動き出す運命
アサヒ ― ダイダラボッチ メインブリッジ ―
アサヒ「ふぅー……」
面頬を外すと、冷えた空気が頬を撫でた。
白獅子の兜を外すたびに、戦場から日常へ戻る境界線を越えたような感覚がある。ポニーテールを揺らし、肩に触れた時、緊張がわずかに解けた。
ゴウゲン「これで政治の圧力で大巫女が潰されることは無くなったな、アサヒ」
司令官席からゴウゲン閣下が笑う。
東郷ゴウゲン。
元日本海軍大将。
日本軍が解体された後、旭海軍の大将として再び艦隊を率いる男だ。
アサヒ「大巫女だけじゃないですよ。ローズノヴァの魔法少女廃止令もなくなります」
魔法少女の国ローズノヴァ。確かアメリカのワシントンにある国だ。
俺はゴウゲン閣下の隣席に腰を下ろし、モニターを操作する。指先が触れるたび、艦橋の照明がわずかに反射した。
アサヒ「魔神十二使徒の一人を放っておいたんです。いずれ邪神王の耳に入って、世界に旭軍の宣戦布告は知れ渡るでしょう」
淡々と告げる。事実を述べただけだが、艦橋の空気がわずかに引き締まった。
ゴウゲン「ローズノヴァ。海外の大巫女だな?まさか見知らぬ少女たちも救うのか!?はっはっは!!流石、旭将軍!!」
ゴウゲン閣下が豪快に笑う。その声は戦艦の鉄骨に響き、どこか懐かしい温度を持っていた。
俺は少しだけ照れたように笑い返す。
アサヒ「世界を変えるって大口叩いちゃったんです。やらないと格好がつきません。それに……」
モニターに映るアマネたちの姿。
リス村の防御結界装置に守られ、リスたちに囲まれて呆然としている。俺の演説を目の前で見ていた恐怖は、もう影も形もない。
火が収まれば結界は自動的に壊れる。情報漏洩を防ぐための仕掛けだ。
アサヒ「自分たちだけ救われるなんて、大巫女たちは納得しないでしょうから。だからみんなに恩送りしてやりますよ。それが、死んでいった彼女たちへの恩返しです」
その言葉に、ゴウゲン閣下の表情が変わった。笑みが消え、軍人としての静かな眼差しになる。
ゴウゲン「それを、何というか分かるか?アサヒ」
低く、重い声。
ゴウゲン「武士道というんだよ」
その言葉は、艦橋の空気を震わせた。
戦場を渡り歩いた男が、心から敬意を込めて発した言葉。
俺はしばらく黙った。
胸の奥に、熱いものが静かに灯る。
——武士道。
大巫女たちが命を懸けて守ったもの。
俺が受け継いだもの。
そして、これから世界に示すべきもの。
俺はゆっくりと息を吸い、前を見据えた。
世界を変える戦いは、まだ始まったばかりだ。
ウィイン
ブリッジの扉が横に滑り、白衣の男がふらつきながら入ってきた。
黒いウニ頭。眠気と疲労を混ぜたような目。
鈴甘トウヤ博士——旭人計画の共同開発者であり、俺の“相棒”でもある。
トウヤ「旭将軍と東郷閣下〜。指示通りに天の巳は保護して、アキナとトウカを沖縄へ戻しておきました〜。あのタイムマシンを解析するのは大変でしたよ〜。破壊は簡単でした~」
博士はゾンビのように肩を揺らしながら報告した。その軽い口調とは裏腹に、彼の手は微かに震えている。徹夜続きなのだろう。
アサヒ「分かったよトウヤ。ゴウゲン閣下。これでもう俺たちを追う者はいなくなりました。撤収して次の作戦に移りましょう」
ゴウゲン「そうだな、アサヒ」
ゴウゲン閣下が短く応じ、すぐに指揮官の声へと切り替わる。
ゴウゲン「ダイダラの擬態化を解除! ステルスシステムを起動し、天神要塞モードに変形せよ! この場から離脱する!!」
艦橋全体が震えた。
水風呂谷に擬態していた巨体がゆっくりと立ち上がり、透明化しながら形状を変えていく。鋼鉄の骨格が組み替わる音が、まるで巨大な生物の呼吸のように響いた。
天神要塞モード——戦艦形態。
ダイダラは空へと浮上し、雲の層へ消えていく。
アサヒ「さて、俺はアサコになって神祓高等学校の寮へ戻ります。適当な場所へ降りますから、後は頼みました」
ゴウゲン「合流は三日後だな?」
アサヒ「はい。それでは失礼いたします」
席を立ち上がると、博士がこちらを見た。
トウヤ「それにしてもタイムマシンを破壊なんて勿体ないじゃないですか?あれさえあれば、過去に戻ってやりたい放題できますよ?」
その言葉に、俺は一切迷わず答えた。
アサヒ「だからこそ破壊しなければいけないんだよ。
俺たちの戦いは世界を変える為でもあるが、今まで少女たちの真心を消費し続けた贖罪の為でもある。過去に戻ったところで、俺たちの罪は消えない。だから今を生きるんだ。彼女たちがいなくても、自分の手で明日を迎えられるようにする為に。それが俺たちの贖罪だ」
博士は目を細め、口元に笑みを浮かべた。
トウヤ「相変わらず志が立派ですね〜。だから私、ついて来たんですけどね〜」
その声音には、揶揄と本音が半分ずつ混ざっていた。
アサヒ(やれやれ……トウヤ博士はまだ俺を子供だと思っているのか。いい加減、対等な者として認めて欲しいものだな)
胸の奥で小さく息を吐く。
ブリッジを出ようとした瞬間、
ビィービィー!!
警報が艦内の空気を震わせた。
足が止まる。戦場で鍛えられた反射が、視線を大型モニターへ向けさせた。
ゴウゲン「何が起きた!?」
ゴウゲン閣下の声が鋼のように響く。
索敵オペレーター「レーダーに高速で移動する寿量反応あり!一人ですが……そんな、有り得ない……
まっすぐこちらに向かっています!!」
索敵オペレーターの顔が蒼白になっていく。その表情だけで、状況の異常さが理解できた。
ゴウゲン「馬鹿な! 完全ステルス状態だというのに、こちらの位置を正確に分かっているのか!?何者なんだあの大巫女は!?」
ブリッジ内に動揺が走る。
だが、俺は静かだった。
寿量反応の速度。
軌道のブレの少なさ。
迷いのない直進。
そのすべてが、ひとつの答えを示していた。
アサヒ「このスピード……大巫女にこれほどの速さを持つ者はいません。おそらく旭道状態のトモエでしょう」
ゴウゲン「トモエか……行動が早いな」
アサヒ「トモエは俺に強い未練があります。きっと会議を抜け出して来たのでしょう」
自分で言いながら、胸の奥がわずかに痛んだ。戦場での判断は冷静でも、心はまだ完全に切り離せていない。
アサヒ「俺が出て時間を稼ぎます。ゴウゲン閣下はこのまま指定ポイントへ向かって下さい」
ゴウゲン「アサヒ。君は逃げ切れるのか?」
アサヒ「何とかやられたフリでもして、その後アサコになって誤魔化します。大丈夫ですよ」
笑顔を作る。将軍としての覚悟を、軽口で隠す。
そのとき——
通信オペレーター「護衛しているアサガオ玖とアサガオ拾から受電!向かって来ているのは……アキナです!!」
アサヒ「……は?」
思わず声が漏れた。
胸の奥が、強く跳ねた。
ゴウゲン「沖縄からどうやってここまで!?どういうことだ! トウヤ博士!!」
ゴウゲン閣下が怒鳴る。博士は笑顔のまま、汗を流していた。
トウヤ「あれれ〜、おかしなぁ〜。確かに現在の沖縄へ設定した筈なんだけどぉ〜」
アサヒ「ゴウゲン閣下。落ち着いて下さい。トウヤ博士の言ったことは事実。彼に責任はありません」
俺は閣下を制し、博士を庇った。
ゴウゲン「ではアサヒ。どういうことかね?」
閣下の眼差しが鋭くなる。俺は息を整え、答えた。
アサヒ「アキナは神仏合体と旭道三段を使い、トウカを沖縄に置いて全速力で戻って来たのです。そしてこちらの位置を把握しているのは……おそらく俺の気配を感じているからでしょう」
言葉にしながら、胸が締めつけられる。
アサヒ「彼女は天照の半身。
俺が生きていると知った喜びで能力が跳ね上がり、感知力も強化されたのです。大巫女は魔法少女と同様に愛が力になり、奇跡を起こします。
それなら、アキナが不可能を可能にすることも不思議ではありません」
そして、静かに結論を告げた。
アサヒ「はっきり言って今の彼女は、無敵です。俺が対処しますので、兵士をダイダラへ撤収させて下さい」
ゴウゲン「愛か………分かった。任せたぞ、アサヒ」
閣下の言葉に、俺は敬礼で応えた。




