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新たな時代へ③

 アサコ(アサヒ) ― 現在 神術団体総司令部・ロビー ―


 俺は巫女の肖像画を見ていた。

 生贄として身を投げ、神に許された少女たちの肖像画。


 その微笑みは穏やかで、

 けれど――“死”の静けさを孕んでいた。


 まるで、この世界の残酷さを受け入れた者だけが持つ表情。


 アサヒ(生存競争……それを乗り越えるには、大巫女の優しさが必要だ。その優しさだけが生存競争ではなく“共存”という道を照らしてくれる。それを分かっているのに……どうして世界は彼女たちを道具として消費する?)


 胸の奥で、何かが静かに軋んだ。


 怒りではない。

 悲しみでもない。


 もっと冷たい。

 もっと深い。

 もっとどうしようもない感情。


 アサヒ(優しさを犠牲にする世界は、間違っている)


 サユリの部下であるアサガオ玖――基坂(もとさか)少尉との会話を思い出す。


 アサヒ ー 三日前 ダイダラボッチ・食堂 ー


 戦いが終わった直後、兵士たちは歓喜に沸いていた。

 奪還の喜び、勝利の実感、解放された緊張。


 だが――

 その隅で、ひとりだけ俯いている男がいた。


 基坂少尉。


 その姿は勝利の喧騒の中で異様なほど静かだった。俺は彼に興味を持ち、歩み寄った。


 アサヒ「どうしたんだ基坂少尉。我々は魔族に人類史上初めて勝利し、土地を奪還したのだぞ?喜んだらどうだ?その方が死んでいった者たちの為にもなる」


 基坂「将軍。申し訳ありません。俺は、魔族が怖いのです。今でも魔族を見ると悍ましい。心を化け物にしないとやってられないほどに。少女達は、こんな恐怖を抱えていたんですね..……。

 将軍。本当に世界は変えられるのでしょうか?」


 俺は黙って聞いていた。


 基坂少尉は、“普通の兵士”だ。

 才能も、血筋も、神性もない。


 ただ――

 生き残っただけの人間。


 ここにいる兵たちも、皆同じだ。


 その問いは、胸の奥を深く刺した。

 すぐには答えられなかった。


 なぜなら――

 彼の言葉は、俺自身が何度も自分に向けてきた問いだったから。


 世界は変わるのか?

 自分の革命は正しいのか?

 少女たちを救えるのか?

 邪神王を倒せるのか?

 罪を背負ってでも進むべきなのか?


 その問いは何度も胸の奥で反響し続けていた。


 アサコ(アサヒ) ― 現在 神術団体総司令部・ロビー ―


 肖像画の巫女は“救われなかった少女”の象徴だ。


 穏やかな微笑み。

 けれど、その奥に沈む“死の静けさ”。


 この世界が奪ってきたもの。

 この世界が見捨ててきたもの。


 俺はその前で、自分の拳をゆっくりと握りしめた。


 ――だからあの時、俺は基坂少尉に答えた。


 アサヒ ー 三日前 ダイダラボッチ・食堂 ー


 アサヒ「……変えるよ。変えなきゃいけないんだ」


 自分の声が、思ったより低く響いた。覚悟を口にした瞬間、胸の奥がひどく重くなる。


 アサガオ玖「……理由は?」


 彼の視線が刺さる。

 俺はゆっくりと顔を上げた。

 視界の端で、食堂の灯りが揺れて見えた。


 アサヒ「俺たちは、“誰かが犠牲になる世界”を当たり前だと思いすぎた。大巫女も、魔法少女も……みんな“仕方ない”で片付けられてきた」


 言葉を吐くたび、胸の奥が軋む。

 それでも目を逸らさない。

 逸らしたら、何かが崩れてしまう気がした。


 アサヒ「でも、俺は知ってる。あれは仕方なくなんかない。ただの“怠慢”だ」


 基坂が息を呑む音が聞こえた。俺はその音に反応せず、ただ前を見据えたまま続ける。


 アサヒ「だから変える。俺たちが怖くても、弱くても、少女たちの代わりに戦える世界にする」


 言いながら自分の手が震えているのに気づく。

 恐怖じゃない。

 覚悟を固めるたびに、身体が拒絶しているだけだ。


 アサヒ「それが、今まで少女を生贄にして現実から逃げてきた俺たちへの罰だ。だからどれだけ嫌われても構わない。それが世界を守ることになると信じている。だから俺は世界を変えることに死力を尽くす」


 立ち上がると椅子がわずかに軋んだ。俺は基坂の肩に手を置く。


 アサヒ「だからお前たちは化け物になれ。それが――少女たちの戦いを終わらせることに繋がる」


 その瞬間、俺の視界には基坂の顔も、食堂の喧騒も映っていなかった。


 ただ――

 救われなかった少女たちの背中だけが、

 暗闇の中で静かに立っていた。


 アサコ(アサヒ) ― 現在 神術団体総司令部・ロビー ―


 巫女の肖像画を見つめていた視線を、ふと落とした。胸の奥に沈んでいた何かが、ゆっくりと浮かび上がってくる。


 アサコ(アサヒ)「化け物になれ、か……ますます、魔王だな。俺は」


 気づけば口元がわずかに歪んでいた。笑ったというより、自分を嘲るように息が漏れただけだ。


 トウカ「やっと解放された………」


 トウカがふらつきながら出てきた。その姿を見た瞬間、俺の肩の力がわずかに抜けた。どうやら取り調べは終わったようだ。

 買っておいたジュースを差し出すとトウカは驚いたように目を瞬かせた。


 トウカ「気が利くわね!ありがとう!!」


 一気に飲み干すその様子に、俺は思わず小さく笑ってしまった。戦場では見られない、彼女の“普通の顔”だった。


 トウカ「プハーッ!しっかしぃ……アキナさまに銃口を突き付けたのに無罪だなんて、何だか変ね」


 アサコ(アサヒ)「旭軍が戦争を始めたからでしょ?戦うなら戦力を減らすわけにはいかないから仕方がないわよ」


 俺は壁にもたれながら答えた。戦場の緊張がまだ身体に残っていて、ロビーの静けさが妙に遠く感じる。


 トウカ「そうだけど……でも、あの反逆者であるアマネたちは禁固三日だけよ!?何だか、甘すぎない?」


 トウカは不満げに眉を寄せる。


 アサコ(アサヒ)「そうだね。だけどそれは神祓特務隊を守る為でもあったんじゃない?女性の価値が上がれば、神祓特務隊は潰されることは無いって考えてたのよ。それでもアマネたちは神祓特務隊から白い目で見られるでしょうね……」


 言いながら俺はトウカの横顔をちらりと見た。


 戦場の血の匂いも、

 魚人王の断末魔も、

 少女たちの犠牲も――


 このロビーには存在しない。


 それが、少しだけ救いだった。


 トウカ「どうして?」


 トウカの問いに俺は一度だけ瞬きをした。彼女の目はまっすぐで、ただ“知りたい”という素直な色をしていた。


 アサコ(アサヒ)「罪人であることは変わりないし、トウカみたいに不満を持つ子も当然いるだろうから、罰の軽さで更に軽蔑されるわ。それでも彼女たちは戦い続けなければならない。それは、辛いことよ。優しさがあるほど、ね」


 言いながら俺は視線を少しだけ床へ落とした。

 優しさを持つ者ほど傷つく――

 それを知っているから、声が自然と静かになる。


 トウカ「そう………」


 その返事は、胸の奥に沈んでいくような小さな声だった。しばらく沈黙が落ちた。ロビーの空気がゆっくりと冷えていくのを感じる。


 アサコ(アサヒ)「暗い雰囲気にしてごめんなさいね。アキナからは会議室に残るから先に帰っていいって言われてるの。だから早く帰りましょう」


 俺は軽く息を吐き、歩き出した。足音がロビーに静かに響く。だが、背後の気配がついてこない。


 アサコ(アサヒ)「トウカ?」


 振り返ると、トウカはその場に立ち止まっていた。何かを考え込むように、俺の背中をじっと見つめていた。

 その視線に、俺はほんの一瞬だけ胸がざわついた。


 トウカ「ねぇ、本当ならさ……私は終身刑で、アマネたちも死刑だったんだって。だけど、春風アサヒが宣戦布告したおかげで、処罰が凄く軽くなったの。これって、アサヒが私たちを助ける為だったのかな?」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がひどく軋んだ。


 ――助けたよ。

 でも、それは“贖罪”だ。俺自身の罪の重さから目を逸らさないための、最低限の償い。だから言う必要なんてない。言えば、ただの自己満足になる。

 俺はその感情を押し殺し、表情ひとつ変えずに答えを切り捨てた。


 アサコ(アサヒ)「ただの偶然よ。アサヒは魔王と言われた男よ?彼がそんなことを考えるわけないわ」


 声が驚くほど冷たく響いた。


 トウカ「そう、よね………」


 トウカの肩が少し落ちた。その沈み込みが、妙に重く見えた。


 俺は歩き出す。足音がロビーに静かに響く。トウカは少し残念そうに、けれど俺の横に並んで歩き始めた。


 ――言わなくていい。

 助けた理由なんて、知られなくていい。

 贖罪は、誰にも気づかれないところでやるものだ。


 俺はただ、前を向いて歩き続けた。

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