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藪の中に潜み込み、手の中の小石の感触を確かめる。
人差し指の腹に乗せ、軽く挟み込む。
後はコイツを親指で弾き飛ばすだけ——
——指弾っ!
弾いた小石は音速を超え(俺調べ)獲物の眉間をッカーンという音を立てて貫通した。
腹に響くズン、という音と共に倒れたのは小ぶりなゾウ位の大きさのイノシシみたいなモンスター。
コイツの肉、ちょっとクセがあるけど豚肉みてえで美味いんだよな。
「よし、これでしばらくは食えるな」
手頃な太さの木を選び、ローキック。
木は根元で折れ、倒れる。
あんまり強く蹴るとウッドチップみてえになっちゃうから加減がコツだ。だるま落としみてえに、シュッ、とな。
適当に枝を手刀ではらい、デカイノシシをくくりつけ、肩に担ぐ。
獲物の背中を擦らないように高く上げ、小走りで走り出す。自然と、お気に入りのロックンロールナンバーが鼻歌となって飛び出しちゃうぜ。
後は山をふたつ越えて帰るだけだ。いやあ、近くで獲物が獲れてよかった。
これなら昼飯時には間に合うかな。
ラグナやジジババ達の喜ぶ顔が待ち遠しい。
◇
オーガの里の畑の傍。
昨日まで雑草が生い茂っていたそこは、大きな獲物を持ち帰ったモガトシにより草を刈られ、いまやちょっとした広場になっていた。
騒ぎを聞きつけたジジババ達が1人、また1人と集まり、獲物の解体を眺めている。
……気恥ずかしい。
別に、イノシシの解体なんて珍しいもんじゃないだろ……結局、肉にするには解体しなきゃなんねえんだし。
「あんなデカいモンスター……ワシらなんか一踏みでお陀仏じゃ……」「ね、怖いよね!」
「アレを1人で狩ってきたなんて、とんでもない婿じゃのう」「すごいでしょ!」
「綺麗に捌くもんじゃのう……」「上手だよね!」
「デカい皮じゃな……」「革の服、いっぱい作れるね!」
口々に好きなことを喋るジジババ達の声に混ざってラグナの声が聞こえる。自分の手柄みたいに言ってるが、広義ではその通りだし、そこは気にならない。
……だが、間接的に俺自身がラグナに褒められてる気がして、それは俺をさらに気恥ずかしい気持ちへと追い立てる。
「ふふ、……あの子があんなに喜んでいるのは、久しぶりに見たよ」
近い声にちょっと驚いた俺が振り向くと、ラライが片方しかない腕を振りながら近づいてくるところだった。
明らかに昨日より血色が良く、自分の足で歩いている。今なら、昨日まで寝たきりだった、と言われても信じられないくらいだ。
「具合、良くなったんすね」
「ええ、……ありがとう。あなたの持って来てくれた魔石のおかげ、よ。
……久しぶりに外に出れたわ。」
「それは、よかったすね」
「あの子、本当に嬉しそう」
ラライはジジババ達と話して回るラグナを見ながら目を細め、笑う。
「あの子には、たっくさん、我慢をさせてしまったの。
……この里で1人きりの若者として、下手くそな狩りも、畑仕事も……全部」
俺は、またしても、何を言えばいいのかわからない。
ただ、作業する手を止めずに、ラライの話を聞く。
「……だからね、あの子はあなたがいるから嬉しいのよ」
「いや、……それは違うんじゃないすか?
……ラライさんが、元気になって嬉しいんすよ」
「それも、あなたのおかげ。……それに、「ラライさん」なんて、ダメよ?
こんな、若くてきれいでも、未亡人なんですからね」
「……いや、そんなつもりは」
「「お義母さん」にしなさい」
「へ?」
「だって、うちの婿なんでしょ?」
「いや……」
「あとその喋り方、よくないわ。
他人みたいでお義母さん好きじゃない。
普通に喋りなさい」
「う、あ……はい」
「はい、じゃないでしょ?」
「……わかった」
「ん、よろしい」
「お母さーん!モガトシと何話してるのー?」
パタパタとラグナが駆け寄る。
「ラグナのことよろしくねって言ったのよ」
「え、婿ってよろしくってするの?」
「……ラグナには、まだまだ色々教えなきゃ、ね」
「うん!」
頭を撫でられて、仔犬みたいに喜ぶラグナを尻目に、俺はただ、黙々と手を動かすことしかできなかったが、長老の「こんなたくさんの肉、調理できる場所もないんじゃが……」という言葉のおかげで新しい作業ができた。
調理する場所がないってんなら作ればいい。
ある程度に切り分けた肉をジジババ達に任せ、山裾の岩場へ。この辺の岩を適当に割ってデカいバーベキュー台にしてしまおう。ついでに数本の木を伐っておく。乾かせば薪になるし、建材にもなるだろ。と、黙々と作業を続けているように見せてはいるが、内心、俺の心は混乱していた。
この里全体が俺のことをラグナの婿として見てる。
ラライさんなんて、お義母さんと呼べと言ってきた。
こんな、腰蓑いっちょしか身につけていないうえに、この里を襲った人間どもと同じ種族の、この里のみんなとは違う種族の俺に、だ。
この異世界にやってきて18年間ひとりぼっちだったうえに、前世でも女性関係に全く縁がなく、実の両親とも早くに死別した俺にとって、この里の歓迎ぶりは嬉しいを通り越して、ちょっとしたカルチャーショック。親戚の家でもこんなにチヤホヤされたことねえよ……。
そうこう考えながら作業に没頭していたらあっという間にバーベキュー台が完成した。
……アミか鉄板があればなおよかったんだが、ないものはしょうがないので、ほいっと手刀でなるべく薄く、平らにスライスした石を代わりに乗せ、木を割って薪にする。早く乾かすために火の近くに置いておこう。
肉はどうなったかな、と振り返ってみると、ジジババ達はまだワイワイ作業中。この隙に、テーブルと椅子でも作るか。あいつら、立って食うのも難儀するかもしれんし。
材料はバーベキュー台の残りの岩。宮大工の経験なんてねえし組み木なんて時間がかかりそうなことはしない。釘があれば木でもいいけど、座れりゃいいだろ、と手刀で削っていく。一つ二つ作ったところで爺さんがひとり「何作ってるんじゃ?」と来たので座らせてみる。
「うほい!尻の形にジャストフィットじゃ!きんもちええのー!」
ちょっと窪みをつけたのが大好評のようで、手持ち無沙汰のジジババ達がこぞって椅子に座りに来るようになった。
「早よ代わらんか!」「次はワシじゃ!」「おお〜たまらんのう」「ええのう……ワシも座りたい……」
「わかったわかった!全員分作るからちょっと待ってろ!」
「うほー、太っ腹じゃなぁ」「ありがたやありがたや」「ワシのはもうちこっとだけ窪みを深くしてくれんかの?」「それワシも言おうと思っとった」「ワシもワシも!」
「モガトシ、大人気だね」
「椅子がな」
「婿殿、謙遜か?」「そりゃ可愛くないのう」「婿殿サイコーじゃ」「椅子に名前も彫って欲しいのう」「あ、それワシも!」
ワイワイ、ガヤガヤ
「全部やるから、ジジババ達は肉焼いて食ってろよ」
「もう食っとるよー」「ラグナ、こっちゃこんか、ほんと、いい婿連れてきたのう」「えへへー!ねえ、ジジババ達、お茶飲むでしょ?汲んでくるねー!」
集会場に走っていくラグナ。構わず肉を焼き、食うジジババ達。
俺は、まだ肉も食ってないのに少し、満足したような気分だった。こういうの、言葉でなんていうのかよくわからねえけど、……そう、楽しい。
「あはは、ジジババ達もあんなに元気になっちゃって。……大変ね、婿君」
ラライに肩を叩かれる。この人も元気になってよかった。
「ラライさ……いえ、役に立ってるなら、よかったっす」
「喋り方」
「……俺は、やりたいこと、やってるだけだから」
「ありがとね」
俺は……肉が食いたかっただけ。
……そりゃあ、みんなで食ったほうが美味いに決まってるから、なるべく大きな獲物を探したけど、それだけ。
ジジババ達が焼いた肉を俺の前に置いていく。それを食う。みんなの笑顔。椅子を作ってやっても笑顔。
それが見たかっただけ。
「ねえモガトシ、楽しいね」
「ああ。すげー楽しい」
「お母さんも、ジジババ達もいっぱい笑ってるよ!こんなに笑ってるの初めてかも!
みんな、モガトシのこといっぱい褒めてた!アタシもなんだか嬉しくなっちゃったよ!」
「そうか。……よかったな」
仰いだ昼の空は、なんだかいつもより青い気がした。




