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アキナママ

 アサコ ― 翌日 東京駅 ―


 パシャパシャパシャパシャッ。


 ……うるさい。

 いや、うるさいとかいうレベルじゃない。

 光量がもはや事件。

 アキナ一人に向けられたフラッシュで、ここだけ別世界みたいになっている。


 女性ファンたち「キャアアアッ!アキナさまぁああ!こっちを見てくださぁい!!」


 はいはい、見てほしいのね。

 分かるけど声量をもう少し抑えてほしい。鼓膜は一つしかないんだから。


 カメラマンA「邪魔だクソッ!せっかくのシャッターチャンスなんだぞ!!」


 ……知らんがな。

 こっちは新幹線に乗りたいだけなんだけど。


 レポーターA「アキナさま!!なぜ東京駅にいらっしゃるのですか!?」


 いや、“なぜ”じゃない。

 神祓特務隊の仕事で普通に来ただけ。あなたたちが勝手に騒いでるだけ。


 アサコ「何これ?群衆が邪魔でアキナと合流できないんだけど。このままじゃ新幹線に乗り遅れる」


 本当に困っているのは私だけらしい。

 周りはアキナの存在に酔っていて、現実的な問題は誰も見ていない。

 そんな中、隣のトウカが胸を張って語り出す。


 トウカ「仕方ないわよ。なんて言ったってアキナさまは魔王を倒した英雄であり、破壊神なんだもの。これほど人気なのは当然よ」


 ……はい出た。

 この子の“アキナさま語り”が始まった。

 今じゃない。

 本当に今じゃない。


 アサコ(いや、ドヤ顔してる場合じゃないでしょ。

 あなたの推し、今ファンに囲まれて身動き取れなくなってるんだけど?)


 私はため息をつきながらトウカの腕を掴んだ。


 アサコ「アキナの自慢話を言って気持ち良くなっている場合?急がないと新幹線に乗り遅れるわよ」


 トウカ「いっ、いきなり腕引っ張らないでよ!!」


 アサコ「文句はあとで聞く。今は時間との勝負」


 私はトウカの腕をぐいっと引っ張って人混みをかき分けながら前へ進む。


 アサコ「すみません、通ります。推しが詰まってるんで」


 ようやく踏切の黄色い線までたどり着いた――


 そこにはアキナがいた。笑顔で手を振りながらファンに囲まれてる。


 アサコ「……何でファンサービスしてるの……」


 トウカ「アキナさまはファンを大切にする優しいお方なのよ」


 アサコ「ドヤ顔で語るな。今それどころじゃないでしょ」


 アサコ(アイドルかよ……)


 その時、駅構内に発車メロディが鳴り響いた。


 アサコ(やばい、時間がない)


 アサコ「アキナ!!急がないと乗り遅れる!!」


 アキナ「あ、アサコさん!?」


 アサコ(よし、気づいた)


 ???「待て!」


 アサコ(……ん?)


 私とアキナの間に突然ひとりのおじさんが割り込んできた。


 男性ファンA「お前誰だ!アキナママに手を出すな!!」


 アサコ「……あ、アキナママぁあ!?」


 アサコ(何その呼び方!?新ジャンル!?ていうかアキナ、そんな属性まで背負ってたの!?)


 私は一歩引いておじさんとアキナの間に挟まれながら心の中で叫んだ。


 アサコ(誰かこのカオス、止めてくれ)


 私は眉を細めて、じとっとアキナを見た。視線は完全に“尋問モード”である。


 アサコ「アキナ、貴女って子持ち?」


 アキナ「そっ、それは……」


 言い淀むアキナ。

 その隙を突くようにまたあのおじさんが割り込んできた。


 男性ファンA「アキナママに男がいるわけないだろ!?ニワカが調子に乗るな!!」


 アサコ「子持ちじゃないのに何でママなのよ……」


 呆れていたらどこから湧いたのか、新たなおじさんと太った兄ちゃんたちが次々と現れた。


 男性ファンB「アキナママから母性を感じるからママって言っているんだ!!」


 男性ファンC「保護性を感じるほど、誰かを守ろうとする姿勢!」


 男性ファンD「失敗を責めず、未熟さを丸ごと受け止める器の大きさ!」


 男性ファンE「成長を願い、優しく導こうとする想い!」


 男性ファンA「そうっ!この温もりを感じる包容力こそ!!僕たちのママに相応しい!!お前みたいな顔だけの男が近付いていい存在じゃないんだ!!」


 そう言って彼らは一斉にアキナに向かって手を差し伸べた。

 まるで聖母に祈りを捧げる信者のように。


 アサコ(何この宗教……)


 私はこの異様な光景を前に呆れた。


 トウカ「キッモ……」


 トウカが眉をひそめて男たちを睨みつける。その目は完全に“害虫を見る目”だった。


 アサコ「……良いこと教えてあげる」


 私はにっこりと笑って一人のおじさんに歩み寄る。笑顔は満点、でも目は笑ってない。


 アサコ「ママはテメェらを育てたお母さんただ一人だ!!

 若い子を煽てる暇あるなら家帰って親孝行しろ!!

 そして私は女だぁあああ!!!」


 ガッ!


 男性ファンA「あぁあっ!!」


 ……一瞬、駅の空気が止まった。


 私は怒号を浴びせた勢いのまま、

 おじさんの頭に手を伸ばし――


 ベリィッ


 アサコ「カツラ、いただきましたー」


 おじさんの頭が、見事にスースーになった。


 トウカ「うええ!? ちょっ、ちょっと!!」


 トウカが慌ててついて来る。私はアキナの腕を引っ張ったまま、ホームを突っ切る。


 アキナ「わわっ! アサコちゃん待って!!

 みんな! 私のために集まってくれてありがとう!! 大好きだよ!!!」


 アキナはファンたちに手を振りながら申し訳なさそうに頭を下げていた。

 ファンたちは歓喜していたけど――


 アサコ(知らん。こっちは時間との戦いなんだよ)


 私はそのままアキナとトウカを引き連れて新幹線の車両へと飛び乗った。


 男性ファンA「僕のカツラ返してぇええ!!」


 プシュウー

 バタン


 新幹線のドアが閉まる。窓の外ではさっきの禿げたおじさんが泣き叫びながらドアを叩いていた。


 アサコ(うるさい)


 私は窓越しにぺろっと舌を出してあっかんべえ。

 そのままアキナとトウカを連れて自分たちの席へと歩き出した。

 新幹線は、静かに動き出す。


 アサコ(やっと……静かになった)


 私たちは指定席まで歩いてそれぞれの席に座った。ようやく落ち着いたと思った瞬間、さっきの光景が脳裏にフラッシュバックしてきた。


 アサコ「何がアキナママだ。15歳の少女に母性なんか感じやがって……」


 思わずため息が漏れる。すると隣のトウカが腕を組んで頷いた。


 トウカ「それは同感ね。アキナさまが魅力的なのは分かるけど、自分の母親になって欲しいなんて気持ち悪いわ」


 私は苛立ちを抑えきれず、ポケットから金平糖を出し、食べながら窓の外を睨んだ。

 いい年した大人が、子供に母性を求めるなんて――

 情けないにもほどがある。


 アサコ(そんな情けないことを認めたら、私たちは成長できない)


 互いに高め合うことこそ、真の愛情だ。

 私は、そう信じていたい。


 アサコ「アキナ。ファンサービスは控えて。アイツら、調子に乗ると何をしでかすか分かんないわ」


 私は視線を逸らさずにアキナに言い切った。だけど彼女は私の注意にふわりと微笑んだ。


 アキナ「いいの。みんなが喜ぶなら、私は大丈夫だから」


 その瞳の奥には、誰にも触れられたくない傷が沈んでいた。


 トウカ「アキナさま……」


 トウカはアキナの笑顔を見て心底安心したように息をついた。……その笑顔が“作り物”だと最後まで気づかないまま。

 でも私はまったく納得していなかった。


 アサコ(つまり、どうでもいいってわけね)


 アキナの目は笑っていた。でも、どこか遠くを見ていた。

 まるで自分の気持ちを置き去りにして“誰かの理想”を演じているような――そんな目だった。


 アサコ「冗談じゃない。貴女はアイドルじゃなくて破壊神なのよ?それなら破壊神として毅然として。敵に舐められるから」


 私はアキナに視線を向けた。その視線は、もはや警告ではなく――殺意だ。


 アサコ(少女を使って自分の欲求を満たすことしか考えない大人たちの傀儡になるなんて……許さない)




 ならばいっそ、アキナに引導を渡してやる




 私の想いが伝わったのか、トウカは気圧されて小さくなり、アキナは少し驚いた顔で、素直に頷いた。


 アキナ「う、うん……」


 アキナの声が少し震えていた。


 アサコ「全く……それにしても、どうしてメディアやファンが集まっていたのかしら?」


 私はスマホを取り出してネット記事を開いた。その時、通路の奥から声が聞こえた。


 ???「それは私の記事を読んだからでしょうね」


 振り返るとそこには…妙にテカってるスーツ姿の男が立っていた。ネクタイはやたら太くて、おでこが全開。その額に貼りついた汗が、妙にテカテカしていた。

 手には分厚いカメラバッグ。

 目が合った瞬間、ニヤリと笑った。


 ???「いやぁ、まさかご本人にお会いできるとは。ぜひ取材を――」


 アサコ(……誰よ、あんた)


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