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「おお、びっくりした。」
木の壁を突き破ってしまった俺は、身体についた木片を払う。ここは——物置?整頓された農具らしき道具が一面には並び、床にも散らばっている。……俺がたった今散らばしたんだけどな。……おっと、ラグナ!
「大丈夫か!?」
開けた穴から外を覗き込むと、足をペタンと地面につけて座ったような格好のラグナは、「お尻が痛いけど面白かった!」と笑ってる。
ほっと息を吐き、「ならよかった。すまん」とだけ言い、穴から外に出る。
周囲には木の柵、複数の木の建物、明らかに何者かが手入れしているだろう金色に輝く作物……麦、か?
「オメ達、そこで何してんだべ!」
「壁に穴こさえるほど強くぶつかったべ!?」
「怪我人が出たべか!?」
集まってきたのは、豚鼻を持つ小太りの男達だった。
——オーク。
手に鋤や鍬を持ち、ゾロゾロと集まって来る。
「おお、すまん。この小屋の壁、壊しちまった。でも、怪我はしてねえよ」
俺は素直に謝った。
「おお!デケェべ!」
「怪我人が出なかったのは良がった!……小屋は直せばいいべさ!気にすんな!」
「後ろのおなごもデケェなぁ。……あれ!角ついてるべさ!オーガだべ!」
「おお、久しぶりに見だなぁ」
「とごろでオメ達、何しにこごへ?」
「掟があったべさ」
「オーガの里もずっとむごうのはずだべ」
でかい鼻のせいか濁った声のオーク達は口々に様々喋っているが、大勢が一気に喋るもんだから俺たちが口を挟む余地がない。
「うるせぞ、オメら!」
一際大きな声が響くと、オーク達がフゴフゴ言うのをぴたりとやめた。
「どんなかだぢであっでも、客は客。
まず、客人達の話ば、きこでねか」
ずいと、オーク達を割るように俺たちの前に出てきたのは、年長らしいオーク。……ここの長だろうか?動きやすそうだが、立派な装飾が施された服を着ている。
「……オメさん、……なんで裸なんだべ?」
「……長老、オーガって、服のこと知らねんだべか?」
若いオークが長老に素直な疑問を問いかけるが、振り返った長老は凄まじいゲンコツを彼にぶつける。
「オメ!失礼だべっ!そったらごど、きぐんでねぇっ!」
「そうだべ!」「長老の言うとおりだべ!」
若いオーク達が便乗して畳み掛ける。
ゲンコツをもらった彼は不満そうに「長老が初めに聞いたべ!」と反論するが、「ワシは長老だべっ!」と怒鳴られ、オーク達がブヒブヒ笑う。……見た目通りの笑い方するんだな……。
「……で、お客人、何しにきたんだべ?」
「おう、俺達は鉄を探しにきた」
「てづ?……ぞんなもんはこごにはねえ」
「……この近くで採れるらしいと聞いたんだ。……で、あれは麦か?」
「おお!オメさん、オーガのくせに麦がわかるだか!?」
「……いや、俺はオーガじゃ……」
「モガトシはねっ!すっごくいろんなことできるんだよっ!風みたいにビューって走れるし、いろんなもの作れるんだっ!」
おお、びっくり。突然ラグナが俺を褒めはじめた。むず痒いし、今はそんなこと喋るより聞きたいことがある。
「オーガとオークはあんま仲良くないと聞いたけど、俺たちを追い出そうとはしないのか?」
これには、オークの長老が笑う。
「ブッヒヒ!
そりゃあ、オメ達が生まれる前っがらあんまながよぐはねぇけども、な」
「……何があったんだ?」
「……だっでよ、オメ達、肉ばっか食うべ?」
「……は?」
「オラだちは、あんま肉は好かん。……このどおり、野菜育てで、食う。それで喧嘩したのが50年前っぐらいがな。そっがら、なんとなーぐ、お互い干渉しないようにしでただけだべ。……ま、古い話だべ」
ふふんと鼻を鳴らすオークの長老。
……いや、それだけかよ!と、俺は内心ツッコむ。
オーガの里ではなんとなく聞きにくくて聞けなかった「他種族との交流禁止」が食料問題からの喧嘩だったなんて……。っていうか、オーク達がこの見た目で肉は好きじゃないことの方が驚きが大きい。
「……なんで、肉は好きじゃないんだ?」
「だってオメ、肉って生臭いべ?」
ああ、……ちゃんとした調理をすればそんなことないんだけど、さてはコイツらそれを知らねえんだな。なら、話は簡単だ。
「これ、食ってみろよ」
俺は腰蓑の袋から一切れの干し肉を長老に手渡す。訝しげに目の前でくるくる回して干し肉を品定めする長老。
「おお?ごれ、肉だべか?」
「ああ」
「生臭えんだろ?……嫌だべ」
「いいから、食ってみろよ」
それからしばらく、ひくつく鼻で匂いを嗅いだりしていた長老だったが、意を決したように口の中に干し肉を放り込む。
ひと噛み
「おお……」
またひと噛み
「うめえべ!
……ごれ!噛むほど味が出てくるべ!」
「そんなにうめえべか?」「オラも食ってみたいべ」
ざわめくオーク達だったが、口をモゴモゴさせる長老が「コレはオラがもらったもんだべ!オメらの分はないべ!」なんて言うもんだから「長老ばっかズルいべ!」と若オーク達の反感を大いに買っている。
この様子を見てると、50年前食い物で喧嘩した、というのにも信憑性が増すなあ。
「干し肉ならまだあるよ?」
……ポツリと言ったラグナに鼻を向ける若オーク達。
「……お、おなご」
「え、え?……なに?」
「オメ、……肉持ってるだか?」
「う、うん……」
一斉に若オーク達が殺到する。
「おなご!」「肉!くれ!」「一口でいいべ!」「オラにも!」
おわあ、ラグナがアイドルみたいにモテている。2メーター超えのオーガアイドルだ。
「待て待て待て!それは俺たちの弁当なんだ!」
両腕を大きく広げてラグナの前に立つ。それでもオーク達の勢いは収まらなく、もみくちゃになる俺。口々に「肉ー!」と叫ぶオーク達。
「オメ達!やめんか!」
まだ干し肉を口の中でころがす長老オークが一人ずつゲンコツをくれていき、やっと静まる若オーク達。目には涙。……かわいそうだが、全員に配るほどの干し肉の持ち合わせはない。また喧嘩の火種になるくらいなら出さない方がいい。
「うう……長老ばっかズルいべ……」
「今度!今度な!いっぱい持ってきてやるから」
「うう……オメ……神様だべか……?」
「そんなんじゃねえよ。
……そんなことよりよ、少しでいいからそこの麦、くれねえか?」
「え?麦が欲しいべか?
……オメ達オーガは歯が尖ってるから食いにくいっつって、麦なんか食わねえべ?」
「え?アンタらはどうやって食ってるんだ?」
「オラ達の歯は平らだから、噛み潰して食うべ」
「そのまま?」
「それ以外に食い方なんかないべ」
ブヒブヒ笑うオーク達。
ああ……こいつら、調理とかしねえんだな。
「ところでよ、その辺の木使っていいか?……壊しちまった小屋、直すからよ」
「オーガにしてはいいやつだべ」
コイツらの答えは求めない。勝手に板材を拾い上げ、壁の穴を塞いでいく。
「みんな勘違いしてるみたいだけどよ、俺はオーガじゃねえよ」
「ええっ!モガトシってオーガじゃないの!?」「角が見えねから、角なしかと思ったべ」「んだ、身体もでっかいしな」
「あれ?ラグナは知ってるんじゃなかったか?」
「アタシがお母さんから聞いたのは、アレは角じゃないってことだけで……っ!」
「じゃあなんだと思ってたんだよ?」
「それは、ちん……うう……なんでもない……」
一気に真っ赤になり口籠るラグナ。一方のオーク達はちょっとだけ警戒しながら
「じゃあオメ、一体なんなんだべ?」
「人間だ」
「……」
「……」
「ブヒっ」
「うっそだべ!そんな身体のデカい人間なんていないべ!」「そうだべ!人間ってこう、小さくて、小狡くて……」
「オラの父ちゃんも、仲間も、たくさん殺したやつのことだべ……」
「……だから、オメみてえないい奴と違うべ!」
俺は壁を直す手を止めずに考える。
……オーガの里に続き、ここでも……か。
……何してくれてんだよ。この世界の人間どもはよ。
コイツらは凶暴なわけでもない。
話が通じないわけでもない。
干し肉一切れで喜ぶ、普通の生きもんだ。
それなのに、なんでだよ。




