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朝日のアキナ ー 救済の勇者 ー  作者: 丸いタマゴ
天の十二支争奪戦編
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恋する諜報員と女装スパイの同棲生活①

 アサヒ ― 神祓高等学校・寮 99号室―


 俺は寮の机に置いたパソコンの前で、リモート会議に参加していた。

 この99号室には俺しかいない。本来は二人部屋だが、寮長をなんとか説得して一人部屋にしてもらった。


 ……まあ、説得というより、ちょっと“好意”を利用した形になってしまったのだが。

 思い返すと胸が痛む。

 けれど、それでも俺には果たさなければならない野望がある。

 迷っている暇はない。


 画面の向こうでは軍服姿のタダミチ閣下が腕を組んでいた。

 白髪の混じった眉が、驚きでぴくりと動く。


 タダミチ「まさか旭人に工事用まであるとは思わなかったよ。あれのおかげで荒れ果てた土地がもう復興した」


 元日本陸軍大将、乃木タダミチ。

 日本軍が解体された後、旭陸軍の大将として再び兵を率いることになった男だ。

 奪還した土地の統治も任せているが、そこが独立できるほど成長したら魔族よりも先に住んでいた現地人に返すつもりでいる。


 俺は椅子に深く座り直しながら答えた。


 アサヒ「工事用だけではないですよ、タダミチ閣下。医療用や救助用、農業・食糧生産用、治安維持の非殺傷モデルもあります」


 そう言うと画面の向こうでタダミチ閣下が目を丸くした。


 タダミチ「そんなに作っていたのか!?」


 驚き方が、なんというか……祖父が孫の自由研究を褒める時みたいで少しだけ肩の力が抜ける。


 俺はそのまま話を続けた。


 アサヒ「宇宙や深海探査用も考えていますよ。地球と宇宙の神秘を解明できれば人類の成長につながると思っていますから。

 もう全部そちらに送ってあるはずなので確認して使ってください」


 言いながらちょっとだけ胸が張る。こういう時、自分でも“調子に乗ってるな”と思うけれど、タダミチ閣下はむしろ楽しそうだ。


 タダミチ「世界を変えるだけでなく、文明まで創る気かね……?」


 畏怖と感心が混ざった声。

 俺は軽くうなずいた。


 アサヒ「はい。未来永劫、少女の奇跡の力に頼らないようにするために、徹底的にやります」


 タダミチ閣下は一瞬黙り――そして、ふっと笑った。


 タダミチ「並ならぬ少年だと分かっていたが、まさかここまでだとはな!

 お前と一緒にいると退屈せんな!!ガハハハハッ!!」


 寮の壁が震えるほどの豪快な笑い声。

 俺もつられて口元が緩む。


 タダミチ閣下は、かつて娘のキヨミを失って心を閉ざしていた。

 その頃の彼を知っているだけに、こうして笑ってくれるのが嬉しい。


 ……世界はまだ混沌としているけれど、

 画面越しのこの笑い声だけは、妙に“日常”に聞こえた。


 アサヒ「それと、保護した魚人の赤ん坊たちの様子はどうですか?」


 魚人を“全滅させた”と世界に宣言したのは俺だ。

 だが――本当は違う。


 赤ん坊だけは、生かしている。


 人間を食べなくても生きられる。

 共存できる可能性がある。


 嘘をついた理由は、世界に旭軍への恐怖を植え付けたかったからだ。


 タダミチ「虫や小魚を食べている。だが……やはり、現地人からの差別はあるな」


 その言葉に胸がひりついた。


 アサヒ(やっぱり……そう簡単にはいかないか)


 当たり前だ。彼らは千年もの間に家畜や玩具として扱われたんだ。その憎しみは深く、赤ん坊であっても魚人なら殺したいと思う。

 魚人王の食糧となった妊婦が、今でも脳裏に焼き付いている。

 俺は深く息を吸い、吐いた。


 アサヒ「そうですか……」


 短い返事しかできなかった。言葉を選ばないと心が揺らぎそうだった。

 タダミチ閣下は続ける。


 タダミチ「助けてくれた旭軍が保護しているから手は出して来ないが……どうなるか分からん。

 お前の説得に納得しているとはいえ、憎しみまでは消えたわけではないからな」


 その通りだ。人間は簡単に憎しみを手放せない。俺だってそうだ。

 だからこそ、俺は言葉を絞り出す。


 アサヒ「……はい。ですが、その憎しみは……俺たちの世代で終わらせなければいけません」


 自分の声が震えているのが分かった。でも止められなかった。


 アサヒ「そうでなければ、今度は人間が“魔族”になるだけです」


 タダミチが目を細める。俺の言葉の意味を理解している目だ。


 アサヒ「憎しみは、否定はしません。過去と決着をつける為に、復讐も必要な時もあるかもしれません。でも……未来へ進むために、耐えなければいけない時もあります」


 言いながら胸が痛んだ。

 タダミチは静かに頷いた。


 タダミチ「……そうだな。その言葉、旭将軍の言葉として皆に伝えておこう」


 俺は小さく息を吐いた。


 タダミチ「それで、あの話はどうかの?アサヒ」


 タダミチ閣下が、妙に含みのある声で切り出した。

 嫌な予感しかしない。


 アサヒ「あの話……?」


 タダミチ「儂の孫との縁談」


 ……やっぱりそれか。

 最近の閣下は本当に元気になりすぎている。

 戦場の話の直後に縁談を持ち出す軍人なんて、どうかと思う。


 アサヒ「あの……結婚は、考えていませんので……」


 言いながら視線が自然と机の木目に落ちる。結婚なんて、自分には関係のない言葉だ。


 アキナを傷つけた。

 他にも、いくつもの恋心を踏みにじってきた。

 今も多くの兵を死地へ送り出している。今はまだ戦死者は出ていないが、いずれ現れる。

 そして魚人を滅ぼした。


 身も心も穢れている。

 いいや、もっと前からだ。

 そんな俺が、人並みの幸せなんて――考える資格すらない。


 タダミチ「まさか……ゴウゲンの孫と結婚するのか!?」


 アサヒ「誰とも結婚しませんので!縁談の話をするならリモート切りますね!!」


 勢いで言い返し、そのまま退出ボタンを押した。

 画面が暗くなり、部屋に静けさが戻る。


 アサヒ「はぁ〜……」


 椅子にもたれかかり、天井を見上げる。蛍光灯の白い光がやけにまぶしい。


 アサヒ「全く……人類史上初めて魔族に勝ったとはいえ、浮かれすぎじゃないか……?」


 ため息がひとり部屋の空気に溶けていく。戦争の話をしていたはずなのに、最後は縁談で押し切られるなんて……

 なんだか、世界が平和になったみたいで、少しだけ可笑しい。


 でも――俺の胸の奥は、まだ重いままだ。


 ピンポーン


 静かな部屋にインターホンの電子音が響いた。さっきまで軍の会議をしていたせいで、まだ頭が切り替わっていない。


 アサヒ(……誰だ?)


 椅子から立ち上がり、深呼吸してから“アサヒ”の意識をそっと奥へ押し込み、“アサコ”としての顔を前に出す。

 通話ボタンを押すと、モニターにはアキナが映っていた。


 アサコ「あーい」


 つい、気の抜けた返事になる。

 アキナは画面の向こうで、もじもじと指を絡めていた。


 アキナ「アサコさん。少し……お話、いいかな?」


 なんだその恥ずかしそうな顔は。

 嫌な予感しかしない。


 アサコ「あー、いいわよ」


 不信感を抱えたまま、ドアへ向かう。

 ノブを回して開けた瞬間――


 ???「失礼しまーす!」


 ???「通りまーす!」


 厳つい男たちが潮のように部屋へ流れ込んできた。


 アサコ「ちょっ、ちょっと何なのよ貴方たち!!」


 引越し屋「引越し屋でーす。すみませーん」


 アサコ「引越し屋!?」


 思わず素の声が出た。

 寮長からそんな話、一言も聞いていない。


 アキナはというとドアの前で気まずそうに立っている。

 その表情が、逆に不安を煽る。


 アサコ(……何が起きてるのよ、これ)


 アキナ「アサコさん」


 アキナが、そっと距離を詰めてきた。その顔は、どこか決意を秘めていて……嫌な予感しかしない。


 アサコ「アキナ!?これはどういうこと!?」


 思わず声が裏返る。部屋の中ではさっきから引越し屋の男たちがガタガタと家具を動かしている。

 状況が理解できない。


 アキナは胸の前で手をぎゅっと握りしめ、頬をほんのり赤く染めながら言った。


 アキナ「実はね? 私……寮に引っ越してアサコさんと同棲することにしたの!!」


 アサコ「…………は?」


 時間が止まった。

 いや、正確には俺の思考だけが停止した。


 引越し屋の足音も、アキナの呼吸も、

 全部遠くに聞こえる。



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