勇進して行け、少女よ
アサヒ ― ダイダラボッチ 通路 ―
真っ白な通路を駆け抜ける。金属床に響く足音が、艦内の静寂を切り裂いていく。
アサヒ(なんて事だ……まさかアキナが人質を無視して来るとは)
息は乱れていない。だが胸の奥だけが、妙にざわついていた。
トモエが来ても驚く。
だが——アキナが沖縄から岐阜まで三十分足らずで到達した事実は、戦略的にも常識的にも“異常”だった。
アサヒ(アキナの心はボロボロだった。過去の俺と会わせることで精神が安定する……その程度だと思っていた。だが、まさか三十分で俺に会いに来るほどの気力が戻るとは)
飛行機なら三時間四十分はかかる距離。
それを三十分。
音速の二・五倍。
戦闘機の三倍。
アサヒ(誰が予想できる……そんな速度、スピード系の大巫女でも不可能だ。ましてアキナは速度特化ではない。常識で測れる存在じゃない……もしや、旭道のせいか?)
旭道は人間の限界を超える奥義。
それを大巫女が、しかも天照の半身が使えば——
“限界”という概念そのものが意味を失う。
アサヒ(今までのアキナは、本気じゃなかっただけだ。本気を出せる環境がなかっただけで……
彼女がその気になれば、奇跡を起こせる)
通路の先に、旭人デッキの扉が見える。走りながら、胸の奥でひとつの疑問が浮かぶ。
アサヒ(そんな相手に……俺は戦えるのか?)
だが、その問いはすぐに別の感情に塗り潰された。
アサヒ(いいや……これでいい)
口元に、不敵な笑みが浮かぶ。
アサヒ(アキナが力を発揮できているということは——
俺のやっていることが“正しい”という証拠だ)
神に選ばれた少女が本気になれる。俺と戦うことでさらに限界を超え、奇跡を起こし、世界を救う。
以前の世界では不可能だった。だが俺の宣戦布告が、少女たちの力を解放した。
世界は既に変わり始めている。その変化が、少女たちを強くしていく。
アサヒ(いや……まだ結論づけるのは早い)
扉が目前に迫る。度を落とさず、思考だけを研ぎ澄ませた。
アサヒ(アキナと戦い、彼女の実力を測る。その強さが、俺の正しさの証明になる)
扉が自動で開く。
眩しい光が差し込む。
アサヒ(ガッカリさせるなよ……アキナ)
アキナ ー 九頭竜湖 上空 ー
九頭竜湖の風が、頬を刺すように冷たかった。でも、胸の奥はずっと熱いままだ。
アキナ(アサヒ君……どこ?)
岐阜城なんて、もう目に入らない。
アサヒ君なら、大巫女は絶対に殺さないことは分かっていたから。
カッ!
アキナ「っ……!」
世界が一瞬、白く弾けた。身体が勝手に動いて、私は光を避けていた。
アキナ「この攻撃……!」
胸がざわつく。
さっきの光線、どこか懐かしい。アサヒ君の寿量に似ていた。
アキナ(アサヒ君の……でも違う。これは、アサヒ君じゃない)
なら——
アサヒ君と同じ力を使う“誰か”がいる。
ビュンビュンッ!!
前方から光が降る。雨みたいに、冷たくて、鋭くて、容赦がない。
でも私は止まらない。光の隙間を縫うように、ただ前へ。
アキナ(行かなきゃ……アサヒ君のところへ)
やがて、視界に緑の機械スーツが映った。空に浮かぶ二つの影。
アキナ(旭軍の……兵隊さん……!じゃあ、アサヒ君は……近くにいるんだね。
アサヒ君……どこにいるの?早く……会いたいよ)
その瞬間——
旭軍兵士たち「「旭道二段!!」」
空気が震えた。青い光が、兵士たちの身体から噴き上がる。
アキナ「旭道……!」
胸が跳ねる。
旭道を使えるということは、大巫女に匹敵する実力者。決して手加減はできない。
兵士Aがライフルを撃ちながら、右腰の刀を左手で抜いて突撃して来た。その動きは鋭く、迷いがない。
ビュビュビュンッ!!
もう一人の兵士Bが、雨のような援護射撃を重ねてくる。
ビュビュビュンッ!!
私は光線を躱し続けるたび、心臓が跳ねた。
怖い。
でも——逃げない。
アキナ(だって……アサヒ君の友達なんだもん。この人たちを倒さないと、前に進めない)
兵士Aの刀が迫る。私は拳で弾いた。
ガキンッ!
衝撃が腕に走る。
アキナ(この人たち……強い。アサヒ君のそばにいる人たちなんだから、当たり前だよね)
隙を見つけて、私は神術を放つ。
アキナ「華炎パンチ!!」
炎の拳が唸りを上げる。
だけど——
バッ!
兵士Aは肩のシールドを構えた。
ドォンッ!!
爆炎が弾ける。でも、シールドは傷ひとつない。
アキナ「そんな……!」
驚く間もなく、至近距離から光線が撃ち込まれる。
ビュンビュンッ!!
紙一重で避ける。でも、二人の攻撃はどんどん鋭くなる。
援護射撃は正確に。
突撃のタイミングは完璧に。
アキナ(私の動きに……慣れてきてる……!
このままだと……負ける……!)
胸が苦しくなる。
負けたら——アサヒ君が本当に旭将軍なのか、確かめられない。
それだけは、絶対に嫌。
アキナ(ごめんね……兵隊さん。でも……私は、アサヒ君に会いたいの……!)
私は拳を握りしめた。破壊神の力が、指先から滲み出す。
兵士Aの突きを避けたタイミングで、私は空気を拳で破壊した。
バキィッ!!
真空が生まれ、兵士Aの身体が吸い寄せられる。
旭軍兵士A「なっ!? 吸い寄せられる!?」
アキナ(痛い思いをさせちゃう……
本当にごめんなさい……
でも……!)
アキナ「ごめんなさい!!」
私は拳を振り抜いた。だけど、兵士Aは両肩のシールドでガードする。
アキナ(動きが速い!やっぱり、兵隊さんは強いな……。
でも……)
私は拳に破壊神の力を込めて、迷わず拳を突き出した。
バキィイッ!!
両肩のシールドが砕け散る音が、空気を裂いた。兵士Aの身体が大きくのけぞる。
旭軍兵士A「ぐふっ……!?」
その声が胸に刺さる。
ごめんなさい。
本当に、ごめんなさい。
でも——止まれない。
ジジィ……ドガァンッ!!
肩のシールドが爆発し、破片が光の粒になって散っていく。
兵士Aの身体は制御を失い、九頭竜湖へと落ちていった。
アキナ(落ちちゃう……!)
胸が締めつけられる。
私がやったんだ。
私が、この人を——。
その瞬間。
青い閃光が、空を裂いた。
まるで夜明けの一筋の光みたいに、
迷いなく、真っ直ぐで、優しい光。
兵士Aの身体が、その光に攫われた。そしていつの間に、もう一人の兵士さんを庇うように、前へ出ていた。
そこにいたのは——
仮面をつけたアサヒ君だった。
青い光が、彼の身体を包んでいる。その腕には、さっき私が吹き飛ばしてしまった兵士さんが抱えられていた。
アキナ(……アサヒ君)
胸の奥が、ぎゅっと熱くなる。
痛いような、嬉しいような、苦しいような……
全部が混ざって、涙になりそうだった。
アサヒ君はゆっくりとこちらを見た。
仮面越しでも分かる。
そこに宿っているのは——
冷たい覚悟の光。
戦場に立つ人の目。
私が知っている“優しいアサヒ君”とは違う。
でも、だからこそ……胸が締めつけられる。
アサヒ「また、俺の前に立ちはだかるか。アキナ」
その声は静かで、揺れがなかった。
私は息を吸い込む。
震えそうになる心を、ぎゅっと抱きしめる。
アキナ(アサヒ君……
そんな顔、しないでよ……)
でも、言わなきゃいけない。
どれだけ怖くても。
どれだけ胸が痛くても。
アキナ「……何度だって立ち向かうよ。
アサヒ君が、戻ってくるまで」
声が震えた。
でも、それが今の私の全部だった。
戦うためじゃない。
傷つけるためじゃない。
ただ、アサヒ君を取り戻したい。
こんなことをしても、きっとアサヒ君は報われないから。
それだけなんだ。




