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深い森に投げ出される俺、レベル1、1歳(くらいの身体)。直前まで着ていたはずの年季の入ったジャージはぽっこり腹が縮んだことで支えを失い脱げ落ちてしまった。着衣はODシャツ一枚のみ。
くそう、セフィアさんめ、レベル1スタートとは聞いたが、身体まで1歳に縮むなんて聞いてないぞ!……とまあ、文句を言うのはここまでにして、とりあえずは現状の把握だ。
現在地は……森。昼時なのか、木々の合間から明るい光が差し込むが、木が多いせいか薄暗い。この森自体にも見覚えがない植生が多いが、すぐ近くの倒木に、シイタケらしきキノコが生えているのを見て、すぐに飢えることはないと判断した。……今の俺が食うことができるかどうかは別問題だが……。きっと他にも食えるもんはある。……近くに生き物の気配は感じないが、危険な生き物はいるかも知れない。ここには厳重に注意を払うべきだな。
俺は早速、この赤子ボディの性能を確かめることに専念する。
ふむ……。膝や肘に力が入らず、立つこともままならないが、首だけはうまく動くようだ。……首が座る、というやつか?
そして、とにかく腹が減る。そして眠い。
これが目下の問題点と言えるだろう。
自身の身の安全もままならないまま、眠気だけはしっかりある。そして、兵站もなく、補給の目当てもない空腹……。すぐに餓死するわけではないが、これも差し迫った危機と言える。
……世の中の赤子、よく生きてられるよな。と、一人感心する。まあ、こんな森の中で保護者もなし、……こんな状況、あってたまるかよ、って感じなんだが。
俺は、なんとか力の入れにくい首を動かし、周囲を見てみる。
とにかく、何か飲めるもの、だ。食い物があればなおいい。
持ち物……といってもヨレヨレのODシャツのみ。……この未発達であろう、赤子耳を信じるのならば、近くに川などない。……こりゃあ、植物からいただくしかないか。石を割って、簡単な石器を作り、植物の幹を傷つけ、そこから水をもらおう。幸いなことにすぐそばには竹が自生している。こいつならかなりの量の水分を得られるはずだ。
俺はうまく動かない四肢をフルパワーで動かし、手頃な石を探す。黒曜石なんかが見つかれば最高なんだが、そうそう都合よくはいかねえかな、と、思っていたが、シイタケの生えた倒木の根返り穴で黒くて艶のある石……黒曜石を見つけた。
この黒曜石という石は天然のガラスとも呼ばれる石で、割ればナイフにも、メスの代わりにもなるというすげえ便利なヤツだ。
「うおおお!やったぜ!」と叫びたいところだったが、どんな危険生物がいるかもわからないこの場では流石に自重する。……といっても、赤子声帯でどこまで喋れるのかなんて、俺にもわからねえし。
なんにせよ、まずはこの黒曜石を割らねえとこのままじゃ使いもんにならねえ。
俺は、そこいらの石を土台にして黒曜石を置き、同じくそこいらの石を握り、ガンガン叩く。
ガン、ガン、ガン、木々に乱反射する石のぶつかる音。……よし、思ってた通りだぜ。赤子腕のそもそものパワーが全然足りねえ。
なにか、代替案はないか……?
周囲を見回すが、黒曜石を落として割れるほどの高所は見当たらない。
木に登れば……
いや、この赤子ボディでそれは不可能だろう。
……草、だな。
編んでロープにして、結びつけて遠心力で何とかなるかもしれん。
俺はくりっと首を目的の草が生える方向に向ける。
確証はないが、……あれは、演習場でたまに見かける、言わずと知れた、違法草の王様……大麻だ。
……もっとも、こいつの葉にも花にも興味はない。俺が欲しいのはこいつの茎だ。
こいつの茎から取れる繊維はロープにも、衣服にも適している。つまり、こいつが俺の生存率の向上に直結する。
早速摘むか、と一本の大麻の茎を握ってはみたものの、赤子パワーは俺を裏切らない。やっぱりな、と、茎を倒し、握った石で茎を叩く。
……さすがは大麻様のめちゃ強繊維を持つ茎、といった感想が正しいかは置いておいて、何度も何度も石を叩きつけて、ようやく茎が千切れた時だった。
『ペラ〜ン』
お、【オーガクエスト】お決まりのレベルアップ音。視界の隅のレベル表示が2に変わる。……おいおい、大麻の採取で経験値が入るわけ?
なんにせよ、レベルアップ。赤子ボディの性能再評価をしないと、な。
さっきよりも、一回り大きくなった、気がする。
指も腕も足も伸びた、気がする。
さっきよりも安定して立てている、気がする。
……ふむ。
成長した……気がする。
ウインドウに表示されている情報は、『モガトシ』と、『レベル2』だけ。HPとかMPとかって表示されないのか?……おかげで、なんとなく成長したかも?くらいの実感しかない。――あ、あと、眠気がすっと消えた。あれだな、レベルアップで全快するやつ。きっとそうだ。
それならよ、と、早速ロープ作り。
とりあえずは黒曜石を結んでぶん回せればいいわけだし、太さは追求しないし、長すぎても取り回しづらいだろう。
そこら辺の石の土台に茎を置き、やっぱりそこら辺の石で叩く。繊維をほぐしてよりわけ、クリクリとねじり巻いていく。赤子指は簡単に悲鳴をあげて、皮が剥ける。まあ、これはしょうがない犠牲として諦め、作業を続ける。
木々から漏れる光が赤くなる頃には、ざっと、2メートル程の細いロープが出来上がった。暗くなる前に石器を作り上げ、水を得る準備まではしたい俺は、黒曜石を出来上がったロープの先端に縛りつけ、もう一方の先端を持ち、黒曜石が弧を書くように、遠心力の力で石の土台に向けて振り下ろす。
何度目かの挑戦。とうとうパカン、と軽い音を立てて、黒曜石が二つに分かれた。
拾い上げて確認すると、黒曜石にはしっかりと鋭利な面ができており、余った大麻の茎もすぱりと切れるほどの切れ味だ。
よしよし、と、竹を切りに向かう。
まずは、できるだけ若い竹を探し、先端が下を向くように曲げ、さっきのロープで曲げたままの状態で固定する。……で、先端を切っておけば、翌朝には水が溜まっている、……はず。
「くそっ!ウッカリしてたぜ!」と叫びたいところをなんとか我慢。……水を溜める容器がない。
太い竹を切って、節をコップにするか……。
『ペラ〜ン』
辺りが真っ暗になり、やっと竹の節のコップが出来た時、またしてもレベルアップ音。
おお、レベル3。
竹を切っても経験値が入る、か。
途端に消える指先の痛み。見てみると、皮が元通り。
やはり、レベルアップで全快するようだな、と確信。手足も明らかに伸びた。
……あと、もうひとつわかったこと。レベルアップでも空腹はどうにもならない。失った水分も同じだろう。
やはり、食うものと水。これの確保が最優先だな。きっと、水はなんとかなるだろうけど。
あとは、服、だな。
この調子でレベルアップして、身体が大きくなるのは構わない。むしろ、望むところだが……。今はこのODシャツがあるからまだいいとしても、俺、フリチン状態なんだよな。デカくなってシャツからはみ出る前に……何とかせねば。
大麻様でパンツを作る……か。
確か、乾燥させて……よく覚えてないがいくらか工程があったはずだ。この辺りはトライアンドエラーが必要不可欠だ……。とてもじゃないが、一朝一夕というわけにはいかないだろう。
で、あれば、だ。
今は、とにかく、夜を無事に過ごす準備だ。
寝床、火、食料……上げればキリがない。野生動物やモンスターから身を守れるよう拠点化も進めんとな。柵、壁、罠……。
やること、やるべきこと。やったほうがいいこと。
これを思いつく限り、まずやる。
黒曜石ナイフを手に、ODシャツ一枚のみを着た赤子が、真っ暗な森で枯れ草や折れた枝を集め、徘徊する。
こんなの、日本でやってたら完全に不審者だな。
……いや、赤子ボディの今は不審児か。
そんな異様な光景を、ちょっと客観視するとかなりヤバい絵面だが、俺はとても満足していた。
コントローラーを握っているだけじゃわからない、リアルRPGの予感に俺のこの、赤子ハートが高鳴っていた。
それにしても、レベルアップの仕様が謎だな。
動物やモンスターを狩った訳でもない。
今まで経験したレベルアップは2回……。1回目が大麻の茎を採った時、2回目は、竹から竹の節を取った時。――素材を集めた時に経験値が入ってるのか?
まあ、こんな考えてもしょうがないことは置いておくとして、集めた枯れ草にダイブする。
なんにせよ、休息は必要だろ。レベルアップで眠気は飛んだとはいえ、何も考えない時間というのは人間には必要だと思う。……酒飲んでぐったり眠るのが一番なんだが、酒もないし、赤子ボディだしなぁ。
こうして俺は、異世界1日目にして、再び酒を飲む日を夢見ながら眠りについた。




