復活の夜明け①
アマネ ― 岐阜城・地下2階廊下 ―
旭将軍が髪喰いババァに近づき、
その肩に触れようとした――
その瞬間だった。
ボシュウ……
まるで煙草の煙みたいに、髪喰いババァの身体がほどけていく。輪郭が揺れ、形が崩れ、煙となって消えた。アサヒの血に耐え切れずに消滅したのだ。
旭将軍「やはり怨霊だったか……」
旭将軍の声は驚きも、怒りも、喜びもなかった。ただ、事実を確認するだけの声。
旭将軍「しかし、最期に少女を守るとは。かつての孫娘とアマネを重ねたか」
その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなった。
私は“守る側”として育てられた。
“戦う側”として扱われた。
“利用される側”として生きてきた。
だから、守られたのが、例え幽霊でも嬉しかった。
恐怖で凍りついていた心に、ほんの一滴だけ、温度が戻った。
アマネ「その人、仲間だったの?」
自分でも驚くほど、声が震えていなかった。旭将軍は、煙が消えた空間を見つめたまま答えた。
旭将軍「そうだ。ほんの短い間だがな。しかし、彼女の過去を調べさせてもらった」
そして、淡々と語り始めた。
旭将軍「彼女の孫娘は大巫女となり、邪神と戦い、戦死した。だが遺体は墓荒らしに奪われた。大巫女の身体は“神聖”という名の下に、裏社会で高値で取引される」
私は息を呑んだ。
旭将軍は続ける。
旭将軍「孫娘の遺体を探していた娘夫婦は、裏社会の組織に殺された。それでも彼女は探し続けた。だが……髪だけは取り戻せなかった」
髪喰いババァの叫び声が、頭の中で蘇る。
髪髪髪髪!!
旭将軍「だから病死しても、彼女は髪を探し続けている。それが髪喰いババァの正体だ」
旭将軍の仮面の奥の表情は見えない。でも、声だけで分かった。
悲しみ。
後悔。
そして、覚悟。
拳を握りしめる音が聞こえた。
旭将軍「少女たちは世界を守るために死んだ。だというのに死後は遺体を商品扱いされ、残された遺族は不幸となる……
それでは、少女たちが報われないと思わないか?」
私は言葉を失った。
旭将軍は、ゆっくりと私を見る。
旭将軍「君のお母さんもそうだ。こんな世界でなければ、立派な政治家になっていただろう」
胸が痛んだ。
でも、彼の意図は読めなかった。
アマネ「何が……言いたいの?」
旭将軍は、迷いなく答えた。
旭将軍「世界を変える。大人が子供を守り、子供が夢を描ける……
そんな明日が、俺は欲しい」
その声は、さっきまでの“圧倒的な武人”ではなく、何かを求める少年のようだった。
旭将軍「その為なら俺はどんな手段も使う。だから利用させてもらうぞ、アマネ。
いいや――大巫女よ。新たな時代を築くために!!」
ザンッ!
刀が閃き、私の鷹が切り裂かれた。次の瞬間、旭将軍は私の背後にいた。
ダンッ!
背中が壁に叩きつけられる。息が漏れた。
アマネ「う”っ……!」
石の手錠が両手を縛る。触れた瞬間、身体の奥の“神使”の気配が消えていく。
アマネ「この手錠は……!?まさか……!」
旭将軍「拘眠石だ。触れている限り、神使は眠り続ける石。そして大巫女はただの少女に戻る」
私は叫んだ。
アマネ「こんなことして……
本気で世界を変えられると思ってるの!?
神祓特務隊も、魔族すらも敵にして……
世界から撲滅されて終わりだ!!」
旭将軍は笑った。
旭将軍「面白い。上等だ。俺たちが戦うことで世界に証明することができる。
“選ばれなくとも、知恵と努力で戦える”とね」
その声は、狂気ではなく――
確信だった。
旭将軍「やがてそれは大きな波となり、弱き者が立ち上がる。そして世界は変わる!!」
アマネ「そんな妄想、実現できるわけ――!」
旭将軍「ならば証明してやろう、アマネ。君に“特等席”を与える。
世界が変わる瞬間を、その目で見せてやる」
旭将軍は私を抱え、地下3階へ向かって歩き出した。
アマネ(……何をする気なの?この人は……
世界を救うの?
それとも――壊すの?)
廊下の闇が、ゆっくりと私を飲み込んでいった。
トモエ ― 神術団体総司令部・会議室 ―
会議室の空気は氷のように冷えていた。
壁には古代神術の紋様が淡く光り、天井の神鏡はこの場にいる者たちの“心の揺らぎ”を静かに映し出している。
そして、テーブルの向こう側――
国会の議長と官僚たちが並んでいた。
議長がいかにも“歴史の被害者代表”みたいな顔で座っていた。その横には書類を抱えた官僚たちがずらりと並ぶ。
全員、私を“処分対象”でも見るような目つき。
……はぁ
トモエ(また始まったわね。こういう人たちって、どうしていつも自分が正義だと思い込めるのかしら)
議長が口を開く。
議長「――神祓特務隊は、本日をもって解散とする」
その瞬間、会議室の空気が“冷たい石”みたいに固まった。
官僚が書類を机に置く音が、やけに大きく響く。
トモエ(はいはい、決議ね。
どうせ裏で票を買って通したんでしょうに)
議長は続ける。
議長「魔族は二千年前から差別され続けてきた。そして――」
トモエ(あー、また歴史の話。自分たちの正当性アピールはもう聞き飽きたわ)
議長「――神祓特務隊は魔族差別を助長する組織である。よって解散を命じる」
官僚の一人が冷たく言い放つ。
官僚A「従わなければ国家反逆罪として処理する」
トモエ(……反逆罪ね。日本を守ってきた私たちが、反逆者扱い。笑えない冗談だわ)
私はゆっくりと顔を上げた。
トモエ「……で?」
議長が眉をひそめる。
議長「“で?”とは何だ」
トモエ「解散命令を出せって言うから、その後の段取りでも説明してくれるのかと思って」
官僚たちがざわつく。
トモエ(本当に扱いづらいわね、この人たち)
議長が机を叩く。
議長「黙れ!我々は国会の決定を伝えているだけだ!」
私は肩をすくめた。
トモエ「国会の決定ねぇ……
魔族共存連盟が後ろで糸を引いてるのは、誰だって知ってるわよ?」
官僚の顔が青ざめる。
トモエ(図星ね)
私は一歩前に出た。
トモエ「あなた方は“魔族を守る”と言うけれど、少女たちが命を賭して守ってきた現実を知らない」
議長が睨む。
議長「少女たちが人々へ奉仕する為に戦うのは当たり前だ!それが彼女たちの存在意義だろ!!」
トモエ「じゃあ聞くけど――
魔族や魔物が襲ってきた時、あなた方が前に出るの?」
議長が言葉を失う。
トモエ(ほら、言えない)
官僚たちの顔が一斉に歪む。その中の一人の官僚が机を叩いて叫んだ。
官僚B「それは神祓特務隊が“魔族差別を助長する組織”だからだろ!!だから日本は魔族に襲われるのだ!!
国内のゴブリンを皆殺しにして!!ふざけるな!!命を何だと思っているんだ!!!」
声が反響して、神鏡がわずかに揺れた。
……でも私は、眉ひとつ動かさなかった。
トモエ(出たわね、“全部まとめて悪者扱い”の雑な論法。
こういう人は、現場を知らないくせに一番大きな声で怒鳴るのよね)
私は怒鳴った官僚を見た。冷たくでもなく、怒りでもなく――
ただ、呆れた目で。
トモエ「……あなた、現場を見たことある?」
官僚B「な、何だと……?」
トモエ「ゴブリンが民間人を襲った時、あなたは最前線に立ったの?」
官僚Bは口を開いたまま固まった。
トモエ(ほら、言えない)
私は肩をすくめた。
トモエ「少女たちは命を賭けて戦ってる。あなたが“命を何だと思っているんだ”と言うなら――
まずは自分が前に出てみたら?」
官僚B「ぐっ……!」
議長が慌てて口を挟む。
議長「トモエ神術総監!あなたは国会の決定に逆らうつもりか!」
私は軽く笑った。皮肉を含んだ笑みで。
トモエ「逆らう?違うわ。“少女たちを見捨てる命令”に従わないだけよ」
官僚たちがざわつく。
トモエ(本当に……
どうしてこういう人たちは、“守るべき命”の優先順位を間違えるのかしら)
私は議長をまっすぐ見た。
トモエ「神祓特務隊は解散しない。少女たちの居場所を守るために、私は戦い続ける」
議長「反逆者め!!」
トモエ「はいはい、好きに呼べばいいわ」
私は静かに言った。
トモエ「でも――
あなたたちが少女たちを見捨てるなら、私が守るだけよ」
会議室の空気が震えた。
トモエ「命令?少女たちを見捨てろっていう命令なら、聞く価値もないわ」
議長が震える声で言う。
議長「トモエ……貴様、何を考えている」
私は微笑んだ。呆れと皮肉を混ぜたように。
トモエ「簡単よ。“守るべきものを守る”ってだけ」
神鏡が強く光る。私の覚悟を映すように。
そして視線を議長に突き刺す。
会議室の空気が震えた。
その時だった。
バチッ!!
モニターが白く弾け、蛍光灯が震えた。官僚たちが一斉に振り返る。誰も触れていない。誰も操作していない。
なのに、画面は勝手に光を増し、まるで“何か”がこちらへ侵入してくるように、じわりと映像が浮かび上がった。
歌舞伎衣装に赤い鬼の面頬をした男が映し出されていた。
トモエ(え?どうしてモニターが、勝手に?)
そして、面頬の男は両手を広げて衝撃的なことを言い出した。
面頬の男「大巫女よ……世界よ!そして闇に沈むすべての者たちよ!!聞くがいい!!私は――春風アサヒ!!今ここに“復活”を宣言する!!」
会議室の空気が一瞬で凍りついた。
議長も官僚たちも、そして私も驚愕していた。だって、アキナによって倒されたアサヒが、モニターから大胆に復活宣言してきたから。
議長「なっ……!? アサヒは死んだんだろ!!何故生きている!!」
官僚A「い、生きているはずありません議長!!あれは偽物です!!」
官僚B「回線を切れ!!誰か!! 誰か早く!!」
でも誰も動けない。
面頬の男の声が、空気を支配していた。
モニターに映る彼の声が会議室を満たす中、私はふと窓の外へ視線を向けた。
街が、異様に静かだった。
いや――静かではない。
“支配されていた”。
ビルの大型ディスプレイが一斉に赤く染まり、どれもこれも、同じ“鬼の面頬”を映している。
スマホを開けば、そこにも同じ顔。
通知もアプリも関係なく、画面が勝手に乗っ取られている。
トモエ(……ハッキング?)
背筋がぞくりと震えた。恐怖ではない。この規模の支配をやってのける“意志”に、心がざわついた。
そしてモニターの男はその混乱すら楽しむように、
ゆっくりと、世界を断罪し始めた。
面頬の男「なぜ私が戻ったのか?それは、力無き者たちが望んだからだ!」
議長「望んだ……? 誰がだ……?」
面頬の男「声を奪われ、希望を失い、それでも“生きたい”と願った者たちが、私を呼び覚ましたのだ!!」
官僚たちの喉が一斉に鳴る。恐怖で、呼吸が浅くなっている。
面頬の男「今の世界は腐っている。少女を利用し、真心を消費し、大人は思考を放棄し、子供に責務を押し付けることを正義と呼ぶ……これが生きると言えるか?
否!!
これは、生きているふりをした“死”だ!!」
議長「やめろ……やめろ……!」
面頬の男「ゆえに私は、この世界を否定する!!
祈りに縛られた牢獄を破壊し、
本来あるべき姿へと――復活させるのだ!!
その第一歩として、魔神十二使徒ゾルナトを倒し、旧創造神唯一派を壊滅させた!!」
ドンッ!!
映像が切り替わる。
金華山が燃えている。
岐阜城が崩れ落ちている。
炎の中に、ゾルナトと麗羽議員の亡骸。
官僚C「あそこは旧創造神唯一派の本部!! まさか、本当に壊滅させたのか!?」
官僚D「しかもゾルナトを倒すなんて!一体どうやらそんなことできるんだ!?」
官僚たちが激しく動揺する。現実を拒絶するように混乱していた。
私はただ、目を細めてモニターを見つめた。
トモエ(情報では旧創造神唯一派の本部には大量のアサヒクローンの兵士と裏切りの大巫女がいると聞いていた。それにゾルナトをも倒すなんて…どうやってそんなことを?)
映像は本物。
死体も本物。
そして、この大胆さ。
トモエ(アサヒと名乗りながら面頬をしている……謎だらけ。そして――)
議長たちが恐慌を起こす中、私はひとり、静かにほくそ笑んだ。
トモエ(これで神祓特務隊の解散は白紙。
国も魔族共存連盟も、私たちに頼るしかない。分かるわ……貴方は確実にアサヒね。彼なら、やりかねない)
三年前、私の手を振りほどいて世界へ行った少年。
誰より優しくて、誰より残酷で、誰よりも弱い者の味方で、そして誰よりも自分を犠牲にする子。
私はゆっくりと目を閉じ、胸の奥に沈んでいた熱をそっと撫でた。
トモエ(アサヒは必ず捕縛する。そして―――)
唇が自然と、微笑みの形をつくる。
トモエ(今度こそ逃がさない。三年前のようなミスはしない。
私が作った“愛の巣”に閉じ込めて、二度と世界なんかに触れさせない。あなたを救って、幸せにしてみせるわ。アサヒ)




