静寂の密談①
アサヒ ― 神祓高等学校・寮 99号室 ―
アサコ(アサヒ)(……同じベッドで寝るなんて、どう考えても落ち着かないな)
アキナ「おいで、アサコさん。一緒に寝よ?」
アキナは当たり前のように布団をめくって待っている。
その自然さが逆に怖い。
アサコ(アサヒ)(アキナ……本当に迷いがない)
俺は仕方なく布団に入る。距離を取ろうと端に寄るが、布団の幅は狭い。実はアキナのベッドが無く、購入するまで俺と一緒に寝ることになった。
布団がわずかに沈む。アキナが近づいたのだと分かる。
アキナ「アサコさん、寒くない?」
アサコ(アサヒ)「だ、大丈夫よ……」
声が震えた。自分でも驚くほどに。
アサコ(アサヒ)(なんでこんなに緊張してるのよ……)
アキナは何も言わず、ただ隣にいる。
その沈黙が逆に心臓に悪い。
アキナとの距離は、指一本分。
触れてはいない。
でも、意識してしまう。
アサコ(アサヒ)(この距離……近い……)
アキナは落ち着いた声で言う。
アキナ「アサコさんと一緒にいると、なんだか安心する」
アサコ(アサヒ)「……そう?」
アキナ「うん。なんか……守ってくれそうで」
アサコ(アサヒ)(やめてよ……そんなこと言われたら……)
胸の奥が、痛いほど熱くなる。アキナは小さく息を吸い、俺の背中越しにそっと呟いた。
アキナ「大丈夫だよ。アサヒ君は……ちゃんと救われるから」
アサコ(アサヒ)「……え?」
振り返ろうとした瞬間、アキナは「おやすみ」とだけ言って目を閉じた。
アサコ(アサヒ)(今……なんて言ったの……?)
意味が分からない。でも、胸の奥がざわつく。アキナはもう眠っている。その横顔からは、迷いが一切感じられなかった。
アサコ(アサヒ)(……)
俺はゆっくりと目を閉じた。
やはりスパイなど、俺には向いていない。そんなことは最初から分かっていた。それでも反対派を押し切ったのは――
彼女たちのそばにいたいという、どうしようもない我儘だった。
アサコ(アサヒ)(……結局、俺は臆病者だ)
正体が露見した瞬間、俺は彼女たちから離れなければならない。次に会う時は、敵として刃を交える。笑い合うことも、名前を呼び合うことも、二度と許されない。それでも俺はこの任務を選んだ。“近くにいたい”ただそれだけの理由で。そんな理由で、彼女たちをまた裏切る立場に立った。
アサヒ ― 翌朝 神祓高等学校・寮 99号室―
アサコ(アサヒ)(……あれ?なんだ、この温かさ)
目を開ける前に腕に触れる柔らかな重みを感じた。ゆっくりと視線を落とすと、アキナが俺の腕に触れたまま眠っていた。
アサコ(アサヒ)(……近い)
胸がわずかに跳ねる。昨夜の出来事が冷たい水のように意識へ戻ってくる。アキナは穏やかな寝息を立てていた。その表情には、迷いも、恐れも、影すらない。
アサコ(アサヒ)(なんで……こんな顔で眠れるんだよ)
俺は敵だ。それでもアキナは、まるでそんな未来など存在しないかのように俺の隣で眠っている。
アキナ「………んっ」
アキナが目を開け、自然に微笑んだ。
アキナ「おはよう、アサコさん」
その笑顔は俺の心の壁を簡単に越えてくる。
アサコ(アサヒ)「お、おはよう……」
アキナ「よかった。ちゃんと隣にいてくれた」
その一言が胸の奥に静かに沈んでいく。逃げ場のない場所に押し込められるような感覚。
アサコ(アサヒ)「そ、そろそろ起きないと……」
布団から抜け出そうとした瞬間、アキナが俺の袖をそっと掴んだ。
アキナ「もう少しだけ……このままじゃダメ?」
アサコ(アサヒ)(やめてくれ……そんな顔で言われたら……)
逃げたい。
でも、逃げられない。
罪悪感と温かさが胸の中でぶつかり合い、どちらも消えずに残る。
アサコ(アサヒ)「遅刻、するわよ」
自分でも驚くほど、声は平静だった。
アキナ「分かった..……」
アキナは袖を離した。その仕草は小さく、ためらいがあって、それでもどこか確信めいていた。そして、あの声で言う。
アキナ「今日も一緒に頑張ろうね」
胸が痛む。だが、その痛みの奥にどうしようもなく温かいものが残った。
アサヒ ― 神祓高等学校・教室 ―
アキナと一緒に朝支度をして通学し、学校へ向かった。その間、昨日の温泉のように探られることはなかった。
ただ――
それが、俺にとっては逆に不気味だった。
神祓高等学校に到着してからも、特に変わったことはない。いつも通り女子たちが俺を囲んで騒ぎ、トウカが呆れた顔でそれを眺め、授業も淡々と進んでいく。
日常に、戻った……
そう思った瞬間、胸の奥に小さな違和感が沈んだ。
アサコ(アサヒ)(いや待てよ……?)
温泉であれだけ騒ぎになった。アキナが俺と同じ部屋に引っ越したことは学校中が知っている。なら、トウカはもっと反応するはずだ。
彼女はアキナを崇拝している。アキナと俺が同じ部屋。それだけで驚愕する。まして温泉で一緒にいたと知れば、激怒してもおかしくない。だがトウカは平然としていた。むしろ、いつも通り俺に話しかけてきた。温泉の時も。
授業中、俺は周囲の様子を観察する。クラスメイトも教師も、いつも通りだ。
温泉で俺の存在に驚いたのはあくまで“その場にいた一般生徒”だけだった。
トウカは驚かなかった。
つまり――
俺の正体を知っているのは神祓特務隊だけ。
神祓特務隊は俺の情報を学校側に共有していない。
アサコ(アサヒ)(それは混乱を避けるためか?もしそうならこちらも動きやすいが………)
そう結論づけたところで放課後のチャイムが鳴った。
アキナ「アサコさん!トウカちゃん!一緒に帰ろ!!」
トウカ「はいっ!アキナさま!!」
アサコ(アサヒ)「了ぉ解」
アキナの明るい声にトウカも元気よく返す。その光景はあまりにも“いつも通り”だった。
トウカ「アキナさま、今日は何だかいつもより物凄く元気ですね?良いことでもあったのですか?」
アキナ「えっ!?いつも通りだよ私!!」
二人に続こうとした時、背後から声が飛んできた。
キトリ「アサコ。なに帰ろうとしているのよ。今日は補修でしょ?季節外れのインフルエンザで一週間休んだその分を取り戻すわよ」
明郷キトリ。
学校の教師。
白衣に黄色い髪、青縁の眼鏡。
白いカチューシャ。
見た目通り、容赦がない。
アサコ(アサヒ)「あ……そうだった。ごめん。先帰ってて」
俺はアキナとトウカに手を振る。
トウカ「はぁ~。まだ補修してたの?いつ終わるのよ」
アキナ「仕方がないよ。寂しいけど、二人で帰ろっか」
トウカ「私は全然大丈夫ですよ!?寧ろ凄く嬉しいです!!」
二人は笑いながら帰っていく。俺は教室に残り、その背中を見送った。
こうして俺は自分のクラスに残り、二人を見送った。
キトリ「ほら、鍵をかけなさい。途中から逃げられたら嫌だからね」
アサヒ「はいはい」
教室に誰もいないことを確認し、扉に鍵をかける。椅子に腰を下ろすとキトリが俺の前の席に座った。
互いに向かい合う形。
外から見れば補修の指導だが、実際は“情報交換”だ。
キトリがプリントを机に置く。そこには邪神王が日本とローズノヴァのトップを集め、旭軍対策の会議を開くという情報が記されていた。
キトリはプリントを指で軽く叩きながら、あたかも物理の問題を説明するような口調で言った。だが、その内容は授業とは無関係だった。
キトリ「ついに邪神王が動き出したわ。場所は東京。おそらく神祓特務隊に圧力を与えるためでしょうね。日本にいるゴブリンを皆殺しにしたわけだし。これ以上、日本にいる魔族や魔物に手を出すなっていう意志表示よ」
声量は小さい。だが、教室の静けさに溶け込むような自然さがある。“補修の説明”を装いながら彼女は情報を渡してくる。
彼女は俺と同じスパイ。二年前にトモエに選ばれ大巫女となり、神祓高等学校の教師でありながら第五特別部隊にも所属している。トモエの信頼が厚いからこそ、こうして最前線の情報を得られる。
俺はプリントを一瞥し、状況を整理する。
アサヒ「……だとしても無駄だ」
キトリが眉を動かす。俺はノートに式を書き込むふりをしながら、小声で返す。
アサヒ「邪神王の行動から予測すると日本とローズノヴァに旭軍のレジスタンスがいることに気づいたんだ。だから両国と協力しなければ旭軍を殲滅できないと判断したのだろう」
キトリは頷き、ペン先でプリントの一部を指す。外から見れば、ただの補修指導だ。
アサヒ「ならばトモエは必ず“日本にいる魔族と魔物の排除”を条件に出す。邪神王はそれを飲む」
キトリ「受け入れるかしら?」
アサヒ「受け入れるさ。日本はいつでも潰せる。優先すべきは旭軍の殲滅だ」
キトリは小さく息を呑む。俺はプリントを指で軽く叩きながら言った。
アサヒ「……だが、これは好機だ」
キトリ「好機?」
アサヒ「誰にも邪魔されずに神祓特務隊を倒し、日本を変えることができる。こちらには大巫女を無力化する策がある」
キトリは目を細める。
キトリ「大巫女を無力化する策?もう作戦を思いついたの?相変わらず凄いわねアサヒは。本当に16歳?」
アサヒ「それは大巫女や魔法少女も同じことだろ?」
キトリ「スケールが違いすぎるわよ………」
キトリは苦笑したが、その目の奥には“理解”があった。




