Truth Changes Nothing ④
旭将軍 ― 岐阜城・地下3階広場 ―
ゾルナトの巨体が石床に沈んでいた。俺はその横に立ち、ただ事実を述べるように口を開いた。
旭将軍「……ゾルナト。
お前の敗因は、最初から決まっていた」
声に怒りはない。
勝者の誇りもない。
ただ、“結果を確認する者”の声だ。
旭将軍「お前は人間を弱いと決めつけていた。
魔力も低く、肉体も脆く、寿命も短い……
そんな“常識”に縛られていた」
ゾルナトの目が揺れる。
その揺れすら、俺には予定調和に見えた。
旭将軍「だから俺を見ても、こう判断した。
“強いが、人間の枠内だ”……と」
俺は一歩、ゾルナトに近づく。
影が彼の顔を覆った。
旭将軍「その瞬間、お前の運命は終わっていた。
お前は“弱い人間”しか知らなかった。
だが人間は弱いからこそ、進化する」
ゾルナトの喉が震えた。
ゾルナト「……進化……?」
俺は静かに頷く。
旭将軍「限界を超え、理を超え、
世界の外側へ踏み出す。
それが“人間”だ」
ゾルナトは最後の力で言葉を絞り出した。
ゾルナト「成程……貴方のような人間を知らなかったのが……
私の敗因、ということか……
私は、愚かで貧弱な人間しか……知らなかった……
貴方のような人間がいると分かれば……」
そのまま息を引き取った。
俺は彼の脈を確認し、吐き捨てるように言った。
旭将軍「……ただのお世辞だ、馬鹿者。お前たち魔族がどれほど足掻こうと、結果は変わらん。俺の楽しみが、少し長くなるだけだ」
もうゾルナトに興味はない。ただ、事実を確認しただけだ。
旭将軍(魔族に加担する龍族……
魔族と関わらなければ死なずに済んだものを。
だが龍族すら従える邪神王……
侮れぬカリスマだ)
俺はスニーアの遺体へ向かった。その首元に、わずかな“違和感”があった。
旭将軍(……む?)
皮膚がめくれている。俺は指をかけ、一気に剥がした。
ベリッ
スニーアの皮がシールのように剥がれ、下から別人の顔が現れた。
旭将軍(この女は……麗羽の秘書か)
いつ入れ替わった?
どの瞬間だ?
思考が高速で巡る。
そして――
俺は笑った。
旭将軍「……ふっ。出し抜かれたか」
その笑みは怒りではない。
“興味”だ。
旭将軍「まるで忍びだな。スニーア……侮れぬ女子よ」
広場を見渡す。
誰もいない。
麗羽たちは戦闘中にタイムマシンを放棄して逃げたらしい。
旭将軍「無駄なことを……」
岐阜城にはアサガオ分隊とスイレン分隊が侵入済み。
金華山は火の海。
退路など存在しない。
ジジジ……
旭将軍(音声変換器が壊れたか)
俺は割れた面頬を外し、新しいものを装着する。裏の変換器を低い男の声に調整した。
旭将軍「あっあー……よし」
タイムマシンへ向かう。
だが――
旭将軍「髪喰いババァ。協力感謝する……ん?」
操作盤で研究員と乱闘していたはずの髪喰いババァが、跡形もなく消えていた。
旭将軍「……どこへ行った?」
俺は階段へ向かいながら、静かに呟いた。
アマネ ― 岐阜城・地下2階廊下 ―
戦闘マシンたちが走り抜けていく。
黄色の戦闘マシン「タイムマシンは地下だ!!急げ!!」
私は物陰に身を押し込み、息を潜めた。
アサヒのクローンは全滅。
岐阜城はもう終わりだ。
アマネ(その前に……お母さんと逃げないと)
チハヤも、ナミカも、マヤも置き去りにした。胸が痛むはずなのに、今は何も感じない。ただ、足が勝手に“お母さんの方へ”向かっていた。
だって――
私を守ってくれたのは、いつだってお母さんだったから。
アマネ母「アマネ!!」
背後から声がして、振り返る。
お母さんがいた。
その瞬間だけ、世界が少し明るく見えた。
アマネ「お母さん!!」
抱き合う。
温かい。
それだけで涙が出そうになった。
アマネ母「無事で良かったわ、アマネ!」
アマネ「私も……お母さんが無事で嬉しいよ。でも、早く逃げないと――」
私は鷹を召喚し、お母さんの手を取った。
だが。
アマネ母「逃げる?何を言っているの!?タイムマシンを置いていけないわ!!アマネ!貴女の神使で運んで!お願いよ!!」
泣きながら懇願する声。でも、その涙は私のためじゃない。
胸の奥が、すっと冷えた。
アマネ「そんな時間は無いよ!捕まって殺されるんだよ!?早く鷹に乗って!!」
私はお母さんの背中を押した。
必死だった。
その瞬間。
アマネ母「黙れ!!」
バチンッ!
頬に衝撃。
視界が揺れた。
アマネ「……え?」
自分の頬を押さえる。
熱い。
痛い。
でも、それよりも――
アマネ(お母さんが……私を殴った?)
理解が追いつかない。
涙が勝手に落ちた。
なのに、お母さんは怒鳴り続けた。
アマネ母「こうなったのもアマネが使えないからよ!!貴女にいくら金を使ったと思ってるの!?こういう時くらい役に立ちなさいよ!!大巫女でしょ!?」
言葉が刃物みたいに刺さる。
アマネ母「でっでも、もう大巫女は私だけだよ!?私一人で旭軍と戦うなんてできないよ!!」
アマネ母「チィッ!使えないわね……もういいわ」
お母さんが懐から注射器を取り出した。銀色の針が、廊下の光を反射して光る。
その瞬間、背筋が凍った。
アマネ「それって、まさか……」
自分の声が、遠くから聞こえた。喉が震えているのに、音だけが妙に軽い。
逃げなきゃいけないのに、足が動かない。心が、どこか遠くへ置き去りにされたみたいだった。
お母さんは、笑った。
その笑顔は、私が知っている“母親”の形をしているのに、中身はまるで別の生き物だった。
アマネ母「そうよ。旭ワクチンよ」
旭ワクチン。
アサヒの血を混ぜた、あの毒。
適合すれば力を得る。
適合しなければ――
邪神化するか、痛みに耐えきれず死ぬ。
アマネ(……死ぬ)
その言葉が頭に浮かんだ瞬間、背中が氷みたいに更に冷たくなった。
アマネ「い、嫌だ……私、死んじゃう……」
後ずさりした。
足が震えて、床を擦る音がやけに大きい。
お母さんは、優しい声で言った。
アマネ母「大丈夫よアマネ。貴女は私の子なのよ?マカナだってできたんだから、アマネもできるわ。だから、ね?」
“優しい声”なのに、目だけが笑っていなかった。
その目は――
昔、お父さんが私を見下ろした時の目と同じだった。
アマネ(……ああ、まただ)
胸の奥で、何かがひび割れた。
アマネ「いや……あ”っ!?」
逃げようとした瞬間、足がもつれて転んだ。
床が近づく。
視界が揺れる。
お母さんの影が、ゆっくりと覆いかぶさってきた。
アマネ母「私の夢を叶えてアマネェエエエエ!!」
叫び声が、廊下に反響する。注射器の針が光る。その光が、刃物みたいに見えた。
ガバッ!
髪喰いババァ「髪髪髪!!」
突然、横から何かが飛び込んできた。
白髪の塊。
異様な声。
アマネ(……髪喰いババァ?ナミカが言ってた……あの?)
現実感がなかった。
目の前で、お母さんと髪喰いババァが取っ組み合っているのに、私はただ座り込んで見ているだけだった。
アマネ母「誰だよクソババァアアアアッ!!」
髪喰いババァ「髪髪髪髪!!」
二人の叫び声が混ざり合う。
狂気と狂気のぶつかり合い。
その中心にいるのは、私の“母”。
そして――
アマネ母「髪髪うるせぇんだよ!!」
お母さんが髪喰いババァの喉へ注射器を突き刺した。
髪喰いババァ「ゴフッ」
髪喰いババァが血を吐き出し、倒れた。
アマネ(……ああ)
胸の奥で、何かが完全に折れた。
恐怖でも、悲しみでもない。
もっと静かで、もっと冷たいもの。
アマネ(私……お母さんに、殺されるんだ)
そう思った瞬間、世界がひどく静かになった。
アマネ母「余計な手間を取らせやがって……」
お母さんが吐き捨てるように言った、そのすぐ後ろから――
別の声が重なった。
旭将軍「そうだな」
低い。
冷たい。
人間の声というより、
“結論だけを告げる機械”みたいな声。
アマネ(……誰?)
お母さんが振り返った瞬間、そこに“いた”。
仮面の武者。
赤鬼の面に、黄色い眼。
人間の形をしているのに、
“人間ではない”と本能が叫んだ。
アマネ母「へ?」
お母さんの間抜けな声が聞こえた次の瞬間――
男は、お母さんの頭を掴んだ。そして180℃回転させた。
ゴキゴキッ
音だけが、やけに鮮明だった。
動きは速くなかった。むしろ、ゆっくりに見えた。ただ、迷いがなかった。
バタン
お母さんが崩れ落ちた。床に倒れたその姿を見ても、私は悲鳴が出なかった。
お母さんに道具として見られた絶望が、まだ残っていたから。
男は自分の手を見て、少しだけ残念そうに呟いた。
旭将軍「本来なら生け捕りが望ましかったが……
思わずやってしまった。俺もまだまだ未熟だな」
“未熟”という言葉の意味が分からなかった。
今のどこに未熟さがあるのか。
どこに迷いがあったのか。
男はゆっくりと私の方へ視線を向けた。
赤鬼の仮面。
鋭い黄色の眼。
歌舞伎のような衣装。
そして、空気そのものを支配するような圧。
アマネ(もしかして……こいつが旭軍のボス?)
旭将軍「俺の名は旭将軍。名前の通り、旭軍のトップだ」
声は静かだった。
怒ってもいないし、喜んでもいない。
ただ、“事実を述べているだけ”。
旭将軍「すまないが君を利用させてもらう。なに、殺しはしない」
その言葉が、逆に怖かった。
アマネ「じゃあ……何をする気なの……?」
震えながら睨んだ。
でも、男は微笑んだように見えた。
旭将軍「そう怯えなくていい。魔族は撃退したからな」
アマネ「……撃退?」
耳がおかしくなったのかと思った。でも、確かにスニーアの魔力も、ゾルナトの魔力も感じない。
アマネ(あの魔神十二使徒を……?
あの二人を、撃退……?)
旭将軍は続けた。
旭将軍「あることをしたら、君たちが救助される時間を“拘束時間”として利用し、ここから逃げる。それだけだ」
淡々と。
まるで、
“今日の夕飯はカレーだ”
と言うみたいに。
アマネ(……これが、旭将軍)
魔族を退け、状況を利用する。恐怖の矛先が、完全に変わった。
お母さんではない。
魔族でもない。
この男だ。




