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「くたばれ!オーガ帝国!」
暗い部屋でテレビ画面に吠える。
画面には頭に日本のツノが生えたいかにも凶悪そうな怪物。手に持つ大きな斧を力強く振りかぶり、振り下ろす。
痛恨の一撃!という文字が浮かび、画面が激しく揺れる。
「へんっ!ダメージ23程度かよ!」
俺は必殺のコマンドを入力する。
「これでトドメだ!」
会心の一撃!
凶悪そうな怪物――オーガキングが真っ二つになり、消える。
「よっしゃあ!10ターンクリア!最短記録更新だぜ!」
ゲーム機のコントローラーをポイと投げ捨て、テーブルの缶ビールを煽り飲む。
「どうだ!見たかよ、俺の勇姿を」
「班長〜……、今何時だと思ってんでヤンスか?明日も訓練なんだからちょっとは静かにしてくれでヤンス」
「お前、上官に向かって「うるせえ」とはいい度胸だ!こっちきてお前も飲め!」
「「うるせえ」とまでは言ってないでヤンス〜」
俺は笑いながら空き缶を机へ置いた。
「いいか。RPGってのはな、事前準備が8割なんだよ。序盤で徹底的に鍛える。アイテム集める。レベル上げる。そうすりゃラスボスだろうが魔王だろうが蹂躙できる」
「自分は最初から最強で、ザマァするのが好きでヤンス……」
「現実も同じだ。準備不足の奴から死ぬ」
そう言ってから、俺は壁に掛けられた迷彩服へ目を向けた。
陸上自衛隊。
野戦特科。
火力支援が主任務の部隊だ。
敵を近づける前に叩く。
脅威は、発生する前に潰す。
それが俺のやり方だ。
◇
あっめりかーのへいたいさんはおーにくときゃべつ
にほんのへーたいさんはきゃべつだけー
「朝飯っ!?おい、田中!起きろ!」毎朝お決まりの飯ラッパの音に寝過ごした、と飛び起きてみれば、自分の身体以外何も見えない、地面も壁も、何も見えない白一色の場所。
「……なんだここ?」
俺自身の格好は、長年使い古しのジャージにOD色のシャツで裸足。完全に寝る時の格好のままだ。
地面は、ある。足裏に確かな感触、ツルツルで、ワックス塗りたてみたいだ。視界全てが白すぎてどっちが上だかもわからなくなってしまうが、確かに足裏に地面がある。……風なし、気温湿度も過ごしやすいもので不快感なし。骨よし、筋よし、身体に異常なし。
『勇敢な魂よ……』
透き通った声に振り返ると、白い服(行ったことねえし、見たこともないけど神殿的なところにいそうな)を着た女がいた。
「勇敢な魂?何のことだ?」
『貴方のことです。
この宇宙において、現存する魂のうち、最も数多くのモンスターを討伐せしめ、幾度となく世界を救った魂よ……』
聞き返すと即座に返答がある。どうやら幻覚や幻聴の類ではないらしい。
「モンスター?」
そんなことを言われてもぴんとこない。俺は首をかしげる。……俺が、この宇宙一のモンスターを討伐せしもの?世界を救った?
「あの、言いにくいんだがよ……
人違いじゃあねえか?」
『人違いなどではありません。
確かに貴方の魂には、数多のモンスターの討伐の記憶、世界を何度も救った記憶があります』
女は胸の前で指を組んで、祈る人みたいなポーズをとる。
『ゴブリン種討伐450万匹……、オーガ種討伐250万匹……。
なんてこと!……竜種まで討伐しているではありませんか!?』
大袈裟に手を口に当て、驚きを口にする女。
しかし待てよ、ゴブリン、オーガ……それに竜って言ったか?そんなもんテレビ画面の中でしか見たことねえ。……だって、現実にいねえし……
『世界を救ったのは2458回!?……何て規格外の魂……!それに、魔王を倒すために他の全てを投げ打ち、研鑽を積み、圧倒的な力を……?……なんて自己犠牲の精神……!』
『貴方こそ人類の希望……』
「多分それは、ゲームの話で……猪なんかはよく狩っていたけどよ」
『ゲーム?……よくわかりませんが、ご謙遜なさらないでください』
コホン、と女はそれっぼく咳をする。
あれだな。……王様とかが重要なことを言う前の。
『そんな貴方に、折り入ってお願いしたいことがあります』
俺は、女が醸し出した厳かな雰囲気に、なんとなく姿勢を正す。
『私が管理する別の宇宙にある、とある世界を救っていただきたいのです。
……その世界には魔物が溢れ人類との間に問題を抱えているのです』
「なんか、聞いたことある話だな……。
あれか、田中が言ってた『転生モノ』ってやつか!」
田中……。マルビン底メガネのイガグリ坊主。一丁前に俺に文句を言うもんだから潰れるまで飲ませたアイツの顔がよぎる。急アル中になってなきゃいいが。
『転生……そうですね。そう捉えていただいて結構です』
「あれ?じゃあ俺は死んだってこと?」
『いいえ。死んではいませんよ。分祠したのです』
「分祠……って、神社とかのアレ?」
『そうです。魂のコピーアンドペースト。コピー元となった貴方は今も元気に田中さんと一緒に食事中のようですよ』
田中は無事だったことがわかり一安心だな。……っておい、IT用語が飛び出したじゃねえか……。絶対ゲームのことわかってるだろ……
でもまあ、ゲームみたいな世界への転生なんて、逃す手はないな。
「……なるほどな!
……で、俺は何をすればいいんだ?魔王を倒す、とか?」
『魔王と呼ばれる存在は、500年ほど前に滅びました。
貴方には、人類と魔物の間に存在する問題を解決して欲しいのです』
おおお!待ち望んでいた展開!
俺は内心ガッツポーズ。
つまり、神の導きで、堂々と、リアルRPG人生を送っていけるということだ!
「……よし、了解だ!
ところでアンタ、……神、様?なんだよな?」
『ああ、私としたことが名乗りもせず……申し訳ありません。
私は、創造神アストラに仕え、貴方がいた宇宙を統べる者、セフィアレーデセレスルミナと申します』
「長えな……。じゃあ、セフィアさん、な。
俺は加茂川俊郎だ!よろしくな!」
『カモ、ロー……モガトシ……モガロー……』
「……あー……、好きに呼んでくれ」
『では、モガトシ。旅立ちの時間です。この機を逃すと次の機会は500年後なので急ぎましょう。……最後に何か、聞いておくことはありますか?』
「……急だな……。
えー……、レベルとか、あんの?」
『あります。レベル1からスタートです』
「魔法、とか?」
『もちろんあります』
「よっしゃあ!
……えっと、あとは……」
『時間切れです。
他に聞きたいことがあれば、教会においでください。
それでは』
「ちょ……」
目の前のセフィアさんが光に溶けるように薄くなる。足裏に感じていた真っ白な地面の感触がふっと消える。落ち……、てはないな。何だかひどく不安を感じるが、それ以上に俺は、夢にまで見たRPG世界に行けるということに興奮していた。
「うおおおー!やってやるぜ!
まずはレベルカンスト!魔法習得!情報収集!
準備を整えてから魔物を蹂躙だー!」
あれ、……痛ててて……
身体が痛い。
節々が悲鳴を上げる。でも、外的要因によるものではない、と直感が告げる。もう、懐かしい、というより忘れ去ってしまった成長痛のような……
あと、気づいたことがある。
視界の隅にメッセージウインドウのようなもの。
これにはしっかり見覚えがあった。昨日の夜やってたRPGゲーム【オーガクエスト】でお馴染みのキャラクターのHPやレベルを表示するウインドウだ。そこに表示されているレベルの数値がどんどん減っていく。41、40、39……ちなみに名前はモガトシと表示されている。
「なんだなんだ!?レベルが下がっていくぅー!?」
そうこう言ってる間にレベルの数値は18、17……と下がっていき、とうとう10を下回る。
ここで、体の変化に気づく。
腕も、足も、40数年かけて育てたぽっこり腹も。少しづつ縮んでいる。……レベル=年齢か!?……ということは、1歳スタート!?
――この時の俺は、レベル上げに没頭するあまり、18年後まで人里に降りないどころか、文明にすら触れないことになるとは思ってもいなかった。




