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呼び戻された名前

 アキナ ― 新幹線 ー


 ガタン、と新幹線が揺れた瞬間、空気がひっくり返ったように感じた。

 アサコさんが立ち上がる気配は、まるで風向きが急に変わるみたいで、胸の奥がざわりと震えた。


 アサコさんの左手から金平糖がきらりと光り、次の瞬間にはカズオさんの口元へ押し込まれていた。


 カズオ「むぐっ!」


 カズオさんの声が太鼓のように鈍く響く。


 カズオ「まっず!!何だこれ!?」


 今度はアサコさんの右手がカズオさんの頭に触れた瞬間、カズオさんの顔面が椅子に押し込まれていた。


 私は思わず立ち上がった。


 アキナ「アサコさん!?」


 止めなきゃいけない。そう思ったのに、アサコさんは左手を軽く上げて、“来るな”とでも言うように静かに制した。


 その仕草が妙に落ち着いていて、逆に怖かった。


 アサコ「人を殺す気分?災厄な気分に決まってるだろ」


 アサコさんの声は低く、けれど震えていて、その震えが私の胸の奥まで伝わってくる。


 アサコ「お前がどんな記事を書こうがアキナがアサヒを殺したことで世界が救われたのは事実だ。

 そして、そんな残酷な選択肢を少女たちに与えたのが世界であることもな」


 言葉が刃物みたいに鋭くて、

 でも、同時にどこか泣いているようにも聞こえた。


 アサコ「お前さ…女の子に守られてるくせに偉そうにするの…すげぇ惨めで情けないことにいい加減に気付けよ。いい大人だろ?」


 アサコさんの鋭い眼光がカズオさんを射抜く。


 私は動けなかった。


 だって、その眼差しが――

 アサヒ君に、似ていたから。


 前創造神と戦っていたあの時の、

 “全部を背負って、それでも前に進もうとする人の目”に。

 胸の奥で花びらが散るようにざわざわと震えた。

 怖いのに、懐かしくて、痛くて、温かい。

 アサコさんの背中が、あの時のアサヒ君と重なって見えた。


 アキナ「アサヒ君…?」


 気づいたら、口が勝手に動いていた。胸の奥からこぼれ落ちたみたいに、名前が出てしまった。


 アサコさんの動きが止まる。その瞬間、車内の空気がふっと軽くなる。

 まるで張り詰めていた空気が、一瞬だけ緩んだようだった。


 アサコ「え”!?」


 アサコさんは呆然とした顔で私を見つめていた。その表情が、普段の彼女からは想像できないほど無防備で、胸がちくりと痛んだ。


 トウカちゃんが戸惑った声を上げる。


 トウカ「え…? アキナさま、何を…」


 アキナ「えっ! あっ! ごめん!! 間違えた!!」


 私は慌てて手を合わせて謝った。頬が熱くて、心臓が跳ねて、自分でも何をしているのかわからなかった。

 その一瞬の隙をついて、カズオさんが動いた。


 カズオ「クソッ!」


 アサコさんの腕を振りほどき、ドアへ向かって走り出す。


 アキナ「やべ! 思わず力抜けちゃった!!」


 アサコさんが焦った声を上げる。さっきまでの鋭い気配が嘘みたいに消えていた。

 カズオさんは振り返り、怒りに震えた声で叫ぶ。


 カズオ「民間人に暴力を振るとは! それでも大巫女か!!

 記事にして訴えて、後悔させてやる!!」


 ドアが開き、風が流れ込む。カズオさんはそのまま後ろの車両へ消えていった。


 残された空気は、妙に静かだった。

 さっきまでの緊張が嘘みたいに、

 ただ、ぽつんと取り残されたみたいな静けさ。

 アサコさんはまだ、私を見ていた。驚きと、戸惑いと、何か言いたげな光が混ざった目で。


 その目が――

 やっぱり、アサヒ君に似ていた。


 胸の奥で、花びらがふわりと舞い上がるような感覚がした。

 懐かしくて、痛くて、温かい。

 そんな感情が一度に押し寄せてきて、

 私は息をするのも忘れそうだった。


 トウカちゃんが勢いよく立ち上がった。


 トウカ「何が"後悔させてやる"よ!?男の分際でアキナさまを苦しめるなんて!!」


 トウカちゃんの声が小さな雷みたいに車内に響いた。

 その声に安心するかのように、アサコさんは、ふぅっと息を吐いて肩の力を抜いた。


 アサコ「クソッ…逃げられた。でも、あんな奴に関わったところで時間の無駄。せっかく宇都宮に行くんだから、ついでに観光でもして楽しみましょう」


 その言葉は軽いのに、どこか無理して明るくしているように聞こえた。

 アサコさんは席に戻り、窓の外へ視線を流した。


 私は胸がざわついて、思わず声をかけた。


 アキナ「だけどアサコさん。暴力は駄目だよ。それに、あんなことをしちゃったら…」


 言いながら、胸の奥がきゅっと痛んだ。

 もし今回のことが広まったら――

 アサコさんは、市民に手を出したことで特務隊をやめさせられるかもしれない。


 また、私のせいで誰かが傷つくのかもしれない。

 そんな考えが頭をよぎって、息が苦しくなった。


 アサコさんは、そんな私の気持ちを見透かしたみたいに笑った。


 アサコ「世間から睨まれるって? 構わないわ。寧ろ慣れっこ」


 その笑顔は明るいのに、どこか影が差していた。


 トウカちゃんが眉をひそめる。


 トウカ「慣れっ子って…特務隊を除隊になるかもしれないのよ!? 分かってるの!?」


 アサコ「まぁね、お金が無くなるのは不便だけど…でも、私は野宿なんて経験したことあるし。別に気にしてないわよ。

 それに、元から居場所なんて無いし」


 アキナ「居場所…」


 その言葉が胸に刺さった。

 去年の冬、トモエさんと一緒にアサコさんをスカウトしに行った日のことが、ふっと蘇る。


 トウカちゃんが不思議そうに首をかしげた。


 トウカ「何それ? どういうこと?」


 アサコさんは軽く手を振って話題を遠ざけようとする。


 アサコ「あ〜…気にしないで。大したことじゃないから」


 トウカ「何よ! 話しなさいよ!! もしかして、恥ずかしいことなのかな?」


 トウカちゃんがイタズラっぽく笑うけど、アサコさんは完全に無視した。


 トウカ「無視しないでよぉお!」


 私はそっと口を開いた。


 アキナ「アサコさん。話してあげようよ。去年の冬、私とトモエさんと出会って、戦う決意をした日のことを…」


 アサコさんは嫌そうに目を逸らした。


 アサコ「いいのよ。この話は……」


 でも私は知っている。アサコさんが“居場所がない”と言った理由を。


 トウカちゃんが驚いた声を上げた。


 トウカ「えっ!? 去年の冬!? 初めて出会った日!? 神祓高等学校に入学する前からアキナさまはアサコと出会っていたんですか!?」


 アキナ「うん、そうだよ。アサコさんは、実は前からトモエさんにスカウトされていたの」


 トウカ「トモエさまに!?」


 トウカちゃんの目が丸くなる。


 アサコさんは、観念したように小さく息を吐いた。


 そして――

 静かに、でもどこか震える声で言った。


 アサコ「……私は、アサヒの女クローンなのよ」


 その言葉が落ちた瞬間、

 車内の空気がひんやりと揺れた気がした。


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