痛みと成長②
アキナ ― 森吉山・川沿いの桜並木 ―
二十分後、茂みが揺れ、アサコさんとギンジロウさんが姿を現した。
その間、私は男から何度も罵声を浴び続けていた。
「友達がみんな死んだ。お前のせいだ」
「休日が台無しになったんだから責任取れよ」
「神のくせに役立たず」
男の怒鳴り声は、桜並木の静けさを乱暴に踏みにじった。胸の奥がぎゅっと痛み、息が詰まり、視界が少し白くなる。
私はただ、トウカちゃんを守れなかった罪悪感で、
男に謝るしかなかった。
アキナ「ごめんなさい……
守れなくて……
また……」
でも――
アサコさんとギンジロウさんが姿を見せた瞬間、
男の顔つきが恐怖に変わった。
ギンジロウさんは、威圧感を纏いながら笑っていた。その笑みは、山の獣が獲物を見つけた時のように鋭い。
アサコさんは興味なさそうに立っていたが、その瞳はどこか冷たく、静かに状況を見つめていた。
ギンジロウ「忠告をしたのにまた来たってことは、土に還る覚悟ができたってことだな!!若造!!」
ギンジロウさんの声が響くと、男は悲鳴を上げ、再び私の背後にしがみついた。
ごろつきD「ひぃ!!俺を守れよ破壊神!!」
私はギンジロウさんの前に立ち、胸の奥の痛みを押し殺しながら声を絞った。
アキナ「もう……やめてください、ギンジロウさん。こんなことをしても、意味はありません」
ギンジロウさんは、呆れたように溜め息をついた。
ギンジロウ「破壊神さまよぉ……何で自分の仲間が守れなかったか、分かっていないのか?」
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
アキナ「それは……私が弱いからで……」
ギンジロウさんの声が、低く深く否定した。
ギンジロウ「違う」
その瞳が鋭く私を射抜いた。
ギンジロウ「お前は仲間の命より、自分のエゴを優先したんだよ。
自分を犠牲にしてる時点で仲間を不幸にしている。迷惑な事だ。自己満足して死にたいなら仲間と縁を切れ。
誰も死なない甘い世界は存在しない。今のお前さんは綺麗事に囚われ、周りを不幸にする害獣だ。旧創造神唯一派と魔族共存連盟と何も変わらん」
胸の奥がひどく痛くなり、息が詰まり、世界がまた白くなる。
私は思わず怒鳴った。
アキナ「でも、私たちは世界を守るのが使命なんです!!だから私は何も間違っていな――」
その時、アサコさんの姿が目に入った。
アサコさんは、哀しそうに私を見ていた。その瞳は、責めるでもなく、怒るでもなく――
ただ、静かに痛みを湛えていた。
その表情を見た瞬間、私は自分の愚かさに気づいた。
世界を守る。
それを使命だと信じて、命懸けで戦い続けた。
そのせいで――
大切な人を傷つけ続けて、アサヒ君のような人たちを生み出した。
旭軍を、生み出したのは私たちなんだ。
それなのに、私はまた――
同じ過ちを繰り返そうとしていた。
私はアサコさんをじっと見た。
苛立ちを抑え、呼吸を整える。
アサコさんは少し戸惑っていたけれど、
その仕草が、アサヒ君と同じで――
胸の奥が少しだけ軽くなった。
アキナ(そうだった……
アサコさんは、アサヒ君なんだった)
やっぱり――
好きな人が近くにいると、気持ちが楽になる。
そして、アサコさんが言ったあの言葉を思い出した。
アキナ(命は不平等……)
でも――だからといって、誰かの命を切り捨てることなんてできない。
私はゆっくりと息を吸い、ギンジロウさんへ向き直った。
私は素直にギンジロウさんへ頭を下げた。肩がわずかに震えているのが、自分でも分かった。
アキナ「取り乱してごめんなさい……」
桜の影が風に揺れ、地面に落ちる影も揺れた。その揺れが、胸の奥のざわつきを少しだけ静めてくれる。
ゆっくりと顔を上げる。ギンジロウさんは腕を組み、私を見下ろしていた。その瞳は鋭いが、どこか試すような光が宿っている。
私はその視線を正面から受け止めた。
アキナ「ですけど……誰も死なない世界を、私は諦めたくありません。その方法があると、私は信じています」
ギンジロウさんの眉がわずかに上がる。興味を引かれた時の、あの癖だ。
ギンジロウ「ほう……?どうして信じられる?」
私は顔を上げ、胸に手を当てる。鼓動が震えている。でも、言葉はまっすぐだった。
アキナ「アサコさんは、命は不平等だと言っていました。それなら……その命に価値を与えれば、平等になれると思うんです」
ギンジロウさんの瞳が鋭く細められた。その視線は、まるで獣が獲物を見定める時のようだった。
ギンジロウ「ならば、その若造にどうやって価値を与える?」
私は背後の男を見た。
怯え、震え、私の背中にしがみついている。
さっきまで罵声を浴びせていた人。
でも――それでも、命は命だ。
アキナ「彼を警察に連行して罪を償わせます。もし彼が不正をして不起訴や無罪を企んでいるなら……私は破壊神と天乃家当主として、あらゆる手段を使って有罪にします。決して逃さないことを誓います」
胸の奥が熱くなる。
怖い。
でも、言わなきゃいけない。
私は一歩前へ出た。男は驚いて私の服を掴み直したが、振り返らなかった。
アキナ「だから……彼を殺さないでください。改心して、価値が生まれるかもしれないんです。その可能性を、奪わないであげてください」
言い終えた瞬間、風が吹いた。桜の影が揺れ、私の足元に落ちる影も揺れた。
アキナ(命が不平等なら……彼の命に価値はあると証明するしかない。その方法は……罪を償わせること。それしかない)
桜の影がまた揺れて、その揺れが、私の心をそっと支えてくれた。
ギンジロウさんはしばらく黙っていた。その視線は鋭いまま、私の覚悟を測るように動かない。
アサコさんは静かに私を見ていた。その瞳は、さっきより少しだけ柔らかかった。
私は息を整え、二人の前に立ち続けた。




