Truth Changes Nothing ③
ゾルナト ― 岐阜城・地下3階広場 ―
バキバキ、と骨が軋む音が広場に響いた。
私の肉体は人間の皮を脱ぎ捨て、本来の龍人へと変貌する。
五メートルを超える巨躯。
膨れ上がる筋肉。
溢れ出す魔力は、空気そのものを震わせた。
だが――
旭将軍は微動だにしなかった。
旭将軍「驚いたな。人型の龍……龍族というやつか?初めて見る」
その声音はまるで珍しい工芸品でも眺めるような静けさ。
恐怖も畏怖も、警戒すらない。
ゾルナト(この姿を見ても畏れぬか……?)
龍族は神獣として崇められる存在。
その威圧は魔力を感じ取れぬ凡百の人間であっても本能で理解し、膝を折る。
だが、この男は違う。
ただ観察し、ただ受け止め、ただ“そこに立っている”。
ゾルナト(何という精神力……いや、これは精神力などという次元ではない。
神話に終止符を打ち、新たな世界を創造する者の覚悟……その重さか)
旭将軍は静かに刀を構えた。攻める気配はない。完全なる“受け”の姿勢。
旭将軍「龍族の戦い、見せてもらおうか」
挑発ではない。
侮蔑でもない。
ただ純粋に、戦いを“観測”しようとする声。
ゾルナト(私に全てをぶつけろ、ということか……。
ならば利用させてもらおう。奴の仮面を砕き、素性を暴く。
正体さえ掴めば、後は暗殺すればいい)
私は爪を構え、魔力を一点に集中させる。
狙うはただ一つ――旭将軍の仮面。
ゾルナト「コンシールメント」
短い詠唱とともに私の肉体は再び透明へと溶けた。龍人化した今の私は、人間体とは比べ物にならぬ精度で存在を消せる。
魔力感知、殺気感知、生命探知――
その全てを欺くことが可能だ。
邪神王さまを除けば。
旭将軍は構えたまま動かない。その姿勢は、まるで“動かないことこそ最適解”であるかのような静謐さを湛えていた。
ゾルナト(……気づいていない。いや、気づけないのだ。今の私の存在は、理の裏側にある。
人間ごときが感知できるはずもない)
私は指先に魔力を集中させる。
ゾルナト「ドラゴン・クロー」
ズバッ!
透明な斬撃が空気を裂き、軌道を悟らせぬまま一直線に走る。
透明化と斬撃の相性は抜群。
視認も予測も不可能。
ザンッ!!
旭将軍の仮面に命中した。
ピキッ
細い亀裂が走る。
割れはしないが、確かに傷はついた。
ゾルナト(……効いている。反応もできていない。この男といえど、私の攻撃は避けられぬか)
昂りが胸を満たしかけたが、私は即座に押し殺す。
ゾルナト(慢心は敗北の始まり。旭将軍を“人間”と認識した瞬間、私は死ぬ。これは得体の知れぬ怪物だ。世界の外側に立つ存在だ)
スニーアが動いた。
スニーア「チェーンソー・ジャグル!!」
複数のチェーンソーが空中を舞い、軌道を読ませぬまま乱れ飛ぶ。
彼女もまた、私の透明化で姿を消している。
ズバババッ!!
旭将軍の緑の道着と赤い法被が切り裂かれていく。
私は次の攻撃へ移る。
ゾルナト「ドラゴン・キック」
ズドンッ!!
魔力を纏わせた蹴撃が地面を割り、衝撃波が旭将軍の腹部を直撃する。
続けざまに尾をしならせる。
ゾルナト「ドラゴンテイル」
ダダダダダァンッ!!
連撃が旭将軍の身体を嬲る。
最後に、私は喉奥から魔力を絞り出す。
ゾルナト「ドラゴンロア」
カッ!
魔力を帯びた咆哮が空気を震わせ、
物理・魔法・精神――その全てを揺らす衝撃波となって放たれた。
ドガンッ!!
旭将軍は壁まで吹き飛ばされ、大きな亀裂を刻んだ後、崩れ落ちるように倒れた。
私は静かに息を吐く。
ゾルナト(……勝った。この男といえど、これだけの攻撃を受けて立てるはずがない)
そう――
私は“勝利を確信していた”。
スニーアの歓声が耳に届く。
スニーア「効いてる!! このまま攻め続ければ倒せる!!」
今まで攻撃が通らなかった理由。
それは単純だった。
ゾルナト(魔法を見切られていた――ただそれだけのこと)
だが、初見で魔法を看破するなど、常識ではあり得ない。
とはいえ、見切っていたと理解してしまえば恐れる必要はない。
ゾルナト(見切れぬ速度で叩き込めばいい。龍族の本領を前にして、あの男が抗えるはずがない)
私は龍紋を解放する。
ゾルナト「ドラゴンマーク・リリース」
全身が発光し、魔力が奔流のように溢れ出す。
速度、反応、破壊力――
その全てが“龍”の領域へと跳ね上がった。
ゾルナト(これで終わる。邪神王さまの障害になる前に、旭将軍をここで葬る)
ゾルナト「これで決める。終わりだ」
拳を構えた瞬間、旭将軍が消火器を拾い上げた。
刀で穴を開け、白煙が広がる。
プシューッ
ゾルナト(……煙で形を捉えるつもりか。
だが無意味だ。私の透明化は“認識そのもの”を奪う概念魔法。
形が見えようと、存在は掴めない)
私は冷静に判断し、スニーアへ指示を飛ばす。
ゾルナト「スニーア!一気に畳み掛けるぞ!!」
スニーア「分かったわよ!!」
スニーアの声は勝利に満ちていた。だが、今回はそれを咎める必要はない。
ゾルナト(勝てる。
この男は、ここで終わる)
ゾルナト「トランスペアレント・ドラゴンブロー」
透明な龍の衝撃波が放たれる。内部から破壊する龍族の奥義。
スニーア「スマイル・オーブ!!」
スニーアの笑顔爆弾が空中を埋め尽くす。
ゾルナト(逃げ場はない。
これで終わりだ――)
そう思った瞬間。
世界が、煌めいた。
薄暗い地下広場が、旭将軍の方向から放たれる光で満たされる。
暖かく、美しく、
まるで夜明けのような光。
ゾルナト(……何だ?)
私は一瞬、理解が追いつかなかった。
光は爆発ではない。
魔力の放出でもない。
攻撃の気配すらない。
ただ――
世界そのものが“肯定”されるような光。
ゾルナト(……これは……何だ?
魔法ではない。
理でもない。
概念ですらない……)
理解が追いつかない。
だが、確信だけは揺らがない。
ゾルナト(それでも勝利は揺るがない。
この光が何であれ――
私の攻撃は、すでに放たれている)
私は、勝利を確信したまま光を見つめた。
スニーアの絶叫が、意識を引き戻した。
スニーア「目が!目がぁああ!!」
私は瞬きをし、状況を把握しようとした。
そこに――旭将軍が立っていた。
ゾルナト「……馬鹿な。なぜ、私が“横に”倒れている……?」
立ち上がろうとしたが、足が動かない。
いや――下半身の感覚そのものが存在しない。
ゾルナト「まさか……斬られたのか?
私の透明化は概念系魔法……存在そのものを消す……
それを、どうやって……?」
旭将軍は、静かに私を見下ろした。
その目は、勝利の確信ではなく――
“結果を確認するだけの者”の目だった。
旭将軍「ゾルナト。誇れ。
魔神十二使徒として、お前はよくやった」
淡々とした声。
そこに侮蔑も怒りもない。
旭将軍「この俺に――天陽地照を使わせたのだからな」
ゾルナト「……天陽、地照……?」
旭将軍は、死刑宣告を読み上げるように告げた。
旭将軍「冥土の土産に教えてやろう。
天陽地照とは――“根源”を切り裂く抜刀術だ」
ゾルナト「根源……だと……?」
旭将軍「概念も、理も、世界も斬れる。
ただし一つの対象にしか使えん。
だから最も厄介なお前に使った」
淡々とした説明。
だが、その内容は理解を拒む。
ゾルナト「根源を……切り裂く……?
そんなもの……存在するはずが……!」
旭将軍「存在する。
そして――お前が真っ二つになっていることが、その証拠だ」
私は自分の身体を見た。
視界の端で、血が静かに広がっていく。
ゾルナト(……気づかなかった。
根源を斬られた瞬間、痛みすら“存在しなかった”のか……?)
スニーアの叫びが響く。
スニーア「痛い! 痛い!!何も見えない!!」
旭将軍は彼女へ歩き出す。
その背中は、静かで、恐ろしく、揺るぎない。
旭将軍「大袈裟な奴だ。
俺の抜刀を直接見たわけでもない、ただ視界に入っただけだというのに。
だが視力は戻る。
子供を斬るのは気が進まんが……魔族は魔族だ。
今のうちに切り捨てる」
その歩みはゆっくり。
だが、確実に“死”を運ぶ者の歩みだった。
私は、最後の魔力を右手に込めた。
ゾルナト(……まだだ。
根源を斬る剣聖だろうと……
体力は落ちている。
ならば――まだ、勝機はある)
私は静かに、そして確実に“最後の一撃”を準備した。
スニーアの声が震えながら届いた。
スニーア「やった…! 少しずつ見えて……」
彼女が目を擦り、瞼を開いた瞬間――
そこには、旭将軍が刀を掲げていた。
スニーア「え…?」
理解が追いつかず、スニーアは固まった。
旭将軍は、冷たい声で短く呟く。
旭将軍「南無三」
刀が振り下ろされる。
その瞬間、私は右手の魔力を解き放った。
ゾルナト「トランスペアレント・デス!!」
旭将軍の心臓だけを透明化し、世界から切り離して“存在しない臓器”にする。
外傷ゼロでの即死。
暗殺者としての究極魔法。
カラン…
旭将軍は刀を落とし、胸を押さえながら無言で倒れた。
ゾルナト(……終わった)
私は静かに目を閉じた。
ゾルナト(邪神王さま。これで脅威は無くなりました。
ですが、アキナとトモエの暗殺は失敗しました。
申し訳ございません……)
死を受け入れようとした、その時だった。
旭将軍の死体が――
紫色のオーラを纏い始めた。
そして、立ち上がった。
スニーア「え?」
呆然とするスニーアの首が、
次の瞬間、宙を舞った。
スニーアの表情は驚いたまま、
そのまま床へ落ちていく。
ゾルナト「馬鹿な……確かに、心臓は……」
意識が薄れていく中、
旭将軍は何事もなかったように近づき、
再び私を見下ろした。
旭将軍「旭道は人間の自然治癒力も限界に引き上げる。
心臓が無くなれば、急速に新たな細胞が心臓を形成する」
ゾルナト「無理だ……例え人間が限界を超えたとしても……」
パキンッ
言いかけた瞬間、旭将軍の仮面の半分が崩れ落ちた。倒れた衝撃で、ヒビが入っていた部分が割れたのだ。
露わになった半分の素顔――
私は見覚えがあった。
スニーアから聞いていた。
秋山アサコの顔。
だが、アサコは旭道を使えない。
それに女だ。
神武剣流と旭道を使える男は――
春風アサヒしかいない。
だがアサヒは死んだ。
三年前に。
ゾルナト「お前は……アサコなのか……?
それとも……アサヒなのか……?
誰なんだ……!!」
旭将軍は静かに笑った。
旭将軍「両方だよ」




