虫かごの中の少女
アキナ ー 昨日 廃墟の旅館・屋上 ー
トモエさんはいつものように微笑んでいた。
その笑顔は何もかも見通していて――
“隠していた”。
トモエ「それじゃあ…旧創造神唯一派が武力蜂起した場所は栃木県宇都宮市よ。そこの応援として第二特別隊と合流しなさい。
あと、もし天の神使がいたら捕獲して私の元に持って来て。邪神王打倒のためにあれは必要よ。
だから第一特別隊は明日の任務に備えて本部へ帰還しなさい」
アサコさんが眉をひそめた。
アサコ「天の神使?」
その声には棘があった。嘘を暴くみたいだった。
私の中の“何か”が、彼女を警戒している。
私は微笑んだ。
本物に見えるように、何度も練習した“嘘”。
アキナ「天の神使はね、天照さまが自分の手で作った神使なんだ。
普通の神使は契約者がいないと力を出せないけど、あれは違う。天照さまの力をそのまま受け継いでるから、一体でも邪神を倒せるくらい強いの」
アサコ「えっ、すごっ」
アサコさんが軽く驚いた。
トモエ「天照大神は自らの死を予見していたのよ。だからこそ十二の神使を――“天の十二支”を己の内に宿していた。いずれ訪れる転生の時、彼女が再び力を取り戻すために。
そして彼女が滅びた瞬間、十二支はこの地に解き放たれた。それぞれが彼女の“欠片”を宿してね。
けれど彼らが姿を現すのは――天照大神の転生者の前だけ。
前創造神も探していたけれど決して見つけられなかった。当然よ。転生者は私とアキナだけだから」
トモエさんの声はいつも通り穏やかだった。
でも、彼女の言葉の中には“空白”がある。
アサコ「なるほど。それでその十二支を集めたらどうなるの?」
トモエ「この世界から魔族が消えるわ」
トウカちゃんが目を輝かせた。
トウカ「それは本当ですか!?」
トモエ「本当よ?それほど天照大神の力は強大なの」
トウカ「正直、世界中が魔族に支配されてるって知ったときは、ちょっと不安だったんです。
トモエさまとアキナさまだけで、本当にどうにかなるのかなって……。
でも、十二支を集めればこの戦いが終わるって聞いて、なんだか希望が見えた気がして!
私、頑張りますっ!」
トウカちゃんはまっすぐだった。
疑うことを知らない、まるで陽だまりのような子。
その純粋さが、時々まぶしくて、少しだけ怖い。
アキナ(まるで、二年前の私を見ているみたい)
アサコ「きな臭いわね~……」
その言葉に私は一瞬だけ、まばたきを忘れた。やっぱりこの人は、鋭い。
トウカ「何怪しんでるのよ!!トモエさまの言うことなんだから間違いないわよ!!アキナさまも賛同しているんですよね!?」
私はトモエさんを見た。彼女は、変わらずに笑っていた。その笑顔の奥に、何があるのか――私は、もう聞けない。
アキナ「うん、私もトモエさんと同じだよ?」
私はトウカちゃんに笑顔を向けた。
それはトモエさんと同じ笑顔。
誰にも疑われないように、
誰にも見破られないように。
アキナ ― 現在 新幹線 ー
カズオ「これは失礼。目幡カズオと申します。まあ、ただの雑誌記者ですよ」
そう言って男はわざとらしく笑った。その笑みは愛想の皮をかぶっていたけれど、目だけが冷たかった。
彼は鞄から雑誌を取り出し、パラパラとページをめくる。その指先は妙に丁寧で、まるで“獲物を見せびらかす”ようだった。
カズオ「ああ、ありましたありました。こちらです」
彼は見開きのページをこちらに突き出した。
そこには大きく――
『アキナさま、旧創造神唯一派の鎮圧のため宇都宮へ出陣』
という見出しが踊っていた。
トウカ「どうしてそれを知っているの!?」
トウカちゃんが声を荒げて男に掴みかかろうとする。
私はそっと彼女の腕を取って止めた。
カズオ「おっと、落ち着いてください」
カズオさんは肩をすくめてわざとらしく困ったような顔を作る。
カズオ「企業秘密ですのでね。たとえ破壊神アキナさまに尋ねられても、お答えはできません。
……あ、でも記事にされるのは慣れてますよね?“偶像”って、そういうものでしょう?」
カズオさんは私の心の奥を覗き込むように笑みを浮かべた。私の“過去”を知っているみたいだ。
アサコ「今時、雑誌記者とはね。ネットニュースがあれば雑誌なんて誰も読まないわよ」
アサコさんは呆れたように言った。
でも、その目が一瞬だけ細くなる。
何かに気づいたのだ。
アサコ「ああ……だからアキナをスクープにしたのね」
カズオ「おっしゃる通り」
男は口角を上げた。笑っているのに目がまるで笑っていない。
カズオ「アキナさまを取り上げたおかげで売れに売れましたよ。
今や私の記事で世間は大騒ぎです。
“神の化身は何を食べ、どこで眠るのか”――
人々は、そういう話が大好きなんですよ。
偶像のプライベートを覗き見るのが何よりの娯楽なんです」
アサコ「女の子の生活を切り売りして世間は大盛り上がり……
ずいぶんと小さな世界ね。
ガラス越しに覗いて勝手に騒いで飽きたら捨てる。
まるで虫かご。
中にいる子が泣いてるかどうかなんて誰も気にしない」
二人は笑った。でもその笑みはどちらも冷たく、刃のようだった。
カズオ「それで?」
彼は私に視線を向ける。
カズオ「今まで多くの命を救ってきたアキナさまが今度は人を殺す。
それについてはどんなお気持ちですか?」
トウカ「アキナさまは人殺しなんかしてない!!」
トウカちゃんの声が車内に響いた。
トウカ「私たちは殺しに行くのでは無く、暴動を止めるために行くんです!!
出鱈目を言わないでください!!」
彼女は本気だった。
私を信じて、私を守ろうとしてくれている。
その姿が、まぶしくて、痛い。
でも――
カズオ「アキナさまは人を殺しましたよ?
確か……春風アサヒ。
かつて少女たちの運命に翻弄され、殺されてしまった少年。
彼を、ね」
その名前が落ちた瞬間、
世界が一拍、音を失った。
春風アサヒ。
あの日の声が、あの瞳が、あの手の温もりが――
一斉に蘇って、私の心をかき乱す。
アサヒ君は、私を守るために全部を背負った。
私が“英雄”でいられるように。
私が“生き残れる”ように。
そして私は――
その子を殺した。
世界を救うために。
誰かの希望になるために。
“アキナさま”になるために。




