2-1
お待たせしました。
新章開幕です。
2、3日に一話くらいで進められるよう頑張ります!
腹の減り具合から見て、約六時間。
里で聞き取った人攫い共が去って行った方向に走り続けてはいるが、今のところ、獣道もない山、という印象しかない。
まあ、その人攫いだって、十年前くらいに来たってんだから、今となっては痕跡なんか残ってないだろう。
そこに期待なんかしていない。
俺は、得た情報をもとにまっすぐ走るだけ。
谷を飛び越え、山だろうが尾根だろうがお構いなしだ。
大体こっちの方に、人攫い野郎共の本拠地があるんだろ。
だからよ、そのうちなんかしらを見つけるだろうよ。
とはいいつつも。
高い山や木を見つければ登り、一応見渡す。
直線で走って、気づけば敵陣深く、なんてのはカッコ悪いしな。
人間共の街を見つけたら、普通に入る。
……オーガ達に囲まれてたもんだから忘れかけちまってたんだけど俺も人間だからよ。正々堂々、正面から潜入してやる。
走って走って、食って、走って。
オーガの里を出て、五日目の朝。
森の終わりと、石造りの壁を見つける。
遠目にも、かなりの高さがありそうな壁。
まだ壁の中までは見えないが、きっとそうだ。
……人攫い人間共の街だ。
そう決めつけちまうのも早計ってやつか。……目の前の奴らには関係ねえかも知れねえし。
木から木へと飛び移りながら近づいていくと、石壁から放射状に広がる麦畑や踏みならされた土の道、そして、土の道の先には石壁の門が見えてくる。
まだ朝早いからなのか、道に人はなく、畑で動く人影が数名程度。
角……までは見えねえか。
……もう少し人通りが出るまで樹上に潜むことにした。
ほらな。言ったとおりだぜ。
眠いだとか、疲れたとか、思わなければ眠くなんかならねえ。
寝ようとしたから、眠かったんだ。
もちろん今は眠くねえ。
……どっちが幸せか、なんてのは火を見るより明らかだけどな。
そんなことを思いながら背にした木と同化する。
しばらくして、壁の中から白い煙が上がるのが見えた。
一本、また一本。
あの中で今、1日の生活が始まっている。
門を出入りする人間もちらほらと出てきた。
……そろそろ、か。
膝のクッションで音もなく木から飛び降り、麦畑へ身を滑らせる。
畑仕事を終えた風を装い、土道へ出る。
歩く人影に付かず離れず、自然に歩く。
……あれだけの門だ。警備くらいはいるだろう。
そこを通っちまえば、こっちのもんだ。
周囲の人の額に角がないことに少しだけ落胆のような、安堵のような気持ちを感じながら。
……ていうかよ、人間、ちっちゃすぎねえか?
俺の肩にも届かない身長。
……あ、そっか。俺、2メーター超えてるもんな。そりゃあ、周りっから奇異な目で見るわけだわ。
「で、デカいな……
ま、魔族……じゃないよな?」
「いやだなー、人間っすよ、俺は」
もちろん、門番にも簡単にロックオンされるわけで。
「それに、黒髪、黒目じゃないか」
「一体、どこから来たんだ?」
「あー……ニホン!
……じゃねえや、えっと、ヤマナシ!」
「山無し?
……そんな国、聞いたことないぞ?」
「あー……ほら!
東の海を超えた向こうにあるんだよ!」
「ウミ?……ウミって何だ?」
「は!?海知らねえの!?
川がぶわーって集まって、すっげえ水が溜まってるとこだよ!」
「ほう、そりゃあ、水汲みが楽そうだ」
「あー……そうそう、すっげえ楽なんだよなー。
……で、もういい?」
「いや、そのウミってやつの話を……」
「あー、海はな、……いやいやいや!
……俺、ウンコ漏れそうだから!すっげえ急いでるからまた今度な!」
「そうかい、そいつは引き止めて悪かっ……たって、言おうと思ったんだが、もう行ってしまったか」
「おい、よかったのか?行かせちまって」
「黒髪、黒目か」
「……そうだ。
……奴らが血眼になって探してるっていうじゃないか」
「……いいさ。
奴らのためになるってんなら余計に、な」
「ここも、……もう、帝国なんだぜ?」
「ああ。
……俺らの親世代を、魔導兵器でまとめて殺した奴らの、な」
◇
「よっしゃ。作戦成功ってな」
門をくぐり、両脇に建物が並ぶ石畳の道を二筋ほど走った。
門番たちは追っては来ていない。
なら、一先ずは潜入成功だ。
「……に、してもよ」
辺りを見回すと、様々な髪色をした人々が行き交っている。
門番もそうだったが、俺の黒髪黒目はどうやら珍しいらしい。というか、見回す限り俺一人だ。
「こいつを隠さないと……目立つな」
デカいのは隠しようもないが、髪なら隠せる。
手拭いがわりの布でちょいちょいっとな。——これで完璧!
気を取り直して周囲の観察をする。
この世界に転生して、初めての人間の街。
見たこともねえ文字で書かれている看板。それでも、何て書いてあるかはわかるという不思議。
建物なんかは、石造りで中世ヨーロッパって感じかな?っても、ヨーロッパなんて行ったこともねえけどな。
多くの建物が、どこかしら壊れている。なかには廃墟みてえに崩れた建物もある。
……争いの爪痕……か?
だとすると、この壊れ方、一箇所を狙った攻撃じゃねえな。
絨毯爆撃みてえに、街全体を無差別に叩いた跡だ。
それでも道は綺麗だ。破片の一つも落ちてねえし、ところどころ補修の跡が見て取れる。
それにしても、さっき通った壁だけは街の建物と比べて妙に新しい。傷もない。
争いの後に建てられた、って考えるのが自然だな。
……で、その壁はどうやらこの街をぐるっと囲っているらしい。
近くの崩れた建物にひょいと登って見渡すと、遠くに反対側の壁が見える。……直径二キロってとこか。
それなりに広い街だが……外に出るには門を通るしかないってんなら……檻みてえな街だな。
道ゆく人々は、七色どころじゃなく様々な髪色。
角なし。耳も尖ったりしてねえし、鼻も豚みたいじゃなし。尻尾もなし。
髪色以外は、ザ!人間!って感じだな。
……染めるのが流行ってるとか?……いやいや。
「やっぱり、どこかオリとかに入れられちまってるのかな……?でけえ建物とか……」
ま、片っ端から見てみればいいだろ。
なんか、RPGで初めての街に着いた気分で目の前の建物の扉を開く。っていうか、扉ちっさ!
潜るように扉を超え、二、三歩進むと、着替え中のピンク髪のおっさん。
「うわっ!なんだお前!」
「いやー、おかまいなくー」
タンスを開ける。……薬草とかねえかなー
「お、おい!何してるんだ!?」
駆け寄ろうとするおっさん、脱ぎかけなのか、履きかけなのか、パンツに足を取られて転ぶ。
視界に飛び込むおっさんのほぼ全裸。
「うわっ、おっさん、胸毛まで染めてんのかよっ!?」
「……っ!出てけー!」
あっやべ!自然とゲームにダイブしてた!こりゃあかん!
……で、慌てて出ようとした結果、扉枠に頭をぶつけた。痛え。
おっさんに、頭をさすりながらちゃんとごめんなさいをして、気を取り直す。
突然人ん家で好き勝手したら怒られるな。……うん、そりゃそうだ。
次に入るのはもっと公共感のある建物にするか。
で、謎文字で「教会」と書かれた建物を次のターゲットに決め、早速扉を開いて入ってみる。
扉を抜けた先は、広い空間になっており、長椅子がたくさん並んでいた。長椅子が向く正面には、……アレだ。御神体的な像が立っている。
胸の前で祈るように指を組む女の像。なんか、見覚えがある。
人影は……ない。
『モガトシよ……』
聞き覚えのある透き通った声。……ええっと、……名前が思い出せない……。確か、女神のセ……なんとかさんだ。
目の前の女神像が一瞬ダブって見えた気がした瞬間、18年ぶりのあの白い空間にいる俺。
「セ、……セクシャル、さん?」
『ふふ、モガトシよ……
それは何かの冗談ですか?』
「そうそう、冗談。
えっと……セ、セレナさん!」
『……さっきよりは近いですが、間違いです』
「……すんません。忘れました!」
『んもう!……そんなことだと思ったわ!
ずっと待ってたのに、何年もほったらかして……
はっ、……まさか私を堕とす気!?押してダメなら引いてみろってやつ……?……そういうつもりなの……!?』
身をよじり、赤らめた頬を両手で挟む女神さん。
……押したつもりもないんだが……。
身悶える目の前の女神が突然我にかえる。
『はっ!
……コホン、……私はセフィアレーデセレスルミナです』
「えっと……、そう!
セフィアさんだ!」
『そうそう!
ああ、思い出してくれたのね!
……愛称なんて付けてくれたの、モガトシが初めてだったのよ!……ああ、……あの時もすっごく嬉しかったわ。
まるで人間たちの恋物語の一節のようだったんだもの!』
「……ええ……?そうだったか?」
『だというのに……。
あなたは私のことをほったらかして……
……あらいやだ。私ったら。
さて、モガトシよ。
これまでのことを私に教えてください』
「おう」
俺はこれまでの18年間を順を追って話す。
気づいたら赤子の姿で森にひとりぼっちだったこと。
レベル上げに勤しんでいたらオーガのラグナに出会ったこと。
それからはオーガの里で暮らしていること。
オークとも交流していること。
オーガを攫った人間を追ってこの街に来たこと。
こっちの世界の人間は、今日初めて見たということ。
『18年間も、ずっと一人でレベル上げ……
それに、魔族と共に生きている、だなんて……』
「魔族っつってもよ、悪さするわけじゃねえし」
『ええ、その通りです。
……ちなみに、魔物と魔族の違いについてはご存知ですか?』
「いや」
『魔族の特徴としては、魔素に適応し、二足歩行し、言語を解し、文明を持ち、人間とは異なる耳や角、牙などを持つことが多いです』
『……魔物は、魔素に適応するものの、言語をほとんど解さず、およそ文明というものは持ちません。
そして、本能のまま、他者を害します。
あとは……そう。
一般的にモンスター、と言えば魔物のことを指します』
『ああ、それと……。
子を産んで育てるか、魔素だまりから発生するか、という違いもありますね』
「……なんで人間どもは魔族を攫うんだ?」
『単純な労働力……として。
あとは、彼らの心臓……ですね』
「……心臓?」
『魔族は力を補ったり、怪我や病気を癒すため、魔物らの持つ魔石を摂取することがあります。
……摂取した魔石は、魔族たちの心臓で再結晶化し、魔晶石となります。
それが、人間たちの作る機械の動力になるため、魔族は人間に攫われるのです。
……かつては魔石そのものが動力として使われていました。ですが、三十年ほど前、同じ大きさでも数千倍の魔力を内包する魔晶石が発見されてから、魔族は狙われるようになったのです』
「……手っ取り早く殺して取っちまうってことはないのか?」
『魔晶石の発見当時はそういうことも何度もありました。
ただ……高純度の魔晶石は、長い年月、必要以上に魔石を摂取した個体からしか得ることができません。
……だから、人間たちは、魔族を攫って魔晶石を育てさせるのです』
「……胸糞悪い話だぜ」
『そして、今、あなたがいる場所……。
ムロガ帝国こそが、三十年ほど前にこの魔晶石を発見し、急速に版図を広げた国なのです』
「……ムロガ帝国……」
『魔晶石を発見し、王国から独立してこの帝国を作り上げたのが、現在の帝王、ブロンです』
「そっか。
じゃあそいつをぶっちめればいいんだな。
……話が早くていいじゃねえか。
で、どこにいるんだ?」
『ここよりずっと北。帝国の首都、イスキに居城があります』
「……わかった。
じゃあいっちょ、ブチかますか」
『……ああ、もう行ってしまうのね。
……所詮私はあなたにとって都合のいい女……。
また何か困り事があれば、教会に立ち寄ってくれないかしら。
……困り事がなくても来て欲しいのだけれど。
……ずっとお待ちしております』
よよよと座り込むセフィアさん。服の裾で涙を拭う。
きっとセフィアさん、友達とか少ねえんだろうな。
俺まで会いに来なかったら退屈でしょうがねえんだろう。
「……えらく後ろ髪引っ張るじゃねえか。
ちゃんと、また来るよ」
目指すは北。
帝王をブッチめて、ラグナの妹も、捕まってる魔族も全部助ける。
……しっかり準備して、速やかに、確実に。
……行くぜ!
◇
教会の扉が閉まる音。
モガトシが出て行った教会は普段通りのシンとした空気が漂う。
モガトシを見送った女神、セフィアレーデセレスルミナはふうと息を吐き、軽く伸びをする。
『あら。
私としたことが……。
探し人は王国にいること、伝え忘れたわ』
モガトシはもう行ってしまった。
『また来るって言ってくれたし、
その時に言えば……大丈夫……よね?』
その独り言はなんだか自信なさげに静かな教会に吸い込まれるだけだった。




