無くなった、刀の刃と明日の休日
アサコ ー 廃墟の旅館・屋上 ー
漆黒の髪が風に揺れ、その瞳は深い墨のように澄んでいた。
創造神、桜山トモエ。
魔王アサヒを倒した英雄のひとり。
前任の創造神がアサヒにやられたあと、神の適性があるとかで力を継いだ、超エリート中のエリート。
その後は国を再建して、神術総監になって、気づけば日本の頂点に君臨。
トウカとは従姉妹の関係だが、何故か全く似ていない。しかも大巫女の御三家である桜山家の当主でもある。
……うん、ここまでなら「凄すぎる」で済む。
問題はそこじゃない。
アサコ(なんでそのスペックで性格までラスボス級なんだよ)
胸もお尻もやたら育ってるのにスタイルはスーパーモデル。顔は完璧、頭もいい、運動もできる、しかも15歳。
アサコ(いや設定盛りすぎじゃない!? 何その“神が作った理想の女子高生”みたいな存在)
しかもただの神じゃない。崇められて当然って顔で上から目線で、こっちがちょっとでもヘマしたら即・粛清モード。
アサコ(あの圧、マジで心臓に悪い。ていうかなんで私、そんな人…神?に目ぇつけられてんの?)
……ああ、そうか。
アサコ(過去にナンパしたからか)
うん、完全に自業自得だわ。でもさ、あのときは知らなかったんだよ。まさか、あんな完璧美人が“創造神”だなんて。和菓子屋で和菓子を頼んだら、C4爆薬を出された気分だった。
トモエ「よいしょ」
ドスッ
アサコ「うげぇ」
トモエが私の背中に座り込んだ。
アサコ(ちょ、ちょっと待って!?なんで!?なんで神様が人の背中に座るの!?ていうか重い!柔らかいけど重い!柔らかいけど重い!!
いや、違う。柔らかさとか今どうでもいいから。これ、神の尻圧で背骨いかれるやつじゃん!?)
トモエ「アサコ。貴女、私が丹精込めて作った刀が見当たらないのだけど…どうしたのかしら?」
アサコ「ギクッ」
私は刀を抱きしめながら恐る恐るトモエを見る。その顔はまるで小動物をじわじわ追い詰める肉食獣。
嘲笑うような目。慈悲ゼロ。
アサコ(あっ、これ完全に詰んだやつだ)
アサコ(刃が溶けたなんて言ったら……)
今、私が持ってるのは“柄”。
そう、例えるならこれは…ネタがない寿司。そう、ただのシャリだ。
アサコ(なんとか騙して逃げ切らなければ――)
アサコ「あっ!ごめんトモエ。突然だけどお花を摘みに行って来るわ!」
お花を摘みに行くとはトイレに行くという意味で、お嬢様学校の学生が使っている言葉だ。
トモエ「そうなの?それなら早く刀を見せなさい」
アサコ(即ブロック!?この人、心の声読んでる!?)
アサコ「いや、早く行かないと……」
トモエ「だったら漏らしてから行きなさい」
アサコ(選択肢が地獄しかないんだけど!?)
アサコ「間に合っていないんだけど。というかそれだと手遅れだからお花を摘みに行く必要が無くなっちゃうんだけど」
トモエ「大丈夫よ。汚れても新しい制服を形成してあげるから。ついでにオムツも作ってあげるわ」
アサコ(神の力の使い道、そこじゃないでしょ!?ていうか、創造神がオムツ生成って何!? それもう“創造”じゃなくて“介護”じゃん!!)
駄目だ……逃げ場がない……!このままじゃ、神の手でオムツ装備させられる未来しか見えない……!こうなったら……別の方法で騙すしかない)
全身を震わせながら私は刀を差し出した。
アサコ「刀なら、ここにあるけどぉ……」
トモエ「あら、ちゃんと大切に使っているわね。良かったわぁ~。前みたいに無くしたりしたら貴女の歯も無くしてしまおうかと思っていたのよ。残念」
アサコ「残念!?期待してたの!?」
カランッ
アサコ「ああん……」
恐怖で全身が震えているせいで柄がカランと落ちた。
アサコ(やっちまったあああああ!!)
トモエ「……」
アサコ(死んだ……)
トモエは微笑んでいた。けれどその笑みはどこか冷たい。まるで壊れる瞬間を楽しむ芸術家のような――そんな目。
トモエ「ねぇ、アサコ。あの刀、何日かけて作ったと思ってるの?」
背中に冷たい汗が伝う。この質問、間違えたら終わるやつだ。いや、正解しても終わるやつだ。
アサコ「……三日?」
トモエ「一週間よ」
アサコ「……ごめんなさい」
笑ってる。笑ってるけど、絶対怒ってる。あの目は“赦し”の目じゃない。“処刑執行前の確認”の目だ。
トモエ「ふふ、いいのよ。あなたが壊すって分かってたもの」
アサコ(絶対怒ってる……!駄目だもうおしまいだ)
私が心の中で白旗を振ったその瞬間、トモエがさらっと言った。
トモエ「だから、貴女の歯を全部取るから」
アサコ「嫌だぁあああああ!!」
即答。反射。全力の拒否。
だって怖いもん!歯だよ!?なんで歯!?神罰ってもっとこう、雷とか石化とかじゃないの!?なんでピンポイントで歯!?
トモエ「そんなに怯えないで?特別に――ディープキスで取ってあげるから」
トモエは優しく微笑んでいた。けれどその目は、まるで“壊すことに快楽を覚える神”。冷たく、深く、底が見えない。
アサコ(どう見てもトモエが破壊神でしょ!?なんで創造神なんてやってるの!?この人が“創造神”なの世界のバランス取るためのギリギリの采配でしょ!?
いや、待て……逆だ。これほど危険な奴だからこそ、破壊神じゃ駄目なんだ!彼女が“創造神”でいてくれるからこそ、地球はまだ存在してるんだ!!多分!きっと!!いや、そうなんだ!!!)
そんな私の祈りを踏み潰すようにトモエが言った。
トモエ「女子高生が好きなら、嬉しいでしょ?」
アサコ「トモエは嫌だぁああああああ!!」
叫んだ。全力で。魂の底から。
アサコ「だって無理だもん!無理なもんは無理なんだよ!!こんな大和撫子の皮を被った超高性能な終末兵器!!!」
その瞬間――
ブチッ
空気が裂けたような音がした。トモエのこめかみに静かに血管が浮かぶ。笑顔が音を立てて崩れていく。
トモエ「私が嫌なのね…
そう。じゃあ……ひとつずつ、丁寧に手で取ってあげる」
声が低い。怖い。あのトーン、絶対に“慈悲の対義語”だ。
アサコ(終わった。神の手で歯を抜かれる人生なんて聞いてないんだけど!?)
アサコ「だいたい、天陽地照を一回使っただけで刃が溶ける刀を作ったトモエが悪いでしょ!!創造神ならもっと頑丈に作りなさいよ!!そしてビームを出せるようにしなさいよ!!」
私の魂の叫びにトモエは涼しい顔で返してきた。
トモエ「アサコの刀の扱いが下手くそだから悪いのよ。それに神が作った武器を溶かす方が異常よ。相変わらず、私の予想を軽々と超えてくるわね」
うっとりとした目でトモエがこちらを見下ろす。
トモエ「呆れを通り越して、興味が出てきたわ」
アサコ「じゃあそのまま更に通り越して無関心でいてください」
トモエ「それにしても天陽地照を使うなんてどんな敵と戦ったのかしら?」
アサコ「ゴブリン」
トモエ「雑魚相手にオーバーキル過ぎない?どれだけ憎んでいたの?」
アサコ「女子供に酷いことしたからね。地獄でゴブリン鍋にされてるといいな!」
トモエ「これから歯を全部抜かれるのに、まだふざける余裕があるなんて流石ね。アサコ」
アサコ「もう私は助からないからね!!あはははははははっ!!……あー、人生楽しかったなー!
あー、でもまだ彼女できてないんだけどなー!………助けてぇえええ!!アキナァアアア!!!」
私は全力で叫んだ。魂の底から。この世の誰よりも真剣に、アキナを呼んだ。だってもう、これ以上は無理。限界。詰み。チェックメイト。
そして現れた、最後の希望――
アキナ「仲良しだね。2人とも」
アキナはニッコリと笑っていた。
アサコ「アキナ今までの話聞いてた!?ねぇ!?聞いてた!?聞いてたよね!?どこが仲良し!?歯を抜く抜かないの話してたんだけど!?これのどこに友情要素があった!?」
アサコ(もしかしてこの子、天然の皮をかぶった悪魔!?それともただの観察者ポジション!?いや、今はそういうメタ視点いらないから!!)
アキナ ー 廃墟の旅館・屋上 ー
私はトモエさんを説得して、なんとかアサコさんの命を繋ぎ止めた。
歯の話だったけど。
アキナ(……本当に、よく生きてるなぁ、アサコさん)
ガチャッ
トウカ「アキナさま!! 外で何が……」
屋上のドアが開いてトウカちゃんが駆け込んでくる。トモエさんが軽く手を振ると彼女は目を輝かせて近づいていった。
トウカ「と、トモエさま!? どうしてここに!?まさか、増援とはトモエさまのことだったのですか!?」
その声は尊敬と憧れに満ちていて、まるで信仰告白のようだった。
トウカ「あっ!!一番尊敬しているのはアキナさまですからね!!」
トウカちゃんが慌てて振り返って私に向かって叫んだ。
アキナ(心を、読まれたの…?)
違う。
トウカちゃんにそんな能力は無い。きっと私のほんの僅かな動き――
まばたきの速さ、指先の揺れ、呼吸の深さ。
そういう“ノイズ”を、彼女は見逃さない。
アキナ(……やっぱり、トウカちゃんって、ちょっと怖い)
アサコさんはそれを露骨に嫌そうな顔で見ていた。
アサコ「トモエが増援とか、過剰戦力でしょ。何を企んでるの?」
トモエ「別に何も企んでいないわ。ただ増援を送ろうとしたら魔族共存連盟が妨害してきたのよ。時間もないし、説得も面倒くさいから私が直々に来たの」
アサコ「魔族共存連盟?」
アサコさんが首を傾げる。その無防備な仕草に私は少しだけ笑いそうになった。
アキナ(……ほんと、何も知らないんだなぁ)
トウカ「はぁ〜。アサコってそれすらも知らないのね」
トウカちゃんが呆れたようにため息をつく。
トウカ「魔族共存連盟は有名な団体なのよ?それを知らないのは流石に世間知らず過ぎるわ。
ざっくり説明すると、魔族共存連盟は魔族への殺生や差別をやめて対話をしたり、救ったりして平和を一緒に目指そうって言ってるだけの組織よ」
私は静かに微笑んだ。
アキナ(平和、ね。
その裏でどれだけの人が、どれだけの命が、
“対話”の名のもとに踏みにじられてきたかなんて――
その人たちは知らないんだろうな)
アサコ「何よ。素晴らしい組織じゃない。お望み通り餌にしてあげたら魔族は大喜びね」
アサコさんが皮肉たっぷりに言い放つとトモエさんは肩をすくめて返した。
トモエ「年寄りしかいないんだから餌にならないわよ。魔族は女子供が好物なんだから」
アサコ「確かにそうね。誰も賞味期限切れの食べ物なんて嫌だものね。だからって女子供ならいいなんてならないわよ。その年寄りは随分と長生きしてる癖に無責任なのね。やはり義務教育に武道を必須科目にするべきだったわ」
トウカ「それだとアサコみたいな筋肉バカが増えるだけでしょ」
トウカちゃんが即座にツッコミを入れる。その言い方があまりにも自然すぎて誰も否定できなかった。
アサコ「バカでいいのよ。変に頭を良くなろうとするから生きるのが難しくなる。人生なんて単純でいい。その方が自由に生きられる。
私たち人間は頭が複雑になり過ぎたのかもね」
アサコさんの言葉が、胸に響いた。
それはあまりにも軽くて、あまりにも真っ直ぐで――
だからこそ、私の中の何かを深く抉った。
アキナ(バカでいい…)
アサヒ君は頭が良かった。
誰よりも優しくて、誰よりも賢くて、
そのおかげで私は何度も助けられた。
でも――それ故に彼は、自分の命を蔑ろにしてしまった。
アキナ(もし、アサヒ君がバカだったら……
もっと鈍感で、もっと自分勝手で、
誰かの痛みに気づかないような子だったら――
魔王として、死ぬことはなかったのかな?)
彼は、天才だった。
優しすぎるほど優しい子だった。
だから死んだのかな?
だから、私の手で、終わることになったのかな?
アキナ(そんなの、あんまりだよ……)
世界は残酷すぎる。
優しい子ほど、先にいなくなる。
賢い子ほど、自分を責めて、壊れていく。
そして私は――
その子を守れずに、殺めた。
アキナ(なんて無力で。
なんて最低なんだろう、私は)
アサコ「だからみんなバカになりましょう。そして今日から学校サボって遊びましょう」
トウカ「それは貴女が遊びたいだけでしょ!」
トウカちゃんが即座にツッコミを入れて、ガンッ!とアサコさんの頭を叩いた。
アサコ「あたっ!フッ…バレたわね」
トウカ「バレバレよ!」
ふたりは顔を見合わせて声を上げて笑った。その笑い声は風に乗って空へと溶けていく。まるで何もかもが平和で、何もかもが大丈夫だと錯覚させるような――そんな音。
私は、その笑顔を見ていた。
そして、自然と笑みがこぼれた。
トモエ「あの2人をアキナちゃんのメンバーにして正解だったみたいね」
トモエさんが気分良さそうに話しかけてきた。その声はいつもより少しだけ柔らかかった。
アキナ「それって、どういうこと?」
私が問い返すと、彼女は微笑んで空を見上げた。
トモエ「アキナちゃん、凄く辛そうだったから。だからトウカとアサコを選んだのよ?特にアサコは大変だったわ。あの子は神使と契約できないから。周りの人たちに彼女を大巫女だと認めさせるのは、本当に大変だった」
アキナ「そうだったんだね……ありがとう、トモエさん」
トモエ「いいえ。アキナちゃんが元気になれたのなら、嬉しいわ」
私たちは顔を見合わせて微笑んだ。
その瞬間だけは、神であることも、背負っているものも、全部忘れて――
ただの、普通の少女みたいに笑った。
風が吹いた。髪が揺れて空が広がる。
パンッ。
トモエさんが手を叩いた瞬間、空気が変わった。場の温度が一気に引き締まり、全員の視線が彼女に集まる。
トモエ「さて。もうそろそろ私の神使たちがゴブリンの全滅を終わりにするわ」
アサコ「えっ。話してる内にあの軍勢、もう壊滅するの?」
アサコさんが目を丸くする。
トウカ「当たり前でしょ?トモエさまは創造神なんだから!」
トウカちゃんが誇らしげに胸を張る。
アサコ「何だかもうトモエだけで良くない?」
アサコさんが冗談めかして笑った。
トモエ「面倒な官僚がいなければ私一人でやっていたわ。
さて、話を戻すけど――人質は私が面倒を見るから、貴女たちは明日に備えて帰って休んでいなさい」
トモエさんの声はいつも通り冷静でどこか優しかった。でもその言葉の裏にあるものを私は知っている。
アサコ「え?明日は休みじゃないの?」
アサコさんが呑気に問い返す。その声がやけに遠く聞こえた。
トモエ「悪いけど緊急よ」
トウカ「き、緊急とは、何があったんですか!?」
トウカちゃんの声が震える。そして、トモエさんは静かに告げた。
トモエ「旧創造神唯一派の連中が武力蜂起したのよ」
その瞬間、世界の色が変わった。
空が、音を失ったように感じた。
【天陽地照】
アサコが編み出した抜刀術である。
抜刀の瞬間に生じる刀身の光は閃光となって視界を奪い、
神速の振動は耳と感覚器を通して脳へ直接突き刺さる。
弱き者であれば、肉体は蒸発し、地面には“影だけ”が焼き付く。
創造神であるトモエが形成した刀では耐えられず、刃は溶け落ちて形を保てない。
だが、天陽地照は代償を求める。
全ての力を“一瞬”に凝縮するため、放った後は技が一切使えずに使用者の肉体には甚大な負荷がのしかかる。
また、敵の動きを完全に読み切らなければならない。
読み違えれば不発。外せば即死。
ゆえにこの技は使用者の命を懸けた決死の奥義である。
しかし武術を極めた者は“殺気の流れ”を読むことで、
視覚も聴覚も奪われていても敵の位置を正確に捉える。アサコが盲目のまま天陽地照を放てたのはその境地に至っていたから。
しかしこの奥義の真の作用はいまだ誰にも理解されていない。ただ一人、アサコを除いて。




