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朝日のアキナ ー 救済の勇者 ー  作者: 丸いタマゴ
天の十二支争奪戦編
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痛みと成長③

 アキナ ― 森吉山・川沿いの桜並木 ―


 男の叫び声が、桜並木に響き渡った。


 ごろつきD「何勝手に決めてんだよお前ぇえ!!」


 怒りに任せて、男は胸倉を掴む勢いで私に近づいてくる。その顔は真っ赤で、恐怖と混乱が入り混じっていた。


 ごろつきD「何で俺が警察に行かなきゃいけないんだよ!!悪いことなんて何もしてないだろ!!」


 男は震える指を、アサコさんとギンジロウさんへ突きつけた。


 ごろつきD「寧ろ警察に行くべきなのはコイツらだろ!!!コイツらは俺の仲間を殺したんだぞ!!?」


 怒り狂う男の声が、桜の影を震わせる。私は深く息を吸い、冷静に言葉を紡いだ。


 アキナ「神祓法によってアサコさんとギンジロウさんは、破壊神である私の安全確保を最優先とした為に無罪になります。

 そして貴方は――創造神、及び破壊神危害未遂罪として確実に有罪となります」


 男の顔がひきつり、目が大きく見開かれた。どうやら神祓法の存在を知らなかったらしい。


 ごろつきD「創造神、及び破壊神の……危害未遂罪?」


 私は変わらず冷静に続けた。


 アキナ「そうです。破壊神、及び創造神に対して暴行・傷害・殺害を試みた場合に成立します。ナイフを抜いた時点で、完全に駄目だったんです。

 貴方たちの行為は、国家転覆レベルの危険行為として扱われます」


 男の膝が崩れ、地面に座り込んだ。


 ごろつきD「そっ、そんな……俺の人生、終わりじゃん……」


 その姿を見て、ギンジロウさんは不服そうに鼻を鳴らした。腕を組み、苛立ちを隠そうともしない。


 ギンジロウ「何が人生の終わりだ!こっちは法律を盾に使われちまったからお前を殺せないんだぞ!?アキナのおかげで命拾いしたな若造!!」


 アキナ(命拾い……?)


 私はギンジロウさんへ向き直り、確認するように問いかけた。


 アキナ「つまり、私のお願いを受け入れてくれたってことですか?」


 ギンジロウさんはニヤリと笑った。その笑みは獣のようで、しかしどこか誇らしげだった。


 ギンジロウ「ああ、そうだ。

 本当なら法律なんか無視してその若造を殺してやりたいが……

 お嬢ちゃんの成長に免じて諦めてやる」


 胸の奥が熱くなった。嬉しさが込み上げてきて、私は勢いよく頭を下げた。


 アキナ「ありがとうございます!ギンジロウさん!!」


 私は頭を上げて、アサコさんを――

 いや、今だけは アサヒ君として見た。


 桜の影が揺れ、その揺れが胸の奥のざわつきを静かに撫でていく。


 自分がただ背負うだけじゃ、何も救えない。それなら――別の方法を考えればいい。

 誰も死なない方法を。


 その方法が、私にもできると証明するように、私はアサヒ君をまっすぐ見つめた。


 アサヒ君は、目を瞑っていた。ほんの少しだけ肩の力を抜き、安心したように、柔らかい笑みを浮かべていた。


 彼は気づいていない。

 でも、その姿があまりにも優しくて、

 私は思わず息を呑んだ。


 胸の奥に、静かだけど確かな光が灯った。


 私はその光を抱きしめるように、アサヒ君の笑みを見つめ続けた。


 アサヒ ― 森吉山・深淵 ―


 アキナたちと別れてからもう一時間ほど経っただろうか。

 森吉山の深部は、昼でも薄暗い。針葉樹の影が地面を覆い、風の音すら獣の息遣いに聞こえる。


 俺とギンジロウは、黙々と魔物の痕跡を探していた。


 ギンジロウが先頭を歩き、俺はその背中を追う形になる。落ち葉を踏む音が規則的で、山に馴染んでいるみたいだった。


 だが――

 魔力を感知できないはずのギンジロウが、なぜ迷いなく進めるのか。

 その疑問が、ずっと胸の奥に引っかかっていた。


 アサヒ「ギンジロウ」


 俺は歩きながら声をかけた。


 アサヒ「お前は普通の人間なのに、どうしてあの魔物を見つける自信があるんだ?」


 ギンジロウは振り向き、得意げに笑った。


 ギンジロウ「俺はアイツの習性を知っているからだ」


 アサヒ「習性?」


 ギンジロウ「そうだ」


 ギンジロウは歩みを止め、一本の倒木に手を置いた。


 ギンジロウ「俺はアイツを猿女と言っている。猿女は獲物を石化させ、いつでも食えるように貯蔵して置くんだ。食う時は頭だけ石化を解いて、そこから少しずつ食べていく。残酷な食べ方だろ?あいつは獲物の悲鳴を聞きながら食べるのが好きなんだよ」


 ギンジロウは淡々と語る。その内容はあまりにも生々しく、背筋が冷える。


 ギンジロウ「恐ろしいだろ?だが、そのおかげで奴は決まった場所で巣を作り、転々としている。俺はその場所を全部把握している。いずれ猿女とは遭遇するさ」


 そう言ってギンジロウは豪快に笑った。森の静けさにその笑い声が響き、鳥が一羽飛び立った。


 だが――俺は気づいていた。


 猿女を狙撃したあの瞬間。ギンジロウの指が引き金にかけられた時。ほんの一瞬だけ、迷いがあった。

 銃口がわずかに揺れた。あれは獲物を仕留める時の揺れではない。

 俺はその背中を見つめながら、静かに息を吐いた。


 アサヒ(……ギンジロウ。お前、何を知っている?猿女に対して、何を感じている?)


 俺はギンジロウの背中を追いながら、ずっと胸の奥に引っかかっていた疑問を口にした。


 アサヒ「長拓少佐から、かつて高木ユウマ大尉に魔物の骨を武器に加工する技術を教えた猟師がいて、それがあんただと聞いた。

 旭道無しで武器に加工するなんて途方のない時間がかかるはずだ。それなのにあんたはそれをやり遂げた」


 ギンジロウは歩みを止めず、ただ肩を揺らした。その背中には、無駄がない。


 アサヒ「ユウマ大尉はそのことを高く評価して、あんたにクーデターの参加をお願いしに行った。しかし、あんたは拒否した。

 魔物の骨を武器に加工する技術を教えたんだ。クーデターに反対していたわけじゃないんだろ?どうして断った?猿女を撃ち殺すのに躊躇したのと関係があるのか?」


 森の空気が重くなる。湿った土の匂いが濃くなり、風が止まった。


 重い沈黙が、この空気を支配した。


 俺はその沈黙を――図星だと判断した。


 ギンジロウは振り向き、誤魔化すように笑った。だが、その笑みは目だけ笑っていない。


 ギンジロウ「バレちまったか。恐ろしいほどの洞察力だなアサヒ」


 俺は視線を逸らさず、静かに言った。


 アサヒ「やはりあの猿女と何か関係があるのか。つまり、俺の旭軍への誘いも断るつもりだったんだな」


 ギンジロウの視線がわずかに揺れた。


 俺は続けた。


 アサヒ「魔物を武器加工する技術も貴重だが、お前の狙撃能力とサバイバル技術も同じように貴重だ。その知識を、兵士たちに教えて欲しかったのだがな…」


 少しだけ残念そうに言うと、ギンジロウは鼻を鳴らした。


 ギンジロウ「お前たちのやっていることを否定するわけではない。寧ろ、お前たちの戦いは自然を守ることにもなるからな。正しいことだと思っている」


 ギンジロウは倒木に手を置き、森の奥を睨んだ。


 ギンジロウ「だがな?ユウマにも言ったが俺は猿女とケリをつけない限り、お前らの戦いに参加せん」


 その言葉は山の獣が縄張りを宣言する時のように重かった。俺は一歩近づき、低く問いかけた。


 アサヒ「殺すことに躊躇しているのにどうやってケリをつけるつもりだ?お前は獣に拘っているんだろ?それなのに獲物を狩ることに躊躇うのか?」


 ギンジロウの肩がわずかに震えた。その震えは、寒さではない。


 アサヒ「獣が獲物を狩ることに躊躇いはない。もし躊躇するとすれば――獲物が親しいもの以外あり得ない。

 家族、友人、恩人……」


 その瞬間、猿女の姿が脳裏に浮かんだ。


 黒い長髪。

 猿の身体。

 たくさんの目。


 だが――魔物は会話するほど頭は良くない。親しいものが魔物なんて、普通はあり得ない。


 しかし。


 大巫女が邪神の肉を食べて暴走し、邪神化した前例がある。それと同じ現象が、起きたのなら――


 俺は息を呑んだ。


 アサヒ「まさか、猿女は……人間だったのか?」


 その言葉が森に落ちた瞬間、森吉山の風がぴたりと止まった。世界が一瞬だけ静止したように感じた。


 ギンジロウは振り向かない。ただ、拳を強く握りしめていた。

 その拳は力強いはずなのに――

 震えていた。

 だが次の瞬間、ギンジロウは大笑いした。


 ギンジロウ「だっはっはっはー!!お前頭いいな!!探偵も向いているんじゃないのか!?」


 豪快な笑い声が森に響く。鳥が一羽、驚いて飛び立った。

 しかし――

 その笑いの奥に、俺は気づいていた。


 胸の奥からジワジワと滲む罪悪感。それが俺の身体を蝕んでいる。

 もし猿女がギンジロウの親しい人の成れの果てなら、俺の詮索は彼の古傷を抉る行為だ。

 武器加工技術を教えてくれた恩人に対する冒涜にも等しい。


 俺は静かに言った。


 アサヒ「すまない。これ以上の模索はやめておこう。考え出すと止まらない性分なんだ。今までの考察は誰にも言わないし、忘れる」


 謝罪の言葉を口にすると、ギンジロウは変わらず笑っていた。その笑みは、どこか寂しげだった。


 ギンジロウ「気にするな。アサヒと分かった時、いずれお前にだけは話そうと思っていた。お嬢ちゃんたちに聞かれたくなかったからな」


 ギンジロウは立ち止まり、近くの木に腰を下ろした。皮のポーチを開き、鹿の干し肉を取り出す。


 ギンジロウ「ちょうどいい。休憩のついでだ。昔話をしてやる」


 もう一つ干し肉を取り出し、俺に差し出した。


 ギンジロウ「立っていないで座ったらどうだ?ほら、これでも食え」


 アサヒ「ありがとう」


 俺は干し肉を受け取り、ギンジロウと向き合うように座った。

 森の匂いが濃くなる。湿った土と獣の匂いが混じる、山の深部特有の空気だ。


 ギンジロウは干し肉を噛みながら、静かに口を開いた。


 ギンジロウ「単刀直入に言うが――

 お前の言う通り、猿女は俺の最も親しい人で正解だ」


 ギンジロウの視線が遠くの森へ向けられる。その瞳は鋭く、しかし深い痛みを宿していた。


 ギンジロウ「奴の正体は……俺の娘だ」


 森吉山の風が再び吹き始めた。その風は冷たく、どこか哀しかった。


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