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朝日のアキナ ー 救済の勇者 ー  作者: 丸いタマゴ
天の十二支争奪戦編
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山喰いギンジロウ①

 アキナ ― 秋田県北秋田市・阿仁(あに)・森吉山(もりよしざん) ―


 阿仁川沿いの桜並木を三人で歩いていた。風が吹くたび、花びらが雪のように舞い落ちる。その光景は美しくて、どこか現実離れしていた。


 アキナ(……確か、この辺りって桜は咲かないって聞いたはずなのに)


 胸の奥が少しだけざわついた。でも、足は止められない。私たち第一特別隊は天の十二支の捜索任務の真っ最中だった。

 猟師さんの案内で天の寅を目撃したという場所へ向かっている。学校を公欠して、急いで秋田へ飛んできたばかりだ。

 桜の花びらが肩に落ちる。その冷たさが、妙に胸に残った。


 アキナ「ここで見たんですか?」


 私は猟師さんに声をかけた。猟師さんは私を見て、優しく頷いた。


 猟師「そうだよお嬢ちゃん」


 その声は穏やかだったけれど、どこか怯えが混じっているように感じた。トウカちゃんが一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。


 トウカ「ではここからは私たちで捜索します。案内ありがとうございました。猟師さんは帰っていただいて大丈夫です」


 アサコさんは手を軽く振り、柔らかく微笑んだ。


 アサコ「ご苦労様。猟師さん」


 猟師さんは頷いたものの、その表情は不安に曇っていた。


 猟師「分かったよ。ただ…」


 トウカちゃんが眉を寄せる。


 トウカ「ただ?」


 猟師さんは周囲を見渡し、まるで何かに怯えるように声を潜めた。


 猟師「この先は、山喰いギンジロウの縄張りだ」


 風が止まった。桜の舞い落ちる音だけが、静かに響く。


 アキナ「山喰い……ギンジロウ?」


 思わず聞き返すと、猟師さんは真剣な目で私たちを見た。


 猟師「奴はツキノワグマを二百四十頭、イノシシを三百頭狩った男だ。二ヶ月北海道に行った時は、ヒグマを百頭も倒した。

 それに……噂じゃ魔物まで仕留めたって言われてる」


 トウカちゃんが小さく息を呑む。アサコさんは表情を変えず、ただ静かに聞いていた。

 猟師さんは続ける。


 猟師「アイツは獣みたいに縄張り意識が強い。魔物だろうが魔族だろうが、侵入した奴は殺しにくる。この山を喰らい尽くすために、な」


 桜の花びらが、ひとひら、猟師さんの肩に落ちた。その瞬間、彼は肩を震わせた。


 猟師「だから……気をつけるんだよ」


 そう言い残して猟師さんは山を下りていった。残された私たちは静かに桜の舞う山道を見つめた。胸の奥が、またざわついた。


 アキナ(……天の寅よりも、怖いものがいるの?)


 風が吹き、桜が舞った。その美しさが逆に不気味に感じられた。



 しばらく山道を歩いていると、アサコさんが桜の枝を払いながら淡々と呟いた。


 アサコ「ツキノワグマ二百四十頭、イノシシ三百頭、二ヶ月でヒグマ百頭……しかも魔物まで倒すなんて、とんだ化け物ね。本当に人間かしら?」


 その声は軽いのに、言っている内容は重かった。トウカちゃんは肩をすくめる。


 トウカ「そんなのただの噂よ。それに、私たち大巫女の敵じゃないわ」


 私は桜の花びらを見上げながら胸を弾ませた。


 アキナ「でも本当なら凄いよね!?どんな人かな?」


 三人の声が重なり、春の山道に小さな笑い声が響いた。


 和気あいあいとした空気。桜が舞い、川の音が遠くで流れている。

 その瞬間だった。


 ――バチンッ!!


 乾いた金属音が、山の静けさを裂いた。


 アキナ「トウカちゃん!?」


 振り返ると、トウカちゃんの右足が“何か”に引っ張られ、彼女の身体がふわりと宙に浮いた。


 トウカ「っ……くっ……!」


 逆さに吊られたトウカちゃんの足首には、太いワイヤーが食い込んでいた。木の枝に繋がれたワイヤーが、彼女の体重を軽々と吊り上げている。


 アサコさんが即座に叫ぶ。


 アサコ「くくり罠だ!」


 私は息を呑んだ。


 アキナ「罠……?どうしよう……!」


 逆さのまま揺れながら、トウカちゃんは冷静に周囲を見渡した。


 トウカ「アキナさま、近づかないでください!この罠……素人の仕掛けではありません!!」


 アサコさんがワイヤーを指で弾く。


 アサコ「ワイヤーが太い。クマ用ね……」


 アキナ「クマ用!?じゃあ……」


 アサコ「そうよ。しかも相当な腕」


 トウカちゃんは息を整え、アサコさんへ視線を向けた。


 トウカ「アサコ、ワイヤー切れる?」


 アサコ「切れる。待ってて」


 その瞬間――


 ゾゾッ


 背筋が氷のように冷たくなった。


 アキナ(何か、来る…!)


 胸の奥が警鐘を鳴らす。


 アキナ「危ないアサコさん!!」


 私は反射的に手を伸ばした。


 ――パァンッ!!


 銃声が山に響いた。


 アキナ(駄目だ!間に合わない……!)


 キンッ!


 金属が弾ける音。アサコさんはすでに刀を抜いていて、飛んできた銃弾を斬り落としていた。


 アキナ(銃弾を……斬った……!?)


 現実感が揺らぐ。アサコさんの瞳は鋭く、十二時の方向を睨んでいた。


 アサコ「十二時の方向!!トウカは私が助けるから行ってアキナ!!」


 その声で、私はようやく身体を動かした。


 アキナ「うっ、うん!!」


 桜の花びらが舞う中、私は鬼神へ変身し、十二時の方向へ向かって飛んだ。


 パァンッ!!


 乾いた銃声が山に響いた。弾丸が私の頬をかすめ、冷たい痛みが走る。


 アキナ(これ……ただの弾じゃない!)


 一瞬だけ、魔物の魔力が弾丸から滲んだ。この感覚を私は知っている。三年前、軍のクーデターの時――

 兵隊さんが使っていた、魔物の骨を加工した弾丸と同じものだ。


 アキナ(もしかして、旭軍の人?)


 胸がざわつく。でも止まらない。私は山の奥へと進んだ。

 桜の花びらが舞い落ちる静かな山道の先に、黒髪に白髪の混じった髭を蓄えたお爺さんが立っていた。古い猟銃を構え、こちらを睨んでいる。


 アキナ(魔力は……感じない。普通の人間だ!それなら、戦う必要はない!!)


 お爺さんは目を細めた。


 お爺さん「速いな…」


 引き金に指がかかる。


 アキナ「ふっ!」


 ダンッ!


 私は地面を蹴り、身体を反らせてバク転。


 クルクルクル


 その勢いのまま、トリプルアクセルで弾道を外す。


 お爺さん「うおおっ!?」


 パァンッ!!


 銃声が再び響く。だけど照準は大きく外れ、弾丸は木の幹に吸い込まれた。


 アキナ「今だ!!」


 私は地面に着地すると同時に距離を詰め、お爺さんの腕を掴む。


 ガッ!


 そして軽く回転させた。


 グルンッ


 トモエ投げ――

 ただし、普通の人間だから力は弱めて。


 ドンッ!


 お爺さん「あだっ!!」


 お爺さんは木にぶつかり、そのまま地面へ落ちた。


 ドサッ


 お爺さんは頭から落ちた。


 お爺さん「……あたたた……」


 頭を押さえながら起き上がるお爺さん。厚手の毛皮を着ていて、片目は潰れていた。その姿は、ただの猟師にしか見えない。


 アキナ(普通のお爺さん!?どっ、どうしよう!?取り敢えず武器を取り上げる?でもそれだと余計に敵だと思われそうだな…)


 胸がぎゅっと締めつけられる。お爺さんは震える声で言った。


 お爺さん「魔族め……!」


 アキナ(やっぱり、私たちを魔族と勘違いしてるんだ)


 桜がひらひらと舞い落ちる中、私は猟銃を構えるお爺さんと向き合った。


 アキナ(それなら…)


 胸の奥のざわつきを押し込むように、私は深呼吸した。そして山の静けさを切り裂くように、大声で名乗りを上げた。


 アキナ「私は天乃アキナ!!またの名を――破壊神!!

 神祓特務隊・第一特別隊として天の寅の保護に来ました!!だから、お爺さんの敵ではありません!!」


 お爺さん「………」


 山に私の声が響く。

 沈黙が落ちる。


 アキナ(あれ?なんかおかしなこと言ったかな私!?)


 頬が熱くなる。恥ずかしさが胸の奥からじわじわと広がっていく。

 その時だった。


 お爺さん「だははははは!!」


 お爺さんが突然、豪快に笑い出した。


 アキナ「えっ……?わ、笑われてる……?」


 お爺さん「笑うさ!突然“破壊神です!”なんて名乗る奴、初めて見たわ!!」


 アキナ「だ、だって本当だもん……!」


 お爺さんが口元を拭いながら、私をじっと見つめた。その瞳は獣のように鋭いのに、どこか楽しそうだった。


 お爺さん「だが嘘を吐いている様子には見えねぇな。面白い」


 お爺さんは片目の奥で光を揺らしながら言った。


 アキナ「えっ……?」


 お爺さん「それに強ぇな。度胸もある。それでいて優しさもある。気に入った!」


 アキナ「き、気に入られた……?」


 お爺さんは豪快に笑い、その笑い声は山の静けさを揺らした。


 お爺さん「気に入ったとも。俺を投げ飛ばしておいて“敵じゃありません!”なんて名乗る奴も、他にいねぇからな」


 私は胸の前でぎゅっと手を握りしめ、頬が熱くなるのを止められなかった。


 アキナ「うぅ……恥ずかしい……」


 お爺さんは片目を細め、荒々しい顔に似合わないほど優しい笑みを浮かべた。


 お爺さん「恥ずかしがるな。真っ直ぐな奴は山で生き残るからな!」


 その笑顔は獣の鋭さと、人の温かさが同時に宿っていた。そして片足を上げて腰を落ち着け、ゆっくりと背筋を伸ばした。


 お爺さん「さて、お嬢ちゃんは名乗ったんだ。俺も名乗るのが筋ってもんだよな」


 風がひとつ吹き、花びらがお爺さんの肩に落ちた。彼はそれを払わず、堂々と胸を張った。


 ギンジロウ「俺の名は堅山(かたやま)ギンジロウ。野生の猟師だ。俺の縄張りに入ることを認めてやるよ。アキナ」


 その声は、山そのものが喋っているような重さだった


 アキナ(ギンジロウ……!?)


 胸の奥がひゅっと縮まる。

 息が少しだけ浅くなる。


 堅山ギンジロウ。

 ツキノワグマ二百四十頭、イノシシ三百頭、ヒグマ百頭。

 魔物すら倒すと噂される、“山喰いギンジロウ”と恐れられた猟師。


 その本人が――

 今、目の前で笑っている。


 荒々しくて、

 怖くて、

 でもどこか優しい笑顔で。



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