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モガトシのいるオーガの里から遠く離れて、
——ヘルガル王国の首都、オライオン。
石やレンガ造りの建物が多くひしめくその中心に、一際大きく豪奢な城がそびえている。
国王ヘルガル八世の居城、その玉座の間——
玉座に座る国王は苛立ちを隠しもせず、自慢の金髪に白髪が混じり始めた頭を掻きむしりながら口を開く。
「……まだ、神託の勇者は現れないのか?」
「はっ。……まだ発見に至っておりません」
「神託から何年経ったと思っておるのだ!
……19年だぞ!」
「申し訳ありません!……方々を捜索してはおりますが……!」
「言い訳など、聞きたくない!
黒髪黒目という、希少な風貌だと言うではないか!
さっさと見つけて来いっ!」
「はっ!」
鎧の大男は立ち上がり、一礼して走り去る。
「……チッ!
帝国の侵攻を抑え、領地を奪い返す好機だというのに……!」
「……国王陛下……。
お薬の時間です。……おい、持って参れ!」
傍に控える白髪混じりの男に指図され、盆に乗せた水瓶と薬を、繋がれた鎖のせいで苦心しながら運ぶのは肌が薄赤く、額にツノのある——オーガの女だった。
「……ふん!」
国王は、奪い取るように盆上の薬を取ると、一気に飲む。
「……続報があればすぐに知らせろ。
俺は、休む。
……おい、そこの穴女!ついて来い!」
オーガの女は、顔を歪めて国王を睨む。
その瞬間、国王の顔は愉悦を浮かべ、
「ほう。……反抗的だな」
玉座の間の隅に控えていたフードを被った一団に「やれ」と指示を飛ばす。
フードの男がオーガの女をゆっくりと指差す。
何事かを呟くと、指先から放たれた青白い一筋の光がオーガの女を直撃する。
「……ッグ、ガァ……!」
その瞬間、体をのけぞらせ、倒れ込むオーガの女。
髪も肌も、ところどころが焼け焦げ、煙を立てる。
それでも、国王を睨みつけて、歯のない口で唇を噛み締める。
その視線を受けて国王の口は醜く歪む。
「続けろ」
再び電光に貫かれる。
「ううあっ!……ぐぅぅ……」
オーガ女の体から力が抜け、口を開けたまま、全身を細かく震わせる。
「ふん……。
魔族如きが……代わりの穴を連れてこい!」
国王はそれだけ言うと、興味をなくしたように、玉座の間を後にした。
残されたオーガの女は、全身を縄で縛られ引きずられていく。
それでも、その瞳の奥に宿る炎だけは消えない。
◇
景色が歪む。
ふわふわとした謎の浮遊感が常にある。
……変だな。
山ん中に入って4、5日寝れなくてもここまでキツくないのに。
ついこの前、一ヶ月も山を彷徨ったウエディングトカゲ探しよりも、帰ってきてからの数日の方がキツイと感じるなんて。
「寝られる場所で寝られない」からキツイのか。
「寝られない場所とわかっている」からキツさを感じないのか。
陸自時代でもわからなかった巨大なテーマは、今になっても謎のまま。
未だにラグナの寝相に対する対策が構築できていない俺は、やっぱり寝不足だった。
隙を見て、ベッドの拡張はした。
ラグナが5人横に並んでも余裕なくらいに。
でもな、無駄だった。
ラグナから離れたところに横になっても誘導弾みてえに足が飛んでくる。
……もう、一部屋丸ごとベッドにするしかないかもな。
そうすりゃ、少なくとも蹴り落とされることは無くなるだろ。
壁に激突させられるかも知れんけどな。
「おお、婿魔王殿」
「なんだ、長老か」
「なんじゃなんじゃ、日も上らんうちにそんなとこで座りよって」
「……寝不足で、な」
ふう、と息を吐く長老。
「……蹴られるのかの?」
「あ?……長老、……さては知ってたな?」
「そりゃあ、そうじゃ。
……ワシの孫のことじゃからな」
「……」
「ラグナと同じ布団で寝ることができたのは、今まででたった一人。……あの子の双子の姉のみじゃ」
「……その姉は……」
「十年以上前……人間共に攫われて以来、行方知れず、じゃ」
「……」
「生まれた時からおんなじ布団の中でよく寝とったからじゃろうの。……ちなみに、ラライもラグナに蹴られたと言っとったわい」
かっかっかっ、と笑う長老。
……だけど、目だけは笑えてねえ。すげえ寂しそうな目だ。
「婿魔王殿も、めげずに何度も同じ布団で寝るとええ。
……そうすりゃ、いつかは蹴られん日がくるかも知れんぞい」
「……モガトシだ」
「ほ?」
「俺は、モガトシだ。
……いつまでそんな他人行儀なんだよ。
……俺はもうとっくに、長老の孫婿なんだぜ?」
「……そうじゃったのぅ」
「それに、その行方不明なんだけどよ……」
「俺に「探せ」って言ってくれていいんだぜ?」
一瞬だけ、長老は目を丸くする。
……すぐに、ふへ、と顔を崩し、
「ありがとよ、モガトシ。
……頼めるかのぅ?」
「おうよ。
……わかったぜ。ジイちゃん」
◇
俺は、すぐに行動を起こした。
攫って行った人間共の風貌を聞き、
去って行った方向を聞き、
攫われた人数を聞く。
そして、
一通り必要な情報を集めた俺は、ラグナを呼ぶ。
「——嬉しいんだけど、嫌だよぅ」
「すまん」
駄々をこねるラグナの頭をポンと叩く。
「人間共のところに行くんだ。
……お前を連れていくわけにはいかねえ」
「うう……」
「ちゃんと、みんなを連れて帰る。
……だから、ラグナは里のみんなを頼む」
ラグナの頭を撫でながら考える。
きっと、攫われたのには理由がある。
働き手にしてえだとか、ろくな理由じゃねえだろうけど。……だから、きっと生きている。
「……絶対、帰ってきてね」
「ああ」
「畑も、狩も頑張るから……約束ね?」
「ああ」
「……みんなを、お願いね」
そう言って目をこするラグナを抱きしめる。
「俺の帰る場所は、お前だ」
「……うん」
「……じゃあ、行ってきます」
キスをしようとして、ラグナのツノが額に刺さる。
……痛え。
ラグナも「何がしたいの?」とキョトン顔。
額から出た血を拭いながら、踵を返して走り出した。
「穴があったら入りたい」とはこのことか。
第一章完結です。
続く第二章もよろしくお願いします。




