1-16
「昨日はごめんね!いっぱい吐いちゃった!」
「ああ、その件は……はい。大丈夫っす。気にしてないっす」
翌朝、飛び起きてきたラグナは、昨夜巻いてやった絹の布だけを巻きつけた格好で俺の部屋に飛び込んで謝ってきた。
俺はというと、あの後、ラグナを湯から上げ、吹きあげて布を巻き、気道確保の上ベッドに寝かせた。
キラキラまみれになった風呂場を掃除して、同じくキラキラまみれの俺とラグナの服を洗い、夜中にも吐かねえかとラグナの様子をちょくちょく見て……気づけば朝。
ふふ……ついでに模様替えもしてしまったぜ。
そう。忙しくて寝れなかっただけで、決してラグナの肌の感触による興奮で寝れなかったわけではない。
大事なことなので二度言う。興奮して寝れなかったのではない。のはずだ。
「それでさ……見た?」
「っ!な、なにを……!?」
「へ、変じゃなかった……かな?アタシの裸」
「み、みみ、見てない!」
「あははは!絶対嘘だー。……だってアタシ、モガトシがお風呂でのぼせた時、全部見たもん!」
「え、……あ、いや!介抱のため、な!……って、あ!」
「……やっぱり見たんだ」
「え?」
「……責任……」
「ええ?」
「……とって!」
「ど、どうしたら……?」
「結婚しないと許さない!」
「えええ!?」
「フンだ!……ど、どうするの?」
「そ、それは……」
ラグナは口をへの字にしてるが、目だけは不安そうに俺の顔を覗き込む。
……断れるわけ……ねえか。
くそう。ゲームでなら何度も結婚したし、周回ごとに嫁を変えまくってたのに……。
主人公達に謝ってやりたい。
すげー決断だよな。結婚するって。
「……わ、」
「わ?」
「……わかった」
「もう一回!ちゃんと言って!」
「……わ、わかった!結婚する!」
パァッと表情を明るくしたラグナは飛び上がる。
「やったぁー!……なんだっけ?……げんちだ!
言質とったぁー!」
跳ねながら俺に抱きつこうと駆け寄り——巻いた絹の布がパサと音を立て落ちる。ババイン。
「あ!……まだ見ちゃダメー!」
抱きつこうとした勢いそのままに、慌てて布を拾い上げようとする動きが合わさる。少し下がるラグナの頭、には鋭利そうな角っ!?
……あっぶねえ。危うくブッ刺さるとこだった。
結婚初日に未亡人とか可哀想すぎてみてらんねえしな。
「あははは!ごめんね!嬉しくて慌てちゃった!」
手早く拾い上げた布を体に巻き直すと、
「アタシ、ちょっと行ってくる!」
ダッと家の外に飛び出す布一枚姿の新妻、ラグナ。
「え、どこに!?」
もう、俺の静止なんて聞かない。いや、聞いちゃいねえ。
「お母さーん!アタシ、結婚したー!!」
「あら、よくやったわねー!って、何その格好!着替えなさい!」
「わぁ、ごめんなさいー!」
里中に響き渡る声量。うわあ。二人とも元気いっぱい。
……今日の朝飯はジジババ達やお義母さんにあれこれ聞かれるんだろうな……。俺、結婚した実感なんか、まだ一切ないんだけども。
◇
案の定、朝食時に質問攻めに合う俺。
「やっぱり昨夜あの後かのう?」「どっちから申し出を?」「ヘタレと思うとったがやるときゃやるのう」「ワシは信じとったよ」「嘘つけ!アンタが一番ヘタレって言っとったよ!」
ジジババ達はこんな調子だったが、お義母さんにだけは
「結婚式もまだなのに婚前交渉は許しません」と怒られた。
「いや、それはまだしてないです」と言っても、
「じゃあ、なんであの子は布一枚の姿でウロウロしてたの?結婚前からそんなに乱れた生活してるのとかお義母さん感心しない」と、笑顔のまま怒るというのを初めて見た。怖え。
「まあ、それはそれとして……」
ふう、と息を吐いたお義母さんは、まっすぐ俺を見る。
「……いつ結婚式するの?」
「ええっと……」
「あら、煮え切らないのね。そういうの良くないとお義母さん思う」
「すんません」
「ふふ、焦らないでいいわって言ってあげたいところだけどね」
お義母さん——ラライは集会場の中を見回す。つられて俺も見回してみる。
ジジババ達がああでもない、ここでもないと大騒ぎしている。
「……この里ね。婿君が来てからほんっとうに元気になったの。……もちろん、私も、ラグナもね」
「みんな、よく笑うようになったわ。冗談なんてずうっと言えなかったのに、言えるようになって」
「若者がラグナしかいない、滅びる里だったんだもの。それが、こんなに元気になった」
「だから、お義母さんとしてはね、婿君を逃したくないなぁ、ってね」
「俺は、……逃げないっす……でも」
「俺は、こんなナリしてるけど、人間なんだ。」
「オーガじゃねえ。子供もできねえかもしんねえ!」
「それに……この里をこんなにした奴らとおんなじ、……人間なんだ」
「……それなのに、……いいのか?」
これにはラライは目をぱちくりした。……指を唇に当て、「んー」と言いながら思案顔。
「……それの何が問題なの?」
「え」
「だって、婿君は婿君でしょ?」
「それに、あの子が、この里が、こんなに笑うようになったのは誰のおかげだと思ってるの?」
「だ、だってよ、子供……とか!」
「……そんなこと気にしてたの?」
「そんなことって……この里の未来は?」
「それこそ、今考えることじゃないわ」
「だってよ……!」
「あなた達二人はどうなの?」
「……ラグナのこと、嫌なの?」
「そんなわけねえ!」
「ふふ……。ならいいじゃない。それで十分よ」
「……」
「未来なんてね、好きな人と一緒にいればどうとでもなるんだから」
「……」
胸の奥で何かがストンと音を立てる。
まだ何が腑に落ちたのかはハッキリとはわかんねえけど。
「あら、覚悟決まった顔しちゃって。男前ねえ」
「こういう時、なんで言えばいいのかわかんねえけど……ラグナのことは幸せにするよ」
「ええ。めいっぱい幸せにしてあげて。この里の一人娘なんだから」
「ふふ、これで私は魔王のお義母さん、ね」
イタズラそうに笑うお義母さん。反則だぜ。その可愛さは。
「あ、ダメなんだー!ちょっとお義母さんにときめいたでしょ!?こんな可愛くても未亡人なんですからね?」
「あ、モガトシー!お母さんとも仲良いね!」
「婿君ったら私のことも魔王妃にしてくれるのー?」
「しねえよ!?リアル親子丼が完成しちまうだろ!?」
「えー?何がいけないの?」
「そうよねー」
「一夫多妻制なの!?」
「なにそれ?いっぷたさいせい?」
「旦那さん一人にお嫁さんたくさんって意味よ。それなら、まあ、その通りよね。ほら、ジジババ達だってそうだから」
「え、今なんつった!?」
「ジジババ達?」
「え、なに、どゆこと?」
「あれ?モガトシ知らなかったの??言わなかったっけ?」
「だから、長老だけが男で、他はみんな奥さんなのよ」
「え……」
俺にはどれがじいちゃんで、どれがばあちゃんなんて見分けすらついてなかったが……ほとんどばあちゃんだったってか!?
「昔っからそうなのよ。男の子なんて滅多に生まれないんだから」
「ま、マジか……カルチャーショックが過ぎるぜ……」
そんな一方、俺には別のところで腑に落ちた部分があった。
長老……あのジジイ、なんか毎日楽しそうに周りにちょっかい出してると思ったら、そういうことだったのか……。
ババ達に囲まれてりゃ、そりゃあ長生きするだろうな。
……ちょっと待てよ。
この里に男は長老と俺だけ。
まさか、次代のハーレムは俺中心!?
……いやいや、年頃娘はラグナだけ。そうはならない。……はずだ。




