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朝日のアキナ ー 救済の勇者 ー  作者: 丸いタマゴ
天の十二支争奪戦編
55/77

恋する諜報員と女装スパイの同棲生活②

 アサヒ ― 神祓高等学校・寮 99号室―


 引越し屋「終わりましたー!」


 引越し屋の声が部屋に響き、作業はあっという間に終わった。

 アキナは満面の笑みで頭を下げる。


 アキナ「どうもありがとうございました!」


 その笑顔に引越し屋の男たちは全員ゆるんだ顔で帰っていった。

 ……まあ、落ちるよな。あの笑顔は反則だ。


 アサコ(アサヒ)(ほんと、罪深い少女だよ)


 でもそれが本来のアキナだ。

 明るくて、元気で、お節介で。

 彼女の周りにはいつも笑顔があった。


 俺と離れてから、その笑顔が消えていた。だから今こうして元気な姿を見ると、胸の奥が少しだけ温かくなる。


 アサコ(アサヒ)(……きっと過去の俺と出会って、諦めてくれたんだろうな)


 そんな風に思っていた時だった。


 アキナは荷物を整理していて、ふと手を止めた。小さな道着をそっと持ち上げる。


 三年前の傷跡が、薄く残っている。


 アキナ「……これね」


 アサコ(アサヒ)「っ……」


 胸が跳ねた。


 アキナはその道着を胸に抱きしめる。まるで宝物みたいに、優しく。


 その道着は、俺が三年前に彼女の肩にかけたものだ。

 前創造神から彼女を守った後、友達を全員失って泣き崩れたアキナを、どうにか励まそうとして。


 アサコ(アサヒ)(……うわ、思い出すだけで死ぬほど恥ずかしい)


 あの時の言葉なんて今の俺には直視できない。でもアキナは、あの瞬間をずっと大切にしてくれていた。


 その事実が、胸の奥をじんわりと締めつける。


 アサコ(アサヒ)(……なんでそんな顔で抱きしめるんだよ)


 俺の顔は平静を装っているのに、心だけが、どうしようもなく揺れていた。


 アサコ(アサヒ)(ていうか!その道着まだ持ってたのかよ!!

 未練タラタラじゃないか!!!)


 心の中で叫んだ瞬間、アキナがぽつりと言った。


 アキナ「ずっと大切にしてたの」


 アサコ(アサヒ)「な、なんで……?」


 声が震えた。

 アキナは微笑んだ。

 その目は、泣き出しそうなほど優しい。


 アキナ「だって……あの日、私……全部失って……

 何も見えなくて……

 生きてる意味も分からなくて……」


 俺は言葉を失った。


 アキナは道着を胸に抱きしめたまま、続ける。


 アキナ「そんな時に……

 “君は悪くない”って言ってくれた人がいたの」


 心臓が跳ねた。

 アサコの喉が詰まって、声が出ない。


 アキナ「この道着はね……

 私が“もう一度、生きてみよう”って思えた日の証なの」


 胸の奥が、痛む。

 アキナは道着をぎゅっと抱きしめた。


 アキナ「だから……捨てられるわけないよ。

 私の命を繋いでくれた人の……

 たったひとつの、形見なんだから」


 アサコ(アサヒ)「か、形見って言わないでよ……!」


 思わず素が出た。

 アサコの声なのに、完全に俺の反応だった。


 アキナはくすっと笑った。


 アキナ「ふふっ……ごめんね」


 その笑顔は、三年前――

 救われた少女が初めて見せた、あの柔らかい笑顔と同じだった。


 そして俺は、

 “アサコ”の顔のまま、

 “アサヒ”として胸が締めつけられていた。


 アキナ「アサコさん。

 私ね……この道着を見るたびに思うの。

 “あの人に、もう一度会いたい”って」


 その言葉が落ちた瞬間、胸の奥が掴まれた気がした。

 平静を保っているのに、心だけが固まって動かない。


 アキナはそっと俺の手を取った。

 その手は温かくて、震えていて、

 まるで“本当のことを言わせたい”みたいだった。


 アキナ「だから……アサコさんと一緒にいたいの。

 あなたといると……あの時みたいに、心が温かくなるから」


 アサコ(アサヒ)「…………っ」


 息が詰まる。

 罪悪感、嬉しさ、恐怖――全部が胸の中で暴れ回る。


 アサコ(アサヒ)(やめてくれ……そんな顔で言うな……

 俺は……お前を傷つける側の人間なんだ……)


 心の中で叫んでも声にはならない。


 アキナは、そんな俺の混乱を知らないまま微笑んだ。


 アキナ「ねぇ、アサコさん。

 私……あなたのこと、もっと知りたい」


 その一言で、俺の心は完全に揺らいだ。

 何とか表情は保っているが、俺の心はもう限界だった。


 アサコ(アサヒ)(あれ……?

 もしかして……俺がアサヒって……

 バレてる……?)


 アキナの瞳は、

 “優しさ”と“確信”が混ざった色をしていた。


 アキナ「えへへ!!というわけで、今日からよろしくね!? アサコさん!!」


 アキナは満面の笑み。

 こっちは心臓が止まりそうだ。


 アサコ(アサヒ)「よ、よろしくって……何を……?」


 アキナ「同棲だよ?」


 アサコ(アサヒ)「いや知ってるけど!!」


 革命家として世界を動かしてきた俺が、女子高生の“同棲宣言”に一番動揺している。情けないにもほどがある。

 アキナは部屋を見回しながら嬉しそうに深呼吸した。


 アキナ「アサコさんの匂いがする……落ち着くなぁ」


 アサコ(アサヒ)「やめて!? 嗅がないで!?」


 アキナ「えっ、だって……女の子同士だよ?」


 アサコ(アサヒ)「同性でも嗅がないで!!」


 アキナは当然のように荷物を開け始める。


 アキナ「アサコさん、タオルどこに置く?

 私、アサコさんと同じ棚でいいよね?」


 アサコ(アサヒ)「よくない!!」


 アキナ「えっ……女の子同士なのに……?」


 アサコ(アサヒ)「同性でも距離感ってものがあるでしょ!!」


 アキナはしゅんと肩を落とした。


 アキナ「……アサコさん、私のこと嫌い?」


 アサコ(アサヒ)「違う!! 違うからやめてその顔!!」


 完全にアサヒの素が出てしまった。アサコの声なのに、反応が男のそれだ。


 アサコ(アサヒ)(これは明らかに俺がアサヒだとバレているッ!!

 だが何故捕まえようとしない?

 確信が持てないから情報を集めるのが目的か?)


 アキナはタオルを棚に置きながら、ちらりとこちらを見た。


 その目は――

 “優しい”のに、“鋭い”。


 アサコ(アサヒ)(……アキナが諜報員として俺を監視しに来たというわけか)


 アキナ「わぁああああ!!どうしよう!!家にパンツ忘れちゃった!!」


 アキナが頭を抱えて部屋の中をぐるぐる回る。

 完全にパニックだ。


 アサコ(アサヒ)(……いや、諜報員ってこんなに慌てるものなのか?

 絶対に向いてないだろ……?

 これ、本当にただの引っ越しじゃないのか?ていうかパンツって普通忘れないだろ)


 疑念が浮かぶが、目の前の少女はそれどころじゃない。


 アキナ「どうしよう。これじゃあ、温泉にいけないよ………」


 しょんぼり肩を落とすアキナ。


 アサコ(アサヒ)「おっ、温泉………?」


 その単語に思わず反応してしまった。アキナはぱっと顔を上げ、目を輝かせる。


 アキナ「そう!!温泉!!

 寮の温泉は大きくて、綺麗な景色が見える露天風呂があるってトモエさんから聞いたんだ!!」


 テンションの振れ幅が激しすぎてついていけない。


 そして――


 アキナ「だから一緒に入ろうよ!!温泉!!」


 ………。


 入るの?

 温泉?

 俺と?

 アキナが?


 ドォオオンッ!!


 脳内に雷が落ちた。


 時計を見る。


 19時前。

 運動部の女子が大量に入る“混雑のピーク”だ。


 アサコ(アサヒ)(駄目に決まってるだろ!!

 絶対に嫌だ!!

 バレる!!

 そしてバレたら……!!)


 殺されはしないけど何をされるか分からない!!全力で逃げ出したい!!


 アサコ(アサヒ)(……いや待て。

 アキナ、本当に諜報員なのか?

 この天然ムーブで?

 パンツ忘れてパニックになる諜報員がいるか?

 人選ミスじゃないのか?)


 しかしアキナは無邪気に笑っていた。


 アキナ「ねぇアサコさん、一緒に行こ?

 だって同棲なんだし!」


 アサコ(アサヒ)(同棲関係ないだろ!!)


 心の中で叫びながら俺は“女装スパイ”としての最大の危機を悟った。


 温泉――

 それは、

 正体バレの最前線 だった。


 アサコ(アサヒ)(いきなりピンチじゃん!!

 女風呂なんて行くものかよ!!

 回避してみせる!!)


 アサコの顔で必死に笑う。


 アサコ(アサヒ)「私、最近太ったから裸は見られたくないの~。

 だからしばらくシャワーにするわ~」


 アキナ「そっか~。でもシャワー壊れてるよ?」


 アサコ(アサヒ)「え?」


 アキナはスタスタとシャワー室へ向かう。


 バキンッ!!


 アキナ「ほらね?これでしばらくは温泉に行かないと駄目だよ?」


 アサコ(アサヒ)「今壊したよね!?それ!!

 ていうか神使無しで素手で壊した!?

 どんな馬鹿力してんだよ!!」


 アキナは胸を張って言う。


 アキナ「私、小さい頃からお父さんに空手教えてもらってたの!!」


 ガッツポーズ。


 アサコ(アサヒ)「空手だけでそんな馬鹿力つかねぇよ!!」


 叫んだ瞬間――


 アサコ(アサヒ)(ハッ!)


 自分が完全に“アサヒの声”になっていたことに気づく。


 そして理解した。


 アサコ(アサヒ)(どうしてアキナが諜報員として選ばれたのか……

 それは――この天然さで、春風アサヒを引き出せるからだ!!)


 アキナの能天気さは、人の本心をぽろっと引き出す“最強の武器”だった。


 アサコ(アサヒ)(考えたなトモエ……

 確かにアキナは能天気だ。

 それが人の本音を引きずり出す……

 だが理解したなら対策すればいいだけのこと!)


 ………。


 アサコ(アサヒ)(えっでも女風呂ってどうすれば対策できるの?)


 完全に詰んだ。


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