきたあのまんまのお姿!何万匹も狩り、いつか本当に食えたらな、と夢にまで見た肉!……いや、角ウサギ!
「うおお!食ってやるー!」
奴の角が迫る前に、竹槍を突き出す。穂先は角ウサギの胸に食い込み、皮を裂き、肉に潜り込み、骨の感触が槍を持つ俺の手に伝わり……、次の瞬間、ドンという強い反動に変わった。突き出した槍が後ろに押され、角ウサギが身体ごと俺の身体へ……
おお、これが、走馬灯ってやつか?
スローモーション。
角ウサギの角が、ゆっくりと近づく。俺の腹に食い込む角。腹の皮が破られ、腹膜を突き破る。
幼児握力で支えきれなかった竹槍は俺の手を滑り、今にも尻餅をつきそうな俺の尻の向こうで、石突が地面に当たる。その瞬間、角ウサギの身体が止まり、俺はそのまま尻餅をついた。
……そのおかげで、腹に刺さった角は抜け、ドバッと血が出る。……内臓は、無事であってくれよ……。
角ウサギは穂先を深く身体に食い込ませ、虫の息。
よしよし、とどめを刺してやる。
黒曜石ナイフで首を切ってやる。
角ウサギが絶命した、その瞬間。
『ペラ〜ン』通知音。
レベルアップだ。表示は一気に2上がり、6になる。ムズッとした感覚を確かめると、腹の傷が塞がっている。
「……よっしゃあ!」
腹の傷が治った安堵よりも、異世界初肉の喜びが大きい。一気に元気になった俺は角ウサギの後ろ足を結んで木の枝に逆さ吊り。美味しく食うためにはまずは血抜きだ!
――この時の俺は、見ての通りはしゃいでいたために、大変な見落としをしていた。
それがわかるのも、すっげえ後のことなんだけどな。




