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呪いになる前に

 アサコ ー 廃墟の旅館・屋上 ー


 空気が……重い。

 いや、これは気圧とかじゃない。完全に“感情の重さ”ってやつ。


 トモエに初恋の人がいたなんて知らなかった。しかもその人はもうこの世にいない。


 アサコ(スーパーガールで、鉄の女で、超怖いくらい完璧な人だと思ってたけど……

 恋する乙女だったんだなぁ)


 そんなことを考えていたら突然――


 トモエ「アサコ、刀をあげるからこっちに来なさい」


 アサコ「へっ?」


 思わず間抜けな声が出た。トモエが黒兎を召喚して、すっと手をかざす。

 すると黒兎の口から――


 ズルッ。


 アサコ「えっ!?もしかして作り置きしてくれてたの!?」


 トモエ「そうよ。どうせ無くしたりするだろうなって思っていたから。

 今回壊したのは予想外だったけど」


 アサコ「す、すみませんでしたァァァ……!」


 私はぴょこっと駆け寄って両手で刀を受け取る。そのままぺこぺこと頭を下げる。

 刀はずっしり重くて手に馴染む。今度こそ、なんかこう…光ったり、属性付与されたり、

「この刀で斬ったら敵が爆発する!」みたいな特典があるかと思いきや――


 アサコ(また……ただの頑丈な刀だった)


 トモエ曰く、

「天陽地照の枷になるから恩恵は与えない」らしい。


 アサコ(いや、そこはちょっと!せめて攻撃力+10とか!)


 でも作ってもらってる立場だから文句は言えない。


 アサコ(天陽地照は絶体絶命の時に使う技。だから余り使いたくないんだけど…)


 だってあれ使ったあと、全身バッキバキに痛くなるし。


 トモエ「それじゃあ…旧創造神唯一派が武力蜂起した場所は栃木県宇都宮市よ。そこの応援として第二特別隊と合流しなさい。

あと、天の巳の目撃情報もそこにあるから、捕獲して私の元に持って来て。邪神王打倒のために、あれは必要よ。

そのために、第一特別隊は明日の任務に備えて本部へ帰還しなさい」


 トモエの声に私たちはぴしっと姿勢を正す。


 アキナ・トウカ・アサコ「了解!」


 アキナ、トウカ、そして私。

 声を揃えて返事した。


 アキナ ― 廃墟の旅館・1階ロビー ―


 トモエさんが召喚した神使たちが、人質を保護していく。その光景を見つめながら、私はただ立ち尽くしていた。


 アキナ(遅かった。間に合ったけど、遅かった)


 焼け焦げた壁。

 血の跡。

 泣き声。

 ――そして、少女の震える肩。


 アサコ「ん?」


 アサコさんがふと足を止めた。その視線の先にいたのは、ひとりの少女。

 小さな体を抱きしめるようにして、声もなく泣いていた。


 アサコ「そこの泣いてるお姫さま。怖いのですか?もしよろしければ、貴女を守らせて貰っていいでしょうか?」


 その声は、まるで舞台の王子様みたいだった。

 ボロボロの制服。血のにじむ袖口。それでも、彼女は花を差し出す。優雅に、丁寧に、少女に頭を下げた。


 アキナ(……アサコさん)


 少女はぽかんと口を開けたまま動けずにいる。その頬には火傷の痕。きっと、あのゴブリンどもに――


 少女「え…?」


 少女は突然話しかけられて唖然としていた。


 トウカ「ナンパなんかしてないで早く帰るわよ!!」


 トウカちゃんの怒声が響いた。

 次の瞬間、鈍い音。


 バンッ!


 アサコ「痛い…傷が塞がったばかりだから、もっと優しくしてぇ……」


 アサコさんが蹲って震えている。トウカちゃんは呆れたようにため息をつき、叩かれたことを咎める声を投げる。


 トウカ「叩かれたことを嫌がりなさいよ…」


 そのやり取りを、私は少し離れた場所から見ていた。

 アサコさんは痛みを受け入れるような微笑を浮かべる。


 アサコ「ふっ、私をぶつことで不安が和らぐなら受け止めるよ……でも優しくしてね」


 トウカちゃんは苛立ちを隠しきれないまま、アサコさんの前に立つ。


 トウカ「分かったらさっさと帰って休みなさいよ!あっ、あと…」


 アサコさんが顔を上げる。


 アサコ「どうしたの?」


 トウカちゃんは視線を逸らし、唇を噛んでから、小さく息を吐いた。


 トウカ「ご、ゴブリンマスターから、私を守ってくれて、ありがとう。あと、置いて行って、ごめん……」


 その声は触れれば壊れそうなほど弱くて、それでも必死に絞り出した“本音”だった。


 ――なのに。


 アサコさんは泣いていた少女に花を差し出していた。


 アサコ「お姫さま。この花を受け取って欲しい。結んである紙にはね?私の電話番号が書いてあるんだ。だから、いつでも呼んでくれてもいいよ。すぐに飛んで駆けつけて来るから。特にデート」


 トウカちゃんが無視されている。


 トウカ「無視すんなよテメェ!!」


 ゴォンッ!


 彼女は勢いよく踏み込み、アサコさんの頭を軽く叩いた。鈍い音がまた響き、アサコさんは前のめりに倒れ込む。地面に手をつき、しばらく動けずにいる。


 トウカ「アキナさま!アサコなんて置いて早く本部へ戻りましょう!!」


 トウカちゃんが私に向けて叫んだ。その声は怒りと羞恥と、少し傷ついた心が混ざって震えていた。



 トウカ「あとそこの女の子!こいつはナンパしまくる浮気野郎なので関わらない方がいいですよ!!」


 指をさされた少女は目を丸くして固まったまま、返事をした。


 少女「は、はい…」


 トウカ「勇気を出してお礼と謝罪してる最中にナンパを続けるとか、最低だわ!!見損なったわよ!!まったく!」


 トウカちゃんはアサコさんの手から花束と手紙を奪い取ると、ビリビリと破り捨て、怒りを隠しもせず玄関へ向かって歩き出した。


 紙片がひらひらと舞い落ちる。


 私はゆっくりとアサコさんに近付く。倒れたままの彼女の横にしゃがみ込み、静かに問いかけた。


 アキナ「アサコさん、相変わらず優しいね。だけど、どうしてトウカちゃんの感謝を無視したの?」


 アサコさんはうつ伏せの姿勢から、軽く腕をついて起き上がる。


 アサコ「私は優しくないよアキナ」


 アサコさんは、ふっと遠くを見るような目をして口を開いた。


 アサコ「私はただ自分がやりたいことをしてるだけ。それに…」


 その声はいつもの軽さとは違い、どこか沈んでいた。胸の奥に、ひび割れたガラスのような影が見える。


 アサコ「過去に大切な人を悲しませたからね。今更、誰かに感謝される筋合いは無いよ」


 その言葉は、静かで、痛くて、どこか諦めていた。


 アキナ「そっか…」


 私は返事をしながら、心の中でそっと呟く。


 アキナ(アサコさんは、自分の償いとして誰かを助けているんだ)


 誰かを傷つけた後悔が、今も彼を縛っている。感謝すら受け取れないほどに、心が壊れている。

 その姿に私は――アサヒ君の影を感じた。


 アキナ「だけどアサコさん。感謝を受け取るのも、優しさだと思うよ?」


 アサコ「え?」


 アキナ「感謝って、ただの言葉じゃなくて、心と心が繋がった証なんだよ?助けてくれた人の世界に、自分の存在がちゃんと届いたって……助けられた人は実感できて、嬉しくなるの。

 だから、お礼を言われたら、きちんと受け取って欲しいかな。

 そうじゃないと…」


 喉まで出かかった言葉が、そこで止まった。


 ――呪いになる。


 私は、アサヒ君にお礼が言いたかった。だけど――結局、私は彼を殺してしまった。


「ありがとう」も言えなかった。

「大好き」も伝えられなかった。


 彼のおかげで立ち上がれたのに。

 救われたのに。

 私の世界を、もう一度明るくしてくれたのに。


 なのに私は、その光を自分の手で消してしまった。


 胸の奥が、凄く痛む。

 息を吸うたびに、後悔が喉の奥までせり上がってくる。


 だからせめて――

 生きているなら、感謝を受け止めてほしい。

 誰かの「ありがとう」を、無視しないでほしい。


 それは、私がもう二度と叶えられない願いだから。


 でも、「呪いになる」なんて言葉は言えない。それを言ったら、自分の弱さを全部さらけ出すことになる。自分の痛みを見せるのが、怖い。


 私は…アサヒ君の死を乗り越えたくない。

 乗り越えたら、彼を忘れてしまう気がするから。

 彼をずっと愛していたい。

 たとえそれが、私自身を傷つける選択でも。


 アサコさんは、そんな私の沈黙を優しく受け止めるように言った。


 アサコ「分かった。これからは感謝を受け止めるよ。ありがとう」


 アキナ「…うん」


 私の声は少し震えていた。

 でも、アサコさんは気づかない。

 気づかなくていい。

 これは、私だけの痛みだから。


 私たちは本部へ戻り、

 そして神祓高等学校の寮へと、それぞれの夜へ帰っていった。


 夜の風が頬を撫でるたび、

 胸の奥の後悔が、静かに、静かに疼いた。

【桜山巴】

漆黒の髪と墨のように澄んだ瞳を持つ、現代日本の創造神。

魔王アサヒを討った英雄の一人であり、前任の創造神の後継者として神の力を継承した超エリート。

国の再建を主導し、現在は神術総監として日本の頂点に立つ。

大巫女の御三家・桜山家の当主であり、トウカとは従姉妹関係にあるが、性格も雰囲気もまるで似ていない。

また、神すら凌駕する“光命転環”や神使無限形成をはじめとする大神術を自在に操り、敵対する者を処理する。どれも大巫女が使用すれば寿命が減るというデメリットがあるが、創造神である巴であれば特に問題は無い。

しかしその強さの裏には、かつて“愛していた”少年の記憶がある。

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